40.心から
「マイカちゃんが呼んでっから、これからみんなで施療院に行くぞ……」
翌日、昼下がり。
目の下の隈がすごいダンさんが、リース薬店まで私達を呼びに来てくれた。なんとも突っ込みづらい雰囲気の中、施療院へと急ぐ。
「やっほ、ユッキー」
院長室に入ると、マイカちゃんがひょいと手を挙げて挨拶してくれた。部屋の中にいるのは、マイカちゃんと院長先生だけである。
「マイカちゃん! あれからどうなったの?」
椅子に掛けるのももどかしく尋ねると、「せっかちねぇ」とマイカちゃんは苦笑した。
「まあ、おおむねうまくいったわ。ウィンザー伯が迷いなくバカ嫡男を切り捨ててくれたおかげで、すんなり事が運んだし。……院長先生は──」
ちらりと院長先生を見る。
マイカちゃんの視線を受けて穏やかにうなずくと、院長先生が後を引き取った。
「わたしは領外に追放となりました。しばらくは軍の監視下に置かれることになります」
「……そんな!」
声を荒らげる私とルカさんに、院長先生は静かに首を振った。
「フォスター領で、医師として働くことを許していただきました。施療院のことは心残りですが……。これから、フォスター領の方々へ罪滅ぼしできればと考えています」
そういうことか……。
ほっと安心して、ルカさんと顔を見合わせる。
「院長先生の後任に関しても心配ないわ。バカ嫡男の所業を世間に公表しない代わりに、ウィンザー伯にはしっかり施療院を維持するよう脅し……お願いしておいたから」
今「脅した」って言いかけたな。マイカちゃんらしすぎる。
ぐしっと鼻をすすり上げる音がしたので振り向くと、壁際に立っていたダンさんが目を潤ませている。
「院長先生。あとのことは、俺たちに任せてください」
「ダンくん……。君たちにも、本当に申し訳ないことをしました。──どうか、施療院をよろしくお願いします」
立ち上がり、ダンさんに向かって深々と頭を下げた。
ダンさんは男泣きに泣いている。思わず私まで貰い泣きしそうになった。
しんみりした空気を変えるように、マイカちゃんが淡々と口を開く。
「あたしたちカラスは、明日の早朝にこの街を発つわ。バカ嫡男ご一行様を、王都に連行しなきゃならないからね」
だからお別れね、ユッキー?
言いながら、私の腕をがしっとつかんで壁際に引っ張っていった。そのままひそひそ声で話しかけれらる。
(ところで、自己満足男とはもう話したの?)
(それがまだなの。なかなかチャンスがなくて……)
私もひそひそと返した。
もしかして私のこと避けてない?と思うぐらい、ディーンと話すタイミングが全然なかったのだ。
「よし! なら今行け!」
マイカちゃんにバンと背中を叩かれた。姉さん、痛いっす。
おずおずとディーンの側に近寄る。そんな私に気付いて、ディーンも立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。
「ええっと……。あのね? 私、ディーンに話さなきゃいけないことがあるの……」
緊張のあまり顔が強張るのを感じながら、そっとディーンの顔を盗み見た。
私とは対照的に、ディーンは凪いだように静かな表情をしている。
「ああ。……お前の気持ちはわかってる」
えっ! わかってたの!?
みるみる真っ赤になるのが自分でもわかる。
ルカさんにもバレバレだったし……私ってそんなにわかりやすいのかなぁ。
「そ、そう。じゃあ……ディーンは、どう思う?」
勇気をふりしぼり、一番聞きたかったことを聞いてみる。
これからも、私が一緒にいていいのか……。
ディーンの答えが知りたいのに、知ってしまうのが怖くもあった。下を向いてぎゅっと目を閉じる。
「お前が、そうしたいなら……。俺は別に構わない」
「──本当に!? ありがとう、ディーン!」
喜び勇んで顔を上げた。
そうして、はっとする。
ディーンが苦しそうな顔をしているから。手だって固く握りしめられている。
(……違う……)
嫌々、連れて行ってほしいわけじゃない。
迷惑をかけたいわけじゃないのだ。
ディーンは優しいから、断れないだけ。
行き着いた答えに胸が痛んだ。気まずい沈黙が満ちて──
「ごめん、ちょっと待って! 君たち会話が噛み合ってなくない!?」
「あっ、ちょっと! 何いいところで邪魔してんのよ!」
突然ルカさんが割り込んできて、マイカちゃんがそんなルカさんを怒鳴りつける。
え、何事……?
「いやいや、さすがに黙って見てられないから!……ユキコもディーンも、言葉が足りなさすぎだよ。もう一度、お互い正直に話してみて?」
ディーンも私も戸惑って、顔を見合わせた。
言葉が出てこない私に、ディーンは決意したように口を開く。
「お前がスーロウに残ると決めたなら……俺に、口出しする権利はない。それはよくわかっている。だが、俺は……」
……はい?
「違う! 私は、これからもディーンと旅を続けたいって言おうと……!」
「だが、昨日……。お前は、ルカの気持ちに応えると言っていただろう?」
ディーンの言葉にあ然とする。
それは、喜んで一生お友達でいますって意味だよ! ていうか──
「……つまりディーンは、また僕らの話を盗み聞きしてたってわけ? へえぇ、一度ならず二度までも、ねえ?──軍人さぁんっ、ここに変態がいますよー!?」
顔を険しくしたルカさんが、私の言いたかったことを代わりに言ってくれた。そうだそうだー!
マイカちゃんが重々しくうなずく。
「変態の現行犯で、逮捕します」
「なんでだ! ちょうど帰ってきた時に聞こえただけで」
「変態はみんなそう言うのよ!」
勝ち誇ったように言うマイカちゃんに、ディーンは黙り込んだ。え、もしや自覚がありました?
マイカちゃんが今度はキッと私を見た。条件反射で背筋を伸ばしてしまう。
「っていうことだけど、どうするユッキー? この男、連れて行っちゃって構わない?」
「だ、だめ!」
慌ててマイカちゃんを止めると、ディーンの腕をつかんだ。
一生懸命背伸びして、少しでも目線を近付ける。
「その、たくさん考えたんだけどっ。足手まといで、迷惑なのはよくわかってるんだけど! 私、これからもディーンと一緒にいたい。離れたくないの。だって……!」
気持ちを伝えなければと焦るばかりで、うまく言葉が出てこない。それでも必死に言い募る。
ディーンはそんな私を見て、瞳を揺らした。
「だって、ディーンは私にとって……大切なっ、家族みたいな人だから!」
『──えええええええっ!?』
ディーンと私以外の全員が叫んだ。え、私何か変なこと言いました……?
ディーンはと見ると……頭痛をこらえるように手で額を押さえている。その表情は窺えない。
しまった、家族みたいとか重すぎたか!?
それとも図々しい感じ!?
あわあわしていると、ディーンが私の頭をぽんと叩いた。
優しく笑いかけてくれたので、ほっとする。
「そうか、家族か……。ありがとう、ユキ」
若干遠い目をしているような気がしなくもないけど、お礼を言われて嬉しくなった。えへへと照れ笑いする。
「う~ん。青春です、ね?」
「微妙なところね。まあ、自己満足男はざまぁみろよ」
「なぁルカ。俺たちは何を見せられたんだ?」
「それは僕が聞きたいよ……」
なぜか遠巻きにあれこれ言われてた。
皆さん、どうかされました?




