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36.真相と後悔

 ノックもなしに、マイカちゃんがいきなり院長室の扉を開けた。

 院長先生とルカさんが驚いたようにこちらを見る。


「マイカさん……? 何かありましたか?」


 立ち上がって問いかける先生に、マイカちゃんは冷たく言い放つ。


「リース薬店のルカからもう聞いたかしら? ダンが捕まったわ。理由はよくわかっているわよね?」


 先生は絶句し、顔を歪めた。崩れ落ちるように椅子に座ると、がっくりとうなだれる。


「えっ? どういうこと!?」


 戸惑うルカさんを制して、私はただマイカちゃんと院長先生を見比べた。


「申し訳ない……。全て、わたしのせいです」


 力なく言うと、院長先生は顔を上げた。


「すぐに領主様の城へ行きます。わたしが『彼』の要求を受け入れさえすれば、すぐにダン君は解放されるはずですから」


「ふざけないで。そんな茶番をさせる気はない」


 マイカちゃんが鋭く言った。

 先生は彼女をまじまじと見る。そして、茫然としたように問いかけた。


「マイカさん……あなたは一体……?」


「あたしの正体なんてどうでもいい。それより、洗いざらい話しなさい。大方の調べはついてるけど、あなたの口から聞く必要がある」


 ぴしゃりと言うと閉めた扉に寄りかかり、腕を組んで黙り込んだ。


 私はマイカちゃんを気にしつつ、ルカさんの隣に座らせてもらった。ルカさんは緊張したように先生を見つめている。


「……昨年のことです。わたしは領主様に呼び出され……施療院の予算を大幅に削減する、と言い渡されました」


 苦しげに院長先生は話し出した。


「施療院を設立されたのは、先々代の領主様です。領民があまねく健康であるようにと、願われたのだと聞いています。ですが今代の領主様にとっては、施療院は金のかかる厄介物に過ぎず……」


「──そんな! 施療院がなかったら、皆どれだけ困るか……!」


 声を上げるルカさんに、先生もつらそうに同意した。


「ですから、わたしは城に日参して訴えました。どうか病に苦しむ患者さん達の、救いの場を奪わないでくださいと……。根負けした領主様は、ご子息のレオン様を施療院に遣わされました。施療院を査察するためです」


「……で? 領主のバカ嫡男に、施療院をすみからすみまで案内してやったわけね」


 斬りつけるような口調でマイカちゃんが言う。

 男ふたりは見事に固まった。貴族に対して「バカ嫡男」とか普通は言わないのだろう、多分。私は全然気にならないけど。


「は、はい……。わたしがひとりで案内したのですが……。レオン様はダン君のニフェルの畑を見て、たいそう驚かれた様子でした」


 そうだ、ダンさんの畑!

 慌てて確かめようとした私よりも早く、ルカさんが口を開いた。


「どうしてダンがニフェルを育ててるんです!?」


 ルカさんの剣幕に、院長先生は目をパチクリさせた。

 ああそれは、と言って初めて目を和ませる。


「ルカ君、あなたのためですよ」


「……僕、の?」


 院長先生は大きくうなずく。

 絶句するルカさんに優しく笑いかけた。


「施療院の畑でニフェルが育てられれば、ルカ君がわざわざ危険な街の外に出なくてよくなりますから。……ただ、根付かせることまではできたようですが、発育があまりよくなくて。ここ数年試行錯誤を続けているそうですよ」


 でも、ダン君ならきっと成功させるでしょう。

 にっこりと太鼓判を押す先生に、ルカさんは泣き出しそうな顔をしてうなずいた。


「ええと……それで、嫡男さんがニフェルの畑を見つけて……?」


 いい話に割って入るのを申し訳なく思いつつ、そっと軌道修正する。

 院長先生ははっとしたように居住まいを正した。


「これをどこから手に入れた、詳しい場所を教えろと言われました。もちろん最初は断ったのです。レオン様はニフェルのことをご存知のようでしたし……。良からぬことに使うつもりなのではないのかと、危惧したものですから」


「王都の学校に通っていたころ、ニフェルで遊んだことがあんのよ。あのバカ嫡男は」


 言いにくそうな院長先生に、マイカちゃんはけっと舌打ちした。姉さん、柄が悪いです。


「ですが、レオン様から言われたのです。ニフェルの場所を教えるならば、領主様に進言して予算の削減を止めてやろう、と」


 私は息を呑み、それからむらむらと腹が立ってきた。マイカちゃんの言う通り、なんてバカ嫡男だ。


「わたしは……迷いました……。ですが、レオン様は自分と友人が楽しむだけだと。身体に悪いものだと何度説明しても、聞き入れてはくださいませんでした。わたしは、散々悩んだ末……」


 院長先生は、きっぱりと顔を上げた。そして泣き笑いのように顔を歪ませる。


「レオン様と、患者さんたちを天秤にかけました。あんなバカ貴族がどうなろうと、わたしの知ったことではないと。施療院を、取ったのです。医師として、許されないことだったと思います」


 部屋はしんと静まり返った。

 何と言うべきなのか、言葉が見つからない。ルカさんも私の横で身体を強張らせている。


 はああ、とマイカちゃんの大きなため息が聞こえた。


「バカ貴族がどうなろうと構わないってのは、全面的に賛成よ。ただね、あのバカは密売まで始めちゃったのよ。それはもう知ってるわね?」


 院長先生は苦しそうに首肯した。


「はい、フォスター領が訴え出たようだとも聞きました。レオン様はたいそう怯えておいでて──そもそも始まりはわたしのせいなのだから、首謀者として出頭するようにと命じられました」


 はああっ!?


「そんな無茶苦茶な! もちろん断ったんですよね!?」


 声を荒げて聞く私に、院長先生はしばし沈黙する。


「……わたしのせいと言われれば、返す言葉がありませんでした。ですが、患者さんを放り出してここを離れるわけにはいきません。少しだけ待ってほしいとお願いしたのですが……」


「それは真相の隠蔽よ。これ以上罪を重ねるのはやめなさい」


 厳しい口調で言うマイカちゃんに、院長先生はただうなだれた。

 私は扉の前に立つ彼女を見やる。


「……ダンさんが捕まったのは、院長先生を脅すためかな?」


「そうね、痺れを切らしたんでしょうよ。……でも、ダンを助けるためにカラスの存在がバレたとしたら……」


 マイカちゃんは顔をしかめる。

 苦々しげに院長先生を見た。


「自暴自棄になったバカ嫡男は、あなたの口を塞ごうとするでしょうね。全てをあなたに押し付けて」


 えっ!?

 施療院が危ないってそういうこと!?


 おろおろする私に、マイカちゃんが安心させるように言う。


「スーロウの軍には使いを出したし、すぐに援軍が手配されるから大丈夫よ。……それより、院長先生?」


 つかつかと彼の側に寄ると、静かに問いかけた。


「きちんと真実を証言して、罪を償うつもりはある?」


 院長先生は束の間目を閉じると、きっぱりとうなずいた。

 立ちが上がり、マイカちゃんに頭を下げる。


「──もちろんです。ですから、どうか施療院だけは……」


「善処するわ。バカが襲ってくる可能性があるから、全員上の階に移動しなさい」


 マイカちゃんの言葉に、私とルカさんも慌てて立ち上がった。


 扉に向かおうとした瞬間、突然「止まって!」とマイカちゃんが叫んだ。扉が開き、布で口元を覆った男たちが無言で侵入してくる。その手には白刃が握られていた。


 ルカさんと院長先生……そして私も、凍りついたように動きを止めた。

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