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55.息抜き

 ゾンビ人形を撤去してもらって、五日後。


「今日の授業はお休みですわ。皆さん、何をして遊びます?」


 にこやかに問うエイダさんを、ぽかんと見つめた。


 休み……休みだと……!?

 そんなものが、この世に存在していたのね!?


 さらわれてから、勉強漬けだった辛い日々……。

 久しぶりのお休みに、やりたいことはただひとつ!


「私は一日ベッドで自堕落に過ごします!」


「ええっ!? ぼく、ユキコと遊びたい……」


 飛び上がって喜ぶ私を、ノア君が悲しそうに揺さぶった。

 慌ててノア君の頭を撫でる。


「そっか、遊びたいよね。んー……、何して遊ぼっか?」


 特に希望はないようで、二人そろって首を傾げた。

 この世界、ゲームも漫画もないしねぇ……。


「なら、お菓子を作りませんか? 火傷でもしたら大変ですから、ノア様には生地を作るところまでを手伝っていただいて」


「おかし!? そんなの自分でつくれるの!?」


 ノア君がパッと顔を輝かせる。

 嬉しそうな顔を見て、私とエイダさんは頷き合った。


「……でも、私。料理はともかく、お菓子は作ったことないんですけど」


 不安げに聞くと、エイダさんは笑ってかぶりを振る。


「わたくしが趣味でよく作りますから、お教えしますわ。覚えておいて損はありませんわよ。──そのうちディーンさんに振る舞って差しあげれば、きっと喜ばれるでしょうし」


 最後のセリフはノア君に聞こえないよう、耳元でこっそりささやかれた。

 いたずらっぽくウインクされて、真っ赤になってしまう。


「ユキコ、どうしたのー?」


「な、なんでもない! それじゃあ行こっか!」


 三人でぞろぞろと厨房へ向かった。


 厨房に入るのは初めてで、きょろきょろと興味津々に見渡す。

 広い厨房の中で働く料理人のひとりが、私たちに気づいて振り返った。


「エイダ様! ノア様もご一緒ですか?」


「ええ、今日はお休みですから。いつも厨房をお借りしてごめんなさいね?」


 すまなさそうに謝るエイダさんに、料理人は笑ってかぶりを振った。


「厨房は広いですし、お気になさらず。いつでも好きな時にお使いください」


 では、と持ち場に戻る彼に会釈をして、厨房の一角を陣取る。

 エイダさんは慣れた手付きで道具と材料を集めてきた。勝手知ったる、という感じだ。


「しょっちゅう来てるんですか?」


「ええ。夜にお邪魔して、お菓子作りすることが多いんですの。そうすれば翌日のお茶請けにお出しできますしね」


 なんと。

 ティータイムのお菓子は、エイダさんが自ら作っていたのか。


「全部ではありませんわよ? あくまで趣味ですから、気が向いた時だけですわ」


「でも、すごいです。いつもすっごくおいしいですもん」


 熱心に伝えると、エイダさんは嬉しそうに微笑む。

 さあ、と腕まくりして、お菓子作りがスタートした。エイダさんは粉を手早く計量し、ふるいをノア君に渡す。


「さ、ノア様。これに粉を入れてふるい落としてくださいませ」


「はぁい!」


 真剣な顔で粉をふるいにかけるノア君の横で、私は卵を割り落とした。エイダさんは砂糖とバターを計量している。


「これだけで、できるんですか?」


「もちろん。今日作るのはシンプルな焼き菓子ですから」


 あれこれエイダさんに指示してもらいながら、ノア君と二人で卵を混ぜ、砂糖を加え、粉を混ぜ入れ……。最後に溶かしバターを加えて混ぜ合わせれば、綺麗な生地が完成した。


「かんたーん!」


「本当! これなら確かに私でもできるかも」


 ノア君とふふっと笑い合う。


「焼いている間に、昼食用のサンドイッチも作りましょうか。焼き菓子に合いますわよ」


 心得た様子の料理人さん達が、次々と具材を用意してくれる。

