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71.全部含めて

 翌朝。


 昨夜は夕飯を済ませたら早めに休んだので、だいぶ疲れが取れた気がする。

 ここは高い部類の宿屋らしく、朝食もなかなか豪華だった。軍の経費でありがたいことである。


「あたしとルーク、今日は本部に詰めるから。ユッキーたちは観光でもして、お昼過ぎにでも顔を出してくれる?」


 食後のお茶を飲みながらマイカちゃんが言った。


 観光、という言葉にピンと反応する。

 せっかくの王都だというのに、まだ軍本部にしか行っていない。期待を込めて、隣に座るディーンを見上げた。


「……観光より、ディーンはユキコちゃんを実家に連れて行った方が良くないか? 親父さんは仕事で居ないかもしれないけど、せめて家の人に伝言だけでも」


 恐る恐る、といった風にルークさんがディーンの顔色を窺う。

 私は驚いて目を瞬かせた。ディーンの実家は王都にあるのか。


「必要ない。あそことはもう縁が切れている」


 さも不快そうに返され、ルークさんは首をすくめた。それでもあきめきれないように口を開く。


「でも、どうせグレイ少将から伝わるだろ。お前が帰って来てるって」


「帰ったわけじゃない。用が済むまで滞在しているだけだ」


 かたくなな台詞に、ルークさんがあきれたように天を仰いだ。……なんか、すごく意固地になってる?


 口を挟むべきかと迷っていると、マイカちゃんがぺんとルークさんの頭をはたいた。


「拗ね男は放っておいて、早く出勤するわよ」


 ディーンがピクリと反応したが、マイカちゃんは一顧だにせず立ち上がる。ルークさんも仕方なさそうに後に続いた。


「…………」


 むっつりと黙り込む男を、困り果てて窺う。


 あれから喧嘩は有耶無耶になったままだ。久しぶりに二人きりで過ごせるなら、きちんと仲直りがしたい。

 ついついと袖を引っ張ると、ディーンはやっとこちらを見た。


「……腕輪でも探しに行くか。今度は切れないものを」


「うん、行く!!」


 食い気味に返事をして、急いで立ち上がる。

 嬉しさに顔がにやけてきた。



 ◇



「すっごい、人……」


 大通りの賑やかさに圧倒され、立ち尽くした。


 石畳で舗装された道はかなり広いが、人が多い上、馬車も盛んに行き交っている。

 歩くだけで通行人にぶつかってしまいそうで、自分がかなりの田舎者になった気がした。……いや、田舎者ですけども。


「ユキ、道を渡る時は馬車に注意してくれ。……ほら」


 手を差し伸べられ、おとなしく握り返す。

 特に急ぐわけでもないので、店をひやかしながらのんびりと歩いた。楽しくなってきて、繋いだ手をぶんぶん振って歩く。


「広場に行ってみるか。毎日いろんな露店が出てるから面白いぞ」


 誘われるまま広場へと向かった。


 屋台のような骨組みのしっかりした店から、地面に布を敷いて商品を並べているだけの簡易的な店もある。食べ物の匂いもしてきて、お腹がぐうと鳴った。


「うーん、おかしいな。朝ごはん食べたばっかりなのに」


「監禁のせいで痩せたから、身体が取り返そうとしてるんだろう。しばらくは余分に貯め込むようになるから、以前より太るはずだ」


 真顔で言われ蹴りを入れる。

 ……そういう失言のせいで、カラスにスカウトされなかったんだぞ?


 アクセサリーを売っている露店はいくつもあったが、なかなか気に入るものがない。

 今度は金属の腕輪が欲しいのだが、どれも私には太すぎる。


「……これ、もっと細身のはないんですか?」


 ゴツいチェーンの腕輪を持ち上げて尋ねると、露天商は首を傾げた。


「太い方が人気なんだけどねぇ。細いの、細いの……。ちょっと待ってね」


 後ろの荷物をごそごそと漁っている。

 シンプル好きな私は、この世界では少数派らしい。


「……あった! これなんてどうだい? お嬢さんは華奢だから、確かに細身の方が似合うかもしれないねぇ」


 銀の細身なチェーンに、青みがかった小さな石が付いている。試着してみるとしっくりきて、いっぺんで気に入ってしまった。


 でも、この石が宝石なら高価(たか)いかもしれない。


「あのう、この石って……」


「ああ、それは単なる河原で拾った綺麗な石だよ」


 ぃよっし!


