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70.反面教師

 長官さんは渋い顔で、机の上にずらりと並べられた白い種を睨みつけている。


 ディーンの持っていた種も含め、この部屋にある全ての種に触れてみた。結果はご覧の通りである。


 ちなみにディーンの種は換金済みだ。触る前に報酬を払ってくれと、私が強硬に主張したのだ。お金は大事ですからね?


「イカン、わからん……。一体どうして……しかもこれは……」


 ぶつぶつぶつ。


 自分の世界に閉じこもっている長官さんを、マイカちゃんがうんざりした顔で見やった。


「……ガードナー長官。彼女も疲れているでしょうから、ひとまず宿まで送ってきます」


 長官さんははっとしたように顔を上げる。

 一瞬迷い、ややあってギクシャクと頷いた。


「……そうだな。所在だけ、わかるようにしておいてくれ。お前が責任を持って、決して王都から出さないように」


 マイカちゃんに命じて、長官さんは申し訳なさそうに私を見る。仕方なく私も頷いた。


 挨拶して部屋から出ようとすると、突然音を立てて扉が開いた。軍服姿の中年男性が、険しい顔で立ち尽くしている。

 長官さんはあっと声を上げた。


「やべ、忘れてた。……というかギル。いくら友人とはいえ、上司の部屋に入る時はノックぐらい……」


「ディーン! 貴様、よくものこのこと!」


 長官さんの言葉を無視して荒々しく言いながら、ディーンにつかみかかる。

 ぎょっとして固まる私を、マイカちゃんが警戒したように後ろに引っ張った。


「……ふん。少し痩せたが、まあ元気そうだな。ちゃんと食べてるか?」


「少将には関係ありません」


 ディーンは冷たく言うと、つかまれた手を邪険に払い落とす。

 ぽかんとして中年男性を観察すると、ディーンに似てかなり整った顔立ちだった。髪は金に近い茶色。……あれ?


 ディーンと、同じ?


「少将ではなく、叔父さんと呼べ!」


 居丈高に言う男を、ディーンは心底嫌そうな顔で見やる。その視線は凍えるようだ。


 あ然としていると、後ろから背中をつんつんと突かれた。振り向いた私に、ルークさんが小声でささやく。


「……あちら、警備部責任者のグレイ少将。ディーンの元上司で、父方の叔父でもある」


 ……叔父さん。


 道理で髪や瞳の色、顔立ちまで似ているわけだ。ディーンが年を取ったらこんな感じになるのかと、感心しながら叔父さんを眺めた。


「……むっ! そちらは……」


「待て!」


 視線に気づいたのか、叔父さんが眉をひそめてこちらを見る。

 焦ったように制止するディーンを突き飛ばし、大股で近付いてきた。迫力に怯える私の手をぱっと握る。


「──初めまして、可愛らしいお嬢さんがた。ギルバートと申します。どうぞギルとお呼びください。いかがでしょう、今晩三人で食事でも……」


「いきなり口説くなっ! 全然変わってないな!?」


 ギルバートさんの手を私から叩き落とすと、かばうように間に立った。


「いいか、こいつは駄目だ。口説くならそっちにしておけ」


「……誰が『そっち』よ? あんた、後で覚えておきなさい。ひねり潰して原形なくしてくれるわ」


 ……言葉のチョイスが怖すぎる。


 ドン引きしていると、ギルバートさんが怪訝そうにディーンの横から私を覗き込む。ビビりながらも見返して、お互いしばし見つめ合う。彼はすぐに納得したように頷いた。


 くるりとマイカちゃんに向き直る。


「お嬢さん、よろしければあなたのお名前を──」


「グレイ少将、悪いことは言いません。命を大事にするならコイツだけは止めた方が……()ってえぇ!?」


 ルークさんが悶絶しながら倒れ込んだ。床にうずくまってぷるぷると震えている。……どこ蹴られたん?


 長官さんがあきれたように立ち上がった。


「あのなぁ、ギル。そちらのユキコさんが例の、種の色を変えた女性だよ」


「種の? 確かなのか?」


「ああ。すぐ王城に報告しないとな。ちょうどいいからお前も付き合ってくれ」


「ふん。仕方なかろう」


 ディーンの背中から顔を出して観察すると、ふんぞり返るギルバートさんが見えた。……上司相手にめっさ偉そう。


 ギルバートさんが私の視線に気づき、にこやかにこちらを見る。


「うちの家系の者は皆、小さいものに弱いのですよ。特にディーンは昔から、ちょっと気の強い子猫や子犬が大好きで……」


「余計な事を言うな!」


 ディーンの怒声を意に介した風もなく、ギルバートさんは長官さんと共にあっさり出て行ってしまった。釈然としない思いでそれを見送る。


 ……もしや、ディーンってば私をペットと思ってる?


 顔をしかめていると、ルークさんが床に伸びたまま私を見上げた。


「いやいや、動物扱いしてるって意味じゃないから。……ユキコちゃんって顔に出やすいよな。考えてること丸わかり」


「そうですかっ!?」


 衝撃である。


 顔に手をやって確認していると、マイカちゃんがポキリと指を鳴らした。ディーンを見上げて薄笑いを浮かべる。


「さあて……」


 ディーンは私から離れると、マイカちゃんからじりじりと間合いを取り始めた。腕を上げて構える。


「ユキコちゃ~ん、危ないからこっちに下がっときな~」


 床をずりずり移動するルークさんに呼ばれ、側にしゃがみ込んだ。


 マイカちゃんは短く気合いを発すると、ディーンに襲いかかる。息つく暇もなく拳と蹴りが繰り出され、ディーンは防戦一方に見えた。

 止めるべきかとハラハラしてしまう。


「放っておいて大丈夫だよ」


 また私の顔色を読んだようで、ルークさんが穏やかに言う。


「それより、面白い御仁だったろ? ああ見えて凄い使い手なんだ。グレイ少将はディーンの武人としての手本であり、男としての反面教師でもある」


「……反面教師?」


「ユキコちゃんにとっては恩人かもな? あの顔でディーンが女たらしに成長しなかったのは、あの人のお陰だよ。絶対ああはなるまいと、子供心に固く誓ったらしいから」


「…………」


 ギルバートさん、女たらしでありがとう。


 遠い目で女好きの叔父さんに感謝を捧げる。

 それから意識をこの場に戻し、室内を駆け回りながら戦っている二人を眺めた。


「ディーンとマイカちゃんって、どっちが強いんですか?」


 相変わらずディーンは防戦一方で、このままではひねり潰されて原形がなくなるかもしれない。


「そりゃディーンだろ。すばしっこさならマイカが上だけど。……でもさすがに、ディーンは反撃したりしないさ。もうちょい粘ったら、あえて攻撃をくらって終わらせるはずだ。マイカも一発当てれば満足するだろうし」


 ルークさんの言葉通り、マイカちゃんに蹴り飛ばされてディーンが吹っ飛んだ。がっくりと膝を突く。


「よし、終わっ──」


 ルークさんが立ち上がって言いかけたところで、マイカちゃんがディーンの頭に追加の肘鉄を落とした。まともにくらったディーンがばたりと倒れる。


「…………」


 ルークさんがあんぐりと口を開けた。


 ……一発じゃなくて、二発だったね……?

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