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39.あの夜のこと

 リース薬店に戻るなり爆睡してしまい、目が覚めるともう昼を過ぎていた。


「お腹減ったぁ……」


 思えば昨日の夕飯以来、何も口にしていない。

 ふらふらしながら起き上がり、ムンクさんをちょんとつついて一階へ下りる。


「おは……あ、ルカさん! お帰りなさい」


 台所でルカさんが料理を作ってくれていた。

 その顔は疲れきっている。


「ただいま。さっき帰ってきたところでさぁ……。ダンに事情を説明するの、すっごい大変だったんだ。全然信じてくれないから、もう話が進まなくて進まなくて」


 ため息混じりに説明してくれる。

 ダンさんには悪いけど、思わず笑ってしまった。マイカちゃん、もはや隠す気なくなってたもんなぁ。


「寝ようと思ったら母さんが僕の部屋で寝てるし。仕方ないから、先にご飯食べようと思ってさ」


「そっか、私がリースさんの部屋を借りちゃってるから……。ごめんね、ルカさん」


 おしゃべりしながら、料理を手伝う。

 傷心のダンさんも家に帰ったそうだ。早く回復するといいね、とふたりで草葉の陰から祈っておいた。他人事感が満載である。


「おはよおぉ……」


 大あくびをしながらリースさんが入って来た。


「ごはん食べたら、私はお城に戻るわね~……」


 まだぼーっとしている。


 リースさんにも事情を説明したいが、ルカさんは必要ないと言っていた。「細かいことを気にする人じゃないから」だそうだ。……うん、そんな感じ。


 そろそろ料理が出来上がるので、私はディーンを起こしに二階へ上った。足はかなりいい感じである。


 ノックをしようとした瞬間、扉が開いてディーンが出てきた。


「わぷっ!」


 正面衝突してしまい、ディーンの胸板でしたたかに鼻を打ち付ける。


「はっ……鼻が曲がる……!」


 鼻の頭を押さえて悶絶していると、ディーンは慌てて私の顔を覗き込んだ。ほっと安心したように私の頭を撫でながら、優しく微笑む。


 ──その笑顔に、どきりと胸が高鳴った。


「大丈夫だ。そもそも曲がるほど高くないしな」


「…………」


 てめえのそういうところがな!?


 怒りのままに固い胸板にグーパンチを叩き込んだが、ディーンは平然としている。全然効いていない。

 早く足を完治させて、次は華麗に蹴り飛ばそうと心に誓った。マイカちゃんにコツを習ってみてもいいかもしんない。



 ◇



 翌日。

 マイカちゃんからの連絡はまだ無い。


 私は迷っていた。

 ディーンに私の望みを話すこと、ルカさんにあの夜の返事をすること。どちらも二人きりにならないとできないのだ。


(というか、どっちを先にするべき……?)


 苦悩する私をよそに、チャンスは不意に訪れた。


「俺は少し出掛けてくる。買い物と……あとは、黒花の換金もしたいからな」


「うん、行ってらっしゃい……?」


 見送りが思わず疑問形になった。……黒花の換金って何?

 まあ後で聞けばいいや、と気を取り直して、この隙にとルカさんを探す。


(……いた! けど……)


 ルカさんは調剤室にいた。

 ものすごく真剣な表情で薬草を調合している。さすがに邪魔できる雰囲気ではない。


 仕方なく、教本を開いて勉強しながら待つことにした。調剤室を見張って、ルカさんの手が空くのをひたすら待つ。ディーンが帰って来やしないかとハラハラした。


「……はあ。疲れ……」


「お疲れ様、ルカさん! ……ちょっとお話してもいいかな?」


 肩を揉みながら出てきたルカさんに、すかさず話しかけた。ルカさんは驚いたように私を見る。それから、苦そうに笑ってうなずいた。


「じゃあ、ちょっと寒いけど庭に行こうか。この時間なら夕陽が綺麗だと思うよ」


 連れ立って庭に出た。

 気温は低いけれど、ルカさんが分厚いショールを肩に掛けてくれたので暖かかった。ふたりでベンチに座って、溶けそうな夕陽を眺める。


「……うぅん、綺麗。こんなに良い雰囲気なのに、振られちゃうっていうのがねぇ……」


 微苦笑するルカさん。

 私は心底驚いて、ただ彼を見つめることしかできない。


「……どうして……」


 夕陽を見ていたルカさんは、私に視線を戻すといたずらっぽく笑った。


「あれ、もしやバレてないと思ってた? 僕が君に気持ちを伝えてからの……僕とディーンに接する時の君を見ていたら、もう一目瞭然だったのに」


 あ~あ、と言いながら大きく伸びをする。


「手に職を持ってるし、僕の方が断然お買い得だと思うんだけどなぁ。……それに、あの夜ユキコが二階に上がった後……ディーンが僕に言ったんだ。『ユキのことは任せた。これからはお前が守ってやってくれ』だって。何様?って感じだよねぇ」


 笑いながら言うルカさんの言葉に、目の前が真っ暗になる。

 ディーンはやはり、私の手を放すことに決めたのだ。ならば、私の願いを聞き届けてはくれないだろう。


 泣き出しそうになってうつむく私の頭を、ルカさんがぽんと叩いた。


「……声音だけは静かだったけどね、目が殺気にあふれててさぁ。ホント殺されるんじゃないかって思ったよ」


 目は口程に物を言うっていうか、言行不一致っていうか……。

 楽しげに言うルカさんを、驚いて見つめた。ルカさんは穏やかに微笑む。


「振られちゃったけど、あの夜君に伝えた気持ちは変わってないよ。君と……それに(しゃく)だけど、ディーンに会えて本当によかった。……僕はずっとスーロウにいるから、いつでもふたりで遊びに来てね。──僕たち、一生友達だもんね?」


 答えたいのに、言葉が出てこなかった。代わりにぼろりと涙がこぼれる。

 ルカさんは私の涙を拭いながらクスクスと笑う。


「ユキコさん。どうか僕の気持ちに応えてくれますか?」


 いきなりの敬語にぽかんとした後、私まで笑い出してしまった。

 泣き笑いしながら、ぶんぶんと何度も首を縦に振る。なんとか声を絞り出した。


「……うん、もちろん! ルカさんの気持ち、すっごくすっごく嬉しい!」


 これからもよろしくお願いします!

 元気よく言って、ふたりで笑い合う。


 ルカさんにダンさん、それからマイカちゃん。リースさんに院長先生。

 スーロウでは本当にたくさんの人たちと出会えた。そのことが嬉しくて、だらしなく頬が緩んでしまう。


 胸の奥が、温かい気持ちで満たされていた。

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