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37.共闘

 完全に固まってしまった私たちとは対照的に、マイカちゃんの動きは素早かった。


 身を低くして、覆面男たちの元へ走り出す。その手には短い木刀のようなものが握られていた。

 剣を振りかぶる男の手を木刀で打ちすえ、その勢いのまま激しく肩を突く。男はうめいて倒れ込んだ。

 すかさず斬りつけてきた別の男からはひらりと身をかわし、ぐんと懐に入り込む。鮮やかに蹴り飛ばした。

 飛ばされた男は別の覆面男と衝突し、ふたりとも倒れ込む。


(すごい……!)


 でも、相手の人数が多すぎる。

 壁際に後退した私たち三人が下手に手出ししても、マイカちゃんの足手まといにしかならないだろう。


「おふたりは、窓から逃げてください!」


 院長先生の言葉に、慌てたようにルカさんが私の手を引いた。窓の側に近付く。


「駄目よ! 外にもいるかもしれないわ!」


 マイカちゃんから叱責が飛んできて、窓の鍵を開けようとしていた手を止める。

 部屋の入口のほか、退路は窓のみである。

 泣き出しそうになりながら、真っ暗な外に敵の姿が見えないかと目を凝らした。



 ──バンッ!



「……ひゃあっ!?」


 思わずルカさんに抱きついて叫んだ。

 窓を叩く手のひらが見えたのだ。叩いたのは──


「ディーン!?」


 慌てて鍵を開けた。

 ディーンはひょいと身体を持ち上げて窓から入ってくると、無言で抜刀してマイカちゃんに加勢する。

 その横顔は、とても険しくて……。


(すっごい、めちゃくちゃ、怒ってる……!)


 さっきとは違う冷汗がだらだらと流れる。

 ルカさんも顔を引きつらせていた。


「やばい。どっちがより怖いかと聞かれると、ディーンの方かもしんない……」


 完っ全に、同感です!



 ◇



「はあ、疲れたぁ……」


 マイカちゃんはぐるぐると肩を回しながら嘆息した。周りには気を失った男たちが倒れている。入ってきた時はもっと大勢だと思ったけれど、実際は四人だけだった。

 ディーンは剣を峰に返して応戦していたようで、ほとんど血は流れていない。


 剣を一振りして鞘に収めると、ディーンはマイカちゃんに向き直った。


「施療院の外にスーロウの軍人がいるから、ここはもう大丈夫だ。俺は彼らに同行させてもらった」


「そう、ならよかった……わ……」


 言葉の途中で、マイカちゃんは目を見開いた。食い入るようにディーンを見つめる。

 ディーンもそんなマイカちゃんを見て、不審そうに目を瞬いた。


「……マイカちゃん? どうかし……」


「ちょっと! ユッキー!!」


 ……ゆっきぃ?


 いつの間にそんな呼び方になったんだ、と首を傾げる。

 マイカちゃんはそんな私に構わず、腰に手を当てて私を睨みつけた。


「どういうことよ、いい男じゃない! ディーンって男はハゲ散らかしてるんじゃなかったの!?」


 あまりの言葉にずっこけた。

 私、そんなこと一言も言ってませんけど!?


「……ユキ? お前は、俺のことを一体なんだと紹介してるんだ」


 ディーンが鬼のような顔をした。

 こ~わ~い~よ~。毛生え薬をあげたこと、密かに根に持ってました?


「もしやディーンってカツラだったの?」


 ルカさんがなぜか目を輝かせた。


 やめて、火に油を注がないで!

 そしてディーンは剣の柄に手を伸ばさないで!?


「……あのぉ、よろしいでしょうか?」


 困り顔で現れたのは、入院患者のふりをしたスーロウの軍人さんだ。

 マイカちゃんはひとつうなずくと、倒れた男たちに目をやった。


「ご苦労さま。こいつら全員拘束してちょうだい」


「はっ!」


 後ろに控えていた軍服姿の軍人さんたちとともに、きびきびと男たちを拘束していった。机や椅子が倒れているが、院長室はやっと静寂を取り戻した。


「……それで? 留守番のはずのお前たちが、どうしてこんなところにいる」


 苦々しげに問いかけるディーンに、私とルカさんは顔を見合わせる。無言の押し付け合いの結果、ルカさんが代表して答えくれた。


「ディーンの帰りがあんまり遅いから、つい。ダンのことは何かわかったの?」


「領主の城にもスーロウの軍が向かっている。支部でその情報を手に入れて薬店に戻ったのに、お前たちの姿がなかったからな。おそらくここだろうと思ったんだ」


 マイカちゃんの知らせによって到着した軍人さんたちとは、施療院の近くで行き合ったそうだ。

 怒り冷めやらぬ様子のディーンに、ただうなだれた。まさかの入れ違いに申し訳なくなる。


「ごめん……。でも、ディーンが心配で」


 しゅんとして謝るが、ディーンはかぶりを振った。


「俺のことはどうでもいい。お前は自分の身の安全だけを考えてくれ」


 ディーンの言葉に、思わず顔を上げる。私が反論するより早く、マイカちゃんが誇らしげに口を挟んだ。


「出た! 出たわよユッキー!『お前さえ無事なら、俺はどうなっても構わない……』。これぞ、自己満足男にありがちな自己犠牲発言っ!」


 自己満足男の自己犠牲発言!?

 なんか早口言葉みたいだな。


「……そうですね。大切な人の心配をするなと言ったって、無理な話ですよ」


 うんうんと頷きながら、なぜか院長先生まで同調する。


「だよねぇ、しかもちょっと重いよね」


 ルカさんは……面白がってるだけだな、絶対。


「お前ら……」


 額に青筋を立てている男の側に、慌てて近付いた。腕を取って軽く揺さぶり、顔を見上げる。


「ディーンが私を心配してくれるみたいに、私だってディーンを心配するよ! みんな無事で本当によかった……。あとは、ダンさんだけだよね?」


 ディーンはふっと表情を緩めると、私の頭にぽんと手を置いた。


「そうだな。城に向かった軍に加勢は必要ないだろうし、知らせがあるまでここで待とう」


 ディーンの言葉に、院長先生が笑顔で提案してくれる。


「でしたら、この部屋をお使いください。わたしは二階にいますので。患者さんたちがさっきの騒ぎで不安になってるかもしれませんし」


「あたしもいろいろ打ち合わせがあるから失礼するわ。あんたたちだけで待ってなさい」


 マイカちゃんも出て行って、部屋には三人だけになった。散乱した椅子を元に戻して座ると、安心してほっと息をつく。

 落ち着いたところで、ディーンが改まったように切り出した。


「──で、だ。何がどうして俺がハゲ散らかしてるという話になったんだ?」


 えええ、そこに戻るのー?

 やっぱり根に持ってんじゃんー!

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