41.出立
「それじゃ、元気でね。一応言っておくけど、明日の朝は見送りはいらないわ」
バカ嫡男たちの護送はこっそり行わないといけないからね、とマイカちゃんは笑った。
これでお別れかと思うと、胸が締めつけられるように痛む。うつむく私の手を取って、マイカちゃんは何かを握らせた。
「……これは?」
手の中を見ると、金色のロケットペンダントがあった。蓋を開けようとするけれど、どんなに力を入れても開かない。
「決まった方法でしか開かないようになってるのよ。あたしと連絡が取りたくなったり、何か困ったことがあった時には、それを持って最寄りの軍支部に行きなさい。あたしの方から会いに行くわ」
力強く言われて、我慢していた涙がぶわりとあふれた。マイカちゃんはそんな私をぎゅっと抱き締める。
「こら、泣かないの。今生の別れじゃないんだからね?」
涙で言葉が出てこない。無言でうんうんとうなずいた。
「……マイカちゃん。あのさ、俺……」
ダンさんが、意を決したようにマイカちゃんに歩み寄る。
マイカちゃんは私を離すと、静かにダンさんと向き合った。
「マイカちゃん! 俺、やっぱり君のこと」
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいんだけど、あたし年下には興味ないの」
「…………」
瞬殺されてしまった。
マイカちゃん、せめて最後まで聞いてあげて!?
がっくりと膝を突くダンさんに、慌ててルカさんが近づいた。慰めるようにダンさんの肩を叩けば、ダンさんは泣きそうな顔でルカさんを見上げた。
「ルカ。俺ら、ふたりとも振られちまったな……?」
その言葉にルカさんは眉をひそめ、心底嫌そうな顔になる。
くるりとディーンに向き直ると、ルカさんは胸に手を当て悲しげに微笑した。
「ごめんね、ディーン……。君の気持ちは嬉しいけど、やっぱり僕は君とは結婚できないよ……」
いきなり何を言ってるの!?
ルカさんは固まっているディーンと私のことは気にせずに、得意気にダンさんを振り返る。
「ユキコには振られたけど、ディーンのことは僕が振ったんだからね。振られただけのダンと一緒にしないでくれる?」
いや、どんなマウントの取り方だよ!?
恐る恐るディーンを見ると、こぶしを握り締めてぷるぷるしている。どうやら怒りのあまり言葉が出てこないらしい。慌てて腕を引っつかんだ。
どうどう! どうどう!
「振ったり振られたり大変ねぇ。男って、本当にアホな生き物なんだから」
マイカちゃんがあきれたようにため息をつく。
ディーンと私に歩み寄ると、厳しい目で私たちを見比べた。
「これから先、その髪が厄介事の種になる日が来るかもしれない。ユッキーが嫌な思いをしないように、あなたがちゃんと気を付けてあげるのよ。……差し出された手を取ると決めたなら、何が何でも守り通しなさい」
「言われるまでもない」
憮然と答えるディーンに、マイカちゃんはにやりと笑った。
「今度ユッキーを泣かせたら、問答無用でうちの子にしちゃうんだから。せいぜい気張りなさいよ!」
その言い草が、あまりにマイカちゃんらしくて。
お腹の底から笑いがこみ上げてきた。笑いすぎてにじんだ涙を拭い、金色のロケットペンダントをしっかりと首から下げる。
「ありがとう、マイカちゃん! 絶対また会おうね!」
◇
マイカちゃんたちから遅れること、三日。
ディーンと私は、今日スーロウを発つ。
ダンさんとリースさんも、わざわざ薬店まで見送りに来てくれた。
「あれ? ルカは?」
不思議そうに問うダンさんに、私も首を傾げた。
「先に出ててって言われたんだけど……」
「ごめん! お待たせ!」
ルカさんの声がして、ほっと振り向く。
──彼の姿を見て、驚きのあまり絶句した。
「ルカ!? お前、その格好……!」
「えへへ……どうかな?」
ルカさんは──長い髪をくくって、シャツとズボンを身に着けていた。
銀髪の美青年は、きらきらした朝日を浴びながら照れたように笑う。
「……ルカさん」
茫然と、ただ彼を見つめた。
リースさんとダンさんも、今にも泣き出しそうな顔をしている。ディーンも優しく微笑んだ。
──ルカさんは、やっとミナさんの死を乗り越えられたのかもしれない。
「どう、ユキコ。いい男でしょ? ディーンに愛想を尽かしたら、いつでも僕の所に来てくれていいんだからね?」
おどけたように言う。
隣に立つディーンはむっとしたけれど、私は声を上げて笑ってしまった。
「うん、ありがとう。覚えておくね?」
いたずらっぽく答えると、ルカさんも嬉しそうに微笑んだ。
くっ、とうめく声がして振り向くと、ダンさんがボロボロ泣いている。リースさんもハンカチで目頭を押さえていた。
「ルカぁっ……! お前、やっと立ち直れたんだな……!」
「……たくさん、心配かけてごめんね。一応言っておくけど……ミナのこと、忘れたわけじゃないんだ」
そう言って、穏やかに笑む。
「今まで僕は、ミナの思い出だけ抱き締めて、前に進むことを拒んでいたのかもしれない。だけどこれからは、僕は僕の人生を生きて、ミナの分まで幸せになりたい。今は、心からそう思えるんだ。……だから」
「もちろんよ! あの子だって、きっとそれを望んでいるわ!」
リースさんが、ルカさんを力強く抱き締めた。
ルカさんは、そんなリースさんの背中を優しく叩き返す。
「うん、母さん。それにダン。──だから僕は、これからも女装を続けるよ!」
『…………』
なんて?
「男装した自分を鏡で見て、『格好いいけど何か違うな』って思ってさ。やっぱり僕には可愛いスカートがしっくりくるってわかったんだよね。これからの人生を楽しむためにも、僕は僕の好きな服を着ることにするよ!」
ピシリと固まる私たちに構わず、ルカさんは身振り手振りで熱く語る。
ルカさんがそうしたいなら、私は別に反対しないけど。だって、やっぱりルカさんにはスカートが似合うしね。
──問題は、そこではなく。
「……女装するのは、ルカさんにとっての喪なんじゃなかったっけ?」
ジト目で隣に立つ男を睨むと、男はあさっての方向を向いて聞こえないフリをした。誤魔化すなっつーに。
「ああ、駄目……。お嫁に来てくれる女の子なんて、この先も現れるはずがないわ。ディーンくん! やっぱり、あなたが婿に!」
「俺はもう振られてしまったので。心の底から残念ですが」
ディーンが無表情に答えた。
めっちゃ棒読みやないかーい。
清々しい笑顔のルカさんと、悔しがるリースさん、脱力しているダンさんに別れを告げる。
「本当にお世話になりました! また遊びに来るからね!」
次に会う時には、ルカさんの美女っぷりにさらに磨きがかかっているに違いない。
いつかきっと訪れる再会を楽しみにしながら。私とディーンは、新たな街へと旅立った。