 きゃいきゃい騒ぎながら、お肉やチーズ、卵やレタスを挟んでサンドイッチを完成させた。


 焼き上がった手作りお菓子とサンドイッチを持って、ノア君の部屋に移動する。

 パーティのようにテーブルいっぱいに広げて、わくわくと食べ始めた。


「おいしーい! これねぇ、たまごとチーズを一緒にはさんでみたんだよ!」


「私はお肉だけ大量に挟んでみたの。う~ん、美味!」


「……ユキコさん、ちゃんと野菜も取らないと駄目ですわよ」


「わかってますよぅ!」


 大騒ぎしながら食べていると、隣で給仕していたセバスチャンがそっと目頭を押さえた。

 どうしたのかな、と不審げに見上げる私の横で、ノア君がぱくりと焼き菓子を口に入れる。目がまんまるになった。


「これ、すっごくおいしい! ふわふわ!」


「えっ、本当!?」


 私も慌てて一口。

 焼きたてのお菓子は確かにふわふわで、甘すぎなくていくらでも食べられそう。これが手作り……!と感激してしまう。


「セバスチャンにもあげるからね!」


 ノア君がにぱっと見上げると、セバスチャンは虚をつかれたように黙り込み──


 どばーっと滂沱(ぼうだ)の涙を流した。


「えっ、どうしたの!?」


「いえ、なんでもございません……。ありがとうございます、ノア様……。後程、美味しく頂きますね……」


 ぐしぐし泣きながら笑っている。


 セバスチャンは、本当にノア君を大切に思ってるんだ……。

 なんとも言えない気持ちになって、ただ二人を見つめた。



 ◇



 昼食後、はしゃぎすぎて眠ってしまったノア君を残し、エイダさんの部屋に移動した。


 なんとなく黙り込んでいる私に、エイダさんは困ったように微笑みかける。


「……この先、ユキコさんがここから去って、その後に何が起こったとしても……。あなたが責任を感じる必要など、一切ありませんわ」


 さとすように言われて目を見張った。

 どう答えるべきか……言葉を探しながら口を開く。


「その……、ノア君の、お母さんは……?」


 エイダさんは静かにかぶりを振った。


「わたくしもお会いしたことはありませんが……黒髪ではなかったとお聞きしています。ノア様が五つの時までは、この屋敷でご一緒に暮らされていたそうですわ。……でも、奥方様はノア様を疎まれて……。離縁された後は、他国へ嫁がれたとか」


「そう、だったんですか……」


 うつむく私の手を、エイダさんはぽんぽんと叩いた。


「ノア様はご自分の髪のせいだと、気に病まれたそうですわ。わたくしがここに勤め始めた頃は、いつも暗い顔で怯えておいででした。今……ノア様が笑顔でいらっしゃるのは、全部ユキコさんのお陰です」


 その言葉に、反射的に顔を上げた。


「……でも、私は!」


 それ以上続かなくて、はくはくと深呼吸する。


(そうだ……私は……)


 エイダさんをまっすぐに見つめた。

 出そうになる涙を必死でこらえる。


「私は、ここには残れませんっ……。それがたとえ、ノア君のためであっても……!」


 震える体を抱き締めた。

 自分勝手だとわかっているが、やはり嘘はつけなかった。


「……もちろん、それでよろしいのですわ。ノア様の笑顔を守るのは、父親である伯爵様の、そしてわたくしたち使用人の役目なのですから」


 ふわりと笑んで、私に頷きかける。


「ここにいる間は、ノア様の支えであったとしても──『その時』が来たら、迷わず逃げてくださいませ。ノア様のことなら大丈夫。わたくしたちが付いておりますもの」


 力強い言葉に、何度も首を縦に振った。

 エイダさんは安心したように、優しく頭を撫でてくれる。


「……ぎゅってしましょうか?」


 思わずテーブルに頭を打ち付けそうになった。


「だからぁっ、それはもう忘れてくださいぃ!」


 半泣きになりながら訴える。

 酔っぱらい語録を繰り返さんといてー!

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