 このまま外さないつもりで、満面の笑みで男を見上げる。


「ディーン! 私、これが欲しい!」


「……いや。さすがに安すぎないか? もっと他の──」


「これが気に入ったの!」


 重ねてねだると、男も仕方なさそうに頷いた。

 高価なアクセサリーには興味がないし、多分そういうものはもっと派手だろう。自分に似合うとは思えない。


 目的のものを手に入れてご機嫌になり、屋台から果物のジュースを買って噴水の縁に座る。

 ふと思い出して、噴水を振り返った。


「噴水の真ん中にある、廟の中に聖輝石があるんだったっけ?」


「と、言われてる。……まあ、ないだろうな。軍の警備部にいた時だって、噴水を集中的に見回れなんて指示された事はなかったし」


 苦笑する男を驚いて見つめる。

 軍にいた頃の事は、話してくれないと思っていたのに。ディーンは目をみはる私に気付いたのか、ぎこちなく微笑んだ。


「……軍を辞めたのは、妹が死んだ後のことだ。大金が必要になって……。駆除師なら、手っ取り早く稼げるからな」


「それって……罰金を払うため?」


 問いかけがぽろりと口から出て、男は目を見開いた。


「……知っていたのか?」


「ううん。エイダさんに習うまでは、そんな法律があるって知らなかったんだけど……」


 筋道立てて考えたわけじゃない。

 それでも、漠然と予想はしていた。


「事故で亡くなった妹さんを、病死で届け出るなんてディーンはやらないだろうなって思ったの。ご両親が罰金を払うなら、知らん顔はしないだろうとも思ったし」


「……そうか」


 男が痛そうな顔をする。

 なんだか私まで悲しくなって、男の手に自分の手を重ねた。


「……父親は、病死と届け出ようとした。だが、俺が断固拒否したんだ。罰金は俺が全額払うからと」


 私の方は見ずに、淡々と言葉を紡ぐ。


「妹の死を、こちらの都合で糊塗することがどうしてもできなかった。父親からは勘当だと見切られて、俺もそれを受け入れた。……まあ喧嘩別れだな、格好悪いことに」


「そんなこと……!」


「……駆除師になって三年経つが、罰金は残り四分の一といったところか。……黙っていて悪かった。お前に知られるのは……バツが悪いというか、みっともないというか……」


 言いにくそうにする男の手をぎゅっと握る。

 左手首の新しい腕輪に視線を落とし、申し訳ない気持ちになった。


「……ごめんね。お金が必要なのに、余計な買い物させちゃった」


 男は驚いたように私を見る。

 手の位置を入れ替えて、そっと私の手に指を絡めた。


「余計じゃない。──ルカが、言っていただろう? 今まで前に進むことを拒んでいたが、これからは自分の人生を生きたいと。……俺も、同じだ」


「ディーン……」


「あともう少しだけ、待っていてほしい。必ず果たすから……そうしたら、お前と」


 まっすぐに見つめられ、顔が赤くなる。

 恥ずかしさに目を逸らしそうになるが、なんとか耐えてコクコクと何度も頷いた。


「うん、いくらでも待ちます。──それに!」


 照れ隠しに立ち上がり、座ったままの男の正面に回る。


「みっともないとか言ってたけど、別にいいよ。強いところも優しいところも、馬鹿正直なところも失言が多いところも!……全部、含めてディーンでしょ?」


「……ユキ」


 男が嬉しそうに顔をほころばせた。

 少し間を置き、しみじみと頷く。


「そうか。たまに盗み聞きするところも含めて……」


「それは言ってない! そこだけは話が別だからっ!!」


 盛大に突っ込んだ。


 やっぱり自覚あったんじゃん!

 盗み聞きだけは、今後も絶対許さんからな!?

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