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5.前兆

 季節は秋になり、日に日に寒くなってきた。

 秋から冬にかけては、薬草の採集はほとんど期待できない。例年の私なら、この時期は家事に勤しむのだけれど――


 今日も今日とて、ダガルさんにお使いを頼まれた。


(……最近、おかしい気がする)


 私の容姿は、街の人達から奇異の目で見られる――悪くすれば、視線から憎しみを感じ取ることだってある。

 そんな私を心配して、今まで買い物は店主の仕事だった。


 それなのに、最近はどうだろう。


 買うのを忘れていた、急に食べたくなった、などと理由を付けては私を街へに行かせる。何か隠している、と思うのに、それが何なのかはわからない。


 幸い身の危険まで感じることはない。

 私はもう七年もこの街のはずれに住んでいるのだし、ダガルさんは街の人々から薬師として信頼されている。

 珍獣のように見られたり、遠くからこれ見よがしに噂される不愉快ささえ我慢すれば、トラブルが起こることはない、と思う。


 それでも無事に薬店に帰り着くとほっとする。


 裏口のドアをそっと開けると、ぼそぼそと話し声が聞こえた。


「……ただいま」


 声をかけると、ダガルさんがぎょっとしたように振り返る。


「おおおおお帰りぃ、タナカァ!」


 …………動揺しすぎだろ。


 誰と話していたのかと背伸びして覗き込むと、ガタリと大きく音を立てて、カウンター前の椅子から大柄な男が立ち上がった。五十代ぐらいの赤毛に白髪混じりの大男で……眉間に縦ジワがくっきりと刻まれている。強面な顔が怖い。むちゃくちゃ怖い。


 引きつった顔で反射的に回れ右しそうになった私を、店主が慌てて呼び止める。


「タナカ、こちらは国軍トール街支部のヴァンダール少佐だ。きちんとご挨拶しなさい」


 挨拶っていわれても……私のこと、苦虫をかみ潰したような顔で見てますけど!?


「……こんにちは。お世話になります……?」


 特にお世話された覚えがないので、語尾が疑問系になってしまった。

 大男はふいっと私から視線を外すと、店主に向き合う。


「例の件については、また。なるべく要望に添えるよう努力はします。……それでは」


 カランとドアベルを鳴らして出ていった。


(例の件……? 何の話……?)


 じっと店主を見つめると、わかりやすくあわあわする。


「ヴァ、ヴァンダール少佐は、トール街支部の責任者でなぁ! 何か困ったことがあれば、遠慮なく相談するといい! 気さくで優しい人だから、な!」


 …………気さくとは?


「ダガルさん、何か隠してるよね?」


 あえて断定形で問うと、店主はうぐっと詰まった。


「……別に? 何も隠してないもん」


「もん」じゃねぇよ。


「ワシは薬草畑の様子を見てくるからな! タナカはおいしい夜ごはんをよろしくぅ!」


 早口で言い置くと、店主は脱兎のごとく逃げ出した。

 ……薬草畑なんてもうほとんど枯れてますけど? 怪しいことこの上なし。


 ダガルさんは、軍人に何を頼んだのだろう。


 国は国王に、その下の各領地は貴族の領主に治められているが、一般庶民にとってはどちらも遠い存在である。彼らが身近で頼りにするのは、街ごとに置かれている軍の支部だ。

 最初は不思議に思ったが、理由がわかると納得だった。

 犯罪者の取り締まりや捜査といった警察的な仕事から、その街での住民登録の手続きといった役所的な仕事、さらには夜間の見回りなどの警備、ご近所トラブルの相談まで、軍の役割は非常に多岐にわたるのだ。……日本人の私からすれば、もうちょっと分業しろよと突っ込みたくなるが。


 だから、何か相談事があって、軍人を頼ること自体は別におかしなことじゃない。――ないのだけれど……。


 最近のダガルさんのおかしな様子。

 私には言えない何か。


 もしかして……もしかして、ダガルさんは。


(……私に、出ていってほしいんじゃないのかな……?)


 ぽつんと黒いしみが落ちたように、胸の中に不安が広がるのを止められなかった。



**********************


 夕食は、なんとも気まずい雰囲気だった。


 勇気を出して聞けばいいのに、ダガルさんの答えを聞くのが怖い。俯いて黙々と食事を続ける私を、店主はチラッチラッと、もの問いたげに見てくる。


 かたくなに無視していたが、ついに店主が重い口を開いた。


「タナカ……実は、お前さんに、話しておかなければならんことがあって……」


 それでも私は顔を上げない。


「言おうか言うまいか本当に迷ってたんだが……やっぱりまだ今は言うまいと思って……それから言わなきゃならんと決心して……。けどやっぱりまだ言うには早すぎるような気もするし……。うん、やっぱり今日はやめておこうかな……」


 優 柔 不 断 か !


 不覚にも吹き出してしまった。

 ツボに入って笑いが止まらなくなった私につられて、店主も一緒に笑い出す。


 笑いすぎて滲んだ涙を拭い、


「ごめんね。ちゃんと聞くから、話してくれる?」


 促すと、店主はほっとしたように私を見て口を開きかけ



 ――――不意に顔を歪めた。



 持っていたスプーンを手から落とし、胸を押さえて真横に倒れる。


 私は呆然として……我に返ると、うずくまる店主に駆け寄った。


「――ダガルさんっ!!」

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