表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/98

65.決着点

「というわけで。フィッツロイ公爵が応接間で待ってるから、今から行くわよ。……なんだかんだで結構待たせちゃったけど、相手は誘拐犯だからまあいいわ」


 フンッとマイカちゃんが吐き捨てた。


 私たちをうながして扉へ向かう。立ち上がった私の腕を、ディーンがつかんで引き止めた。


「お前はここで待って……」


「駄目よ。あんたに止める権利はない。……ユッキーが公爵の顔も見たくないって言うなら別だけど、どうする?」


 問いかけられ、戸惑いながらマイカちゃんを見返した。


 ディーンと再会できた今となっては、激しい怒りは消えた気がする。もちろん恨みはあるけれど、最後に会うくらいならという気持ちになった。


「大丈夫。あんまり待たせると面倒臭そうだから、早く済ませちゃお」


 マイカちゃんはひとつ頷くと、嫌そうな顔でディーンを見やる。


「むしろあたしは、あんたを置いていきたいわ。くれぐれも、物騒な事はしないように」


「……善処する」


 あさっての方向を向きながら答える男に、私とエイダさんは怖々と顔を見合わせた。


 ……何かあったら、全身全霊で止めよう。


 心に誓う私であった。



 ◇



 ぞろぞろと応接間に入る私たちを、ナルシスト男は不機嫌な顔で睨みつける。


「──遅い。このわたしを、こんなに待たせるとは」


 空気を読まない俺様発言に、男の後ろに立つセバスチャンが真っ青になった。

 マイカちゃんはにっこり微笑むと、二人の側へと歩み寄る。


「まあ、そんなに待ちわびていらっしゃったんですね? では、さっさと済ませてしまいましょう。フィッツロイ公爵閣下──人身売買と監禁の容疑で、あなたを逮捕します」


 ……えっ!?

 逮捕って……そういう事になっちゃうの!?


 驚いて動けなくなる私をよそに、セバスチャンの動きは素早かった。土下座するような勢いで、マイカちゃんの足元にひざまずく。


「違います! 旦那様は何もご存知ありませんでした! 全てはこのわたくし……セバスチャンが計画した事でございます!!」


 見え見えの大嘘に、あ然として言葉を失った。

 マイカちゃんは深くため息をつき、苦い顔をして私を振り返る。やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめた。


「……と、こうなるわけよ。高位の貴族ってのは、平気でこういう事するんだから」


 突如、無言でナルシスト男がソファから動いた。

 荒々しくセバスチャンの腕をつかんで立ち上がらせると、険しい視線をマイカちゃんに向ける。


「見くびるな。己の罪を家来に押し付けて、逃げるような恥知らずな真似はしない。逮捕でもなんでも、好きにするがいい」


 ふんぞり返って宣言した。

 ただでさえ青かったセバスチャンの顔が、真っ白になってしまう。


「なりません、旦那様! ノア様を、どうされるおつもりなのです!?」


「そうよ! 父親のくせに、ノア君を残していくわけ!?」


 あ。思わず口を挟んじゃった。

 でも、黙っていられない。


 止めようとしたディーンに首を振り、ナルシスト男に歩み寄った。


「……あなたを、許したわけじゃないけど。ノア君には絶対、あなたが必要なの。大好きなお父さんなんだから」


 男の瞳が揺れる。

 こぶしを握り締め、苦しそうに私から目を逸らした。


 ……ああもう、しょうがないなぁ!


 ぐしゃぐしゃと髪を掻き、傍らに立つマイカちゃんを見る。


「マイカちゃん! 私、逮捕とか望んでない。なんとか穏便にできないかな?」


「……ユキコ様!」


 セバスチャンが、泣き出しそうな悲鳴を上げる。その声には安堵が含まれていた。


 マイカちゃんは厳しい表情で私と男を見比べる。

 腕を組んで黙り込み、ややあって重々しく口を開いた。


「……被害者である、あんたがそう言うなら。条件次第では認めてもいいわ」


 男に向かって、ゆっくりと告げる。


「閣下のご子息──ノア様と定期的に面談させてもらうこと。それから、少しずつでもノア様を屋敷の外に出すこと。……このふたつを受け入れるなら、今回の件には目をつぶりましょう」


 ユッキーも、それでいい?

 問いかけられ、大きく頷き返す。男はと見ると、戸惑っているようだった。


「面談はともかく、外に出すとなると……。ノアが、差別に苦しむことになる……」


「では、一生屋敷に閉じ込めておくおつもりですか? たとえ傷つくことになるとしても、ノア様は外の世界を知るべきです。知った上で、どうしていくのか……。決めるのは、少しずつ大人になっていくノア様自身だわ」


 マイカちゃんの言葉にはっとしたように、男は目を見開く。

 それから長いこと考え込んでいたが、最後にはためらいながらも頷いた。


「わかった。……条件を、受け入れよう」


 ほっとして、思わず笑みがこぼれる。

 これで一件落着だ。喜び勇んでマイカちゃんにお礼を言おうとすると、ぱしりと男が私の手を取った。


「君にも、礼と謝罪を。──本当に、申し訳ないことをした」


 初めて見る男の様子に、思わず息を呑む。


「トールの街に、黒髪の女性がいると聞いた時……君と祖母を重ねたのかもしれない。祖父が祖母を生涯この屋敷で守り通したように──わたしが、君を保護するべきではないかと思ったのだ」


 私だけを見つめて、真摯に言葉を紡ぐ。傲慢な男らしくない姿に苦笑して、かぶりを振った。


「もう、いいんです。ノア君のことを、よろしくお願いします」


「もちろん、約束しよう。……だが、叶うなら……君にも、ノアとわたしの側に居てほしい」


 ……はい?


 ぽかんとしていると、男は握ったままだった私の手を口元に近づける。そのままそっと口づけた。


「ユキコ。どうか、わたしの妻となってくれないか」


「…………」


 絶句した。


 すげえ。

 この状況で……プロポーズ、だと……!?


 我が道を行く男に、不覚にも感動してしまう。俺様もここまで来ればアッパレである。

 セバスチャンも、感極まったように潤んだ目元を押さえた。


「わああああっ!? 落ち着けディーン! せっかく円満に終わりそうなのにっ!!」


 背後からルークさんの悲鳴が聞こえた。揉み合うような音もする。……怖い。振り返れない。


「素敵ですわ。あの伯爵様が、飾らない言葉で素直な求婚。わたくし、感激いたしました」


 熱っぽく言うエイダさんの声も聞こえる。

 ……なんか呑気じゃね?


 傍らにいるマイカちゃんも、うんうんと頷き同意する。


「本当ねー。あたしもちょっと見直しちゃったわ」


「マイカああああ! 感心してないで、お前も止めろおおおお!!」


 マイカちゃんはうるさそうにルークさんの方をちらりと見ると、ぽんと私の肩を叩いた。……了解です、姉さん。


 ナルシスト男をまっすぐ見上げる。


「ごめんなさい。あなたとは、結婚できないです」


 私の答えは予想済みだったのだろう、男はほろ苦く笑って私の手を放してくれた。

 私も笑顔で男を見上げ、最後にエイダさん仕込みのお辞儀を披露する。──これで、さよならだ。


 急ぎディーンとルークさんの元へと向かった。


 ……他の皆は狼とか熊とか言うけれど。


 どちらかと言えば、最近のディーンって過保護なお父さんと化してない?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