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3.稀人

 ──バンッ!


 勢いをつけて裏口のドアを開けると、イケメンの腕をぐいぐい引っ張り店内に招き入れる。

 無駄にでかくて、重い。


「おお……どうした、タナカ?」


 びっくり眼の店主に見つめられるが、構っていられない。

 幸い客はもう誰もいないようだし、私は問答無用で男を椅子に座らせた。


「……あなたは、誰。稀人って何? 違う世界から来た人のこと? 私以外にもいるの?」


 矢継ぎ早に尋ね、強い目でまっすぐ男を睨みつける。


 だが男はというと……キョロキョロと、もの珍しそうに店内を見回している。


「ここは薬屋か。ちょうどいい、旅の常備薬を補充せねばと思っていたところだ。店主。傷薬、やけど薬、腹下しの薬に……」


 だっかっらっ、人の話を聞けよ!

 いきなり注文を始めるな──!


 怒りに任せて、フンッと力いっぱい男の足を踏んづけた。

 踵に全体重をかけて、グリグリと大きく動かしてやる。間違いなく痛いはず。


「いっつ……! いきなり何をする、坊主!」


 さすがに男はこちらを向いた。

 って誰が坊主だコラ。


「格好良い兄ちゃんや、こう見えてタナカは女だぞ」


 ダガルさんがのんびりと突っ込む。

 うん、「こう見えて」は余計だよ。


「なに、女……? そ、それは失礼した」


 即座に男は気まずそうに謝る。


 あれ、実は意外と真面目な良いヤツ?


「……しかし、どう見ても男にしか見えんな。凶暴だし」


 前言撤回。

 やっぱり嫌なヤツ。



 ◇



 場所をダイニングに移し、お茶を入れる。

 こうなったら夕飯は後回しである。「お腹減ったー」と騒ぐ男共は、黙殺。


 ちなみに店のドアには「閉店」の看板を掛けておいた。


「……さて、落ち着いたところで。何がどうなっておるんだ?」


 問いかけるダガルさんに頷き、説明する。


「……私がこの世界の人間じゃないって言ったら、この人が私のことを稀人って呼んだの。違う世界から来た人間を『稀人』って言うなら、そんな言葉が存在するなら、……私以外にも、違う世界の人間がいるのかも。私だけじゃない、のかもしれない……」


 つっかえながらも懸命にしゃべる。

 こんなに長文を話すことはあまりないので、うまく伝わったか不安になる。


 しかし、ダガルさんは大きく頷いてくれた。

 そして男に向き合う。


「七年ほど前か。タナカはな、うちの店の裏庭に、ある日突然倒れていたんだ。言葉が通じないから、どこの子どもかもわからんかった。身寄り不明ということでワシが引き取ったが……一生懸命仕事を手伝ってくれて、むしろワシが助けられることの方が多かったよ」


 優しく私を見る。


 そんな……私の方が、何倍も何倍も助けてもらった。

 ダガルさんがいてくれたから、何も知らない異世界で、今日まで平穏に暮らすことができたのだ。


 感謝と申し訳なさと……言葉にできない思いとで、胸がいっぱいになる。


「立派に成長してからは、説教にも磨きがかかってなぁ。この大人しやかな見た目に騙されるなかれ、タナカは相当に口が悪くてな。ズバズバ切れ味鋭い台詞、そして冷たい眼差し! ある意味クセになってたまらんのだよ」


 おい待てじいさん。さっきの感動を返せ。


 底冷えする眼差しを向けるのに、店主は嬉しそうに笑う。

 駄目だ、無駄に喜ばせるだけだ……。


「立派に成長? まだ子どもだろう。せいぜい十三、四といったところか?」


 またまた喧嘩を売ってくる失言イケメン。

 こいつ、顔の割に残念すぎないか?


「私のことはいいから。……稀人のことを教えて」


 じっと見つめると、男は軽く咳払いする。


「とはいっても、俺もそんなに詳しくは知らんぞ。旅の途中で立ち寄った、王都の飯屋で知り合った男が、自分は稀人だと言っていたというだけで」


 ……そうか、本当にいるのか。

 同郷人が……。


「その稀人は王都で保護され、役人から説明を受けたらしい。……いわく、天と地の条件が偶然に重なり合い、世界を越えるほどの衝撃が加わった時に、この地に落とされた異世界人を『稀人』と呼ぶ、と」


(世界を越えるほどの、衝撃……?)


 中学生だった、あの日。


 住宅街の道路の路側帯を、のんびりと歩いて下校していた。

 夏の終わり。

 だいぶ風も涼しくなって──もう秋になるんだな、なんてつらつら考えながら。


 不意に、背中に激しい衝撃を感じた。


 痛みは無かった。

 ただ、身体が宙に浮いたのは覚えている。


 目が覚めると、そこは薬店二階の寝台で。

 不思議なことに傷ひとつ無かった。


 ……後から考えると、背後から車にはねられたのではないだろうか。


 考え込む私を男はじっと観察していた。

 ややあって、苦々しげに口を開く。


「しかしな、お前さんは一体何を考えて、高い渓谷から身を投げる、なんて危険な真似をしたんだ? そんな馬鹿なことさえしなければ、見知らぬ世界に飛ばされることもなかったろうに」


 ……はい?


「なっ……! タナカお前、自殺する気だったのか!?」


 驚くダガルさんに、全力で否定する。


「そんなわけないでしょ! 私は、自動車っていう……馬のない馬車のようなものに轢かれたの。多分だけど!」


「なんだ、そうなのか? 王都で出会った稀人は、旅行先の渓谷があまりに綺麗だったから、崖の上から滝壺に飛び込んだと言っていたぞ。スリルが楽しくてよくやっていたとか。意味が全くわからんが」


 こっちだってわからんわ!

 滝壺ダイブが趣味の人!?


「そうか……てっきり稀人とは、並外れた変人なのだと思っていたのだが」


 しみじみ言う男に脱力する。


 おのれ、滝壺ダイブ男め……!

 許すまじ、風評被害!

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