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42.足止め

 スーロウから、北に向かう街道の途上にて。

 ディーンと私は途方に暮れていた。


「街道で通行止めって……」


「まあ、たまにはこんなこともある」


 ディーンはうんざりしたようにため息をつく。

 私をうながして、街道を少しだけ離れて地面に座った。周りの人々も三々五々散らばって、困り顔で同じようにしている。


 スーロウを発って半日。

 調子よく街道を進んでいたのに、道半ばで軍人さんたちにより街道が封鎖されていた。この先で黒花が出現したので、無事に駆除が完了するまで通行止めらしい。


「ディーンは行かなくていいの?」


 駆除師なんだし。

 首を傾げると、ディーンはさも嫌そうな顔をした。


「お前を置いてか? 街道のど真ん中にひとりで残して、もし厄介事が起きたらどうするんだ。ただでさえお前はすぐに巻き込まれるのに」


 えー、それじゃまるで私がトラブルメーカーみたいじゃん?


 むうとむくれると、ディーンは苦笑して私の頭を撫でた。

 それからしばらく待ってみたが、なかなか通行止めは解除されない。ディーンは空を見上げて、難しそうな顔をする。


「まだ日が高いうちに、野宿の算段をした方がいいかもしれんな。……街道から離れた所に、いい場所がある。少し戻るぞ」


 ディーンの言葉に、慌てて立ち上がった。

 とうとう来たか……人生初の、野宿をする時が!


 封鎖された街道に背を向け、来た道を少しだけ戻る。そうしてディーンに導かれるまま、街道から離れていった。


「黒花……出ないかな?」


 ビクビクおどおど、周囲を見回しながら歩く。


「まだ明るいし、慎重に進めば大丈夫だ。暗くなったら黒花と景色が同化して危険だがな」


 その言葉に安心して、ディーンの後ろをついていった。

 ディーンは木々が密集した中にどんどん入っていく。……本当に大丈夫?


 鞘に収めたままの剣で草むらを探ったり、空を見上げたりしながら迷いのない足取りで進んでいく。そんな男の邪魔をしないよう、私も黙ったまま従った。


 突然、木々が途切れて開けた場所に出た。

 小川が見えて、私は思わず歓声を上げた。ごく浅い川だったが、水は綺麗に澄んでいる。


「日が沈む前に着けてよかった。川を下った先に、野宿にちょうどいい場所があるんだ」


 やっと緊張を解いたディーンが言う。

 夕陽を反射して光る川の横を歩き、少し進むと驚きの光景が見えてきた。


「これって……何かの遺跡……?」


 地面から高くそびえ立つのは、明らかに人工物とわかる太い石柱だった。途中で折れているものも含め、ぱっと見ただけでも十本以上ある。


「その通りでーすっ! こちらは時代としてはおよそ二千年前、古代メルニア期の遺跡の可能性が高いでしょうっ!」


「……うわあぁっ!?」


 突如現れた人影に、心底驚く。

 ディーンは無言で私を引き寄せ、背後にかばった。ディーンの後ろから恐る恐る覗いてみると、ボサボサの髪に無精ひげ、瓶底眼鏡をかけた小柄な中年男性が立っていた。


「あ、ボクは決して怪しい者ではありませんよ。旅の考古学者もどきなのです!」


 ……もどきって。

 めっちゃ怪しいじゃん。


 ディーンも同じことを思ったのか、全く警戒を解かない。険しい声で男に問いかけた。


「こんな所で、ひとりで何をしている」


「もちろん遺跡の実地調査ですよ。それと、ボクひとりじゃありません。黒花に備えて、ちゃあんと駆除師の護衛を雇ったんですから!」


 学者もどきさんはディーンの剣幕を気にした風もなく、あっけらかんと答える。

 その言葉に、ディーンが体を固くするのがわかった。

 一体どうしたのだろう。戸惑いながら、ディーンの服の裾をつかむ。


「──おいおい、お前ら野盗かぁ? その男はオレの雇い主なんだから、とっとと失せな」


 背後から、野卑な声が聞こえてぎょっとした。

 ディーンは素早く反転すると、私を腕の中に抱き込んだ。そうして絶句する。


「あれ、お前……ディーンじゃねぇか! 久しぶりだなオイ!」


 頭にバンダナを巻いた男が、嬉しげに駆け寄ってきた。


(……えっ、知り合い?)


 ディーンは深々とため息をつくと、私を抱き締めていた手を少しだけ緩めた。どことなく嫌そうな声で挨拶を返す。


「ああ……。久しぶりだな、ローガン」



 ◇



「なあ。そのちっこいのは何なんだ? お前、幼女趣味だったっけ?」


 パチパチと爆ぜる焚き火に枯れ枝を足していたディーンは、ぴくりと手を止めた。むっつりして返事もしない。


 日はすでにとっぷりと暮れていた。

 夕食は簡単に保存食で済ませ、今は四人で焚き火に当たっている。


「幼女じゃないです。二十歳なので」


 無視しているディーンに代わって私が答えた。

 ……いい加減、このやり取り飽きてきたんですけど。


「へえ、若く見えますねえ! ボクなんか真逆ですよ。まだ二十四歳なのに、四十二歳の間違いだろとかしょっちゅう言われるんですから~」


 朗らかに言う学者もどきさんを、ぽかんと見つめた。

 それは……言われてもしょうがないかも……。完全におっさんだと思っていた。


「ボクはセオと言います。王都にある王立学院を卒業して、そのまま学院で教鞭をとることになっていたんですが……。書物で学ぶだけじゃなく、やっぱり自分の目で遺跡を見てみたいと思い立ちまして。こうして旅に出たんですよ」


 なるほど、それで学者『もどき』なのか。

 納得してうなずく私に、セオさんはにこにこと続ける。


「幸い実家が資産家なので、旅の資金には困りません。船でラザロの街に到着して、そこから旅を始めたばかりなんです」


 ラザロ!

 セレナとハンスさんの笑顔が、ぱっと胸に浮かんだ。思わず微笑んでしまう。


「ラザロなら、私たちも通りましたよ。ね、ディーン?」


「ああ。……ところでローガン、お前はいつから護衛仕事なんて引き受けるようになったんだ?」


 あくびをしていたローガンさんは、眉を上げて面倒臭そうに答える。


「このお坊っちゃんが、報酬を弾んでくれるって言うからよ。別にずっと続けるわけじゃねぇぞ? とりあえず、次の街までって契約だ」


 オレのことより、と身を乗り出し、目を輝かせた。


「お前の方こそ、その嬢ちゃんの護衛をしてるわけか? もしや、金持ちのご令嬢とか?」


 ……この私が、お嬢様と間違えられるとは。

 別に悪い気はしないけど。


「残念ながら違います。トールって田舎町出身の……むしろ貧乏な一般人です」


 苦笑いしながら答えると、ローガンさんはがっかりしたようだった。


「なんだ、そうかよ。トールならオレも最近行ったぜ?……そういや、トールに行ったらよく寄る薬店があったんだけどよ。店主のじいさんが亡くなったとかで、閉店してたな」


 ローガンさんの言葉に、私もディーンも絶句する。

 トールでじいさんがやっている薬店なんて、ダガル薬店しかなかった。


「……私、そこで働いていたんです。ローガンさん、お客さんだったんですね」


 ぽつりとこぼした私の言葉に、ローガンさんは驚いたように目を見開く。それからおかしそうに笑い出した。


「マジかよ! これこそ、縁があるってやつかねぇ」


 なんだか楽しそうなローガンさんに、私も微笑み返す。

 こんなことってあるんだなぁ、と私まで嬉しくなった。

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