34.疑惑
「──ごめん、お待たせっ!」
明るく言って、受付で待つディーンに合流する。
ディーンは少し驚いたように目を見開いた。
「……いや。服をどうした?」
「雨で濡れちゃって、借りたんだ。詳しくは後でね」
目配せすると、それ以上は突っ込んでこなかった。
土砂降りの雨はもう止んでいた。
ほっとして空を見上げると、雲間からオレンジ色の夕陽が差し込んでいる。再びリンくんにまたがり、帰途につく。
道端で麻薬に関する話はできない。
いきなり降ってきて驚いたねー。お腹減っちゃったー。心が軽くなった私は、取り留めもないことを機嫌よく話した。ディーンはなんだか上の空で、生返事しか返さなかったけど。
「ただい……わっ、真っ暗!」
カーテンが閉めきられた台所に、ルカさんがぼんやり座っていた。慌ててカーテンを開くと、少しだけ室内は明るくなる。
そこでやっと私たちが帰ってきたことに気付いたようで、ルカさんはのろのろと顔を上げた。
「ルカさん……どうしたの? 何かあった?」
心配して問いかけると、明らかに無理したような笑顔を作った。
「別に、何も。ちょっと疲れちゃって……早いけど、もう休むね? 夕飯はふたりで適当に食べて」
言い置いて、ふらふらと二階に上がってしまった。
ディーンと顔を見合わせる。
「どうしたのかな……。そういえば、ダンさんが今日ルカさんに会いに行ってたみたいだけど」
「そうか……。とにかく、明日確認してみよう。ユキの方は何か──」
ぐ~きゅるるるる~。
ディーンが言いかけたところで、私のお腹が盛大に鳴った。
……昼からいろいろあって、結構カロリー消費したからね?
「……先に夕飯にするか」
「だね! 私が作るよ」
いや俺が、と言うディーンを全力で拒否した。
足はもうそれほど痛まないし、なにより個性的なお味はもうゴメンです。
◇
「──『カラス』だと!?」
驚きの声を上げるディーンに私まで驚く。
夕飯を済ませて、今日の報告をしているところだ。ルカさんは宣言通り寝てしまったようで、あれから一度も降りてきていない。
「知ってるの?」
「いや……知らない。いや、名前ぐらいなら、聞いたことがある」
どっちやねん。
なんとも煮えきらない態度に首を傾げた。ディーンにしては珍しい。
「だが、そういうことなら俺たちは手を引くべきだな。カラスだけでなく、おそらくスーロウの街支部も動いているはずだ」
「……でもスーロウの軍は、領主さんの味方をしてるんじゃないの?」
私の言葉に、ディーンは苦笑した。
「支部全体が? そんなことはあり得ない。ウィンザー伯が抱き込んでいるのは、あくまでほんの一部に過ぎないだろう」
そっか……。
それを聞いて安心する。
マイカちゃんの指示通り、あと数日待てばこの事件が解決するなら──
「や、待って! ダンさんは関わってるのかな。それに、施療院に隠されてたニフェルの畑は……?」
「それはわからんが。カラスはきっちり仕事をするはずだ。無関係なら捕まることはないし、放っておけばいい」
あっさり言うディーンに反発を覚える。強い口調で言い返した。
「放ってなんかおけないよ! ダンさんは優しい人だし……なにより、ルカさんの大切な友達なんだから!」
私の反撃にディーンは黙り込んだ。
眉をひそめて──なぜかむっとしたような顔をしている。
「……ありがとう、ユキコ。でも大丈夫、ダンは関わってないから。ダンは、ね」
驚いて台所の入口を振り返った。
ルカさんが、青い顔をして立っている。
「割り込んじゃってごめん。ユキコの方でも、何かわかったことがあるの?」
言いながら、ルカさんは席についた。
私は慌ててルカさんの分のお茶も入れて、さっきディーンにした話を繰り返した。
ディーンはなんとなくそっぽを向いている。なんでいきなり機嫌悪くなったのさー。
「そう……。軍が動いてくれてたの……」
ぽつりと言って、テーブルに頬杖をついてぼんやり宙を眺める。
「喜ぶべきなのに、なんだか複雑な気分」
「……ダンから、何か聞いたのか?」
鋭くルカさんを見ながら、ディーンが問いかける。
「今日、ダンが僕に会いに来てくれて。……ダンはダンで、昨日からずっと考えててくれたんだって。僕がもう一度、ニフェルが悪用されてる可能性があるって強く主張したもんだから」
ルカさんは深々とため息をついた。
「僕の畑の場所──施療院の院長先生にだけ、教えたことがあるんだって。だから、今日院長先生に直接確かめてみたらしい」
「ええっ!?」
ダンさん……それでもし院長先生が犯人だったらどうするのさ……。
固唾を呑んで、ルカさんの言葉を待つ。
「そうしたら、院長先生にも畑の場所を教えた相手がひとりだけいたらしい。……相手はなんと、領主様の嫡男だよ」
ルカさんは頭を抱えた。
「つまり、ウィンザー伯爵の息子ってこと……? そいつがニフェル密売の犯人?」
「……ユキがカラスから聞いた話を合わせたら、まあそうなるんだろうな」
驚く私に、ディーンもうなずいて肯定した。
……なんだか、ほっとした。
施療院はそうと知らずに畑の場所を教えただけで、密売には関わっていないんじゃないか?
なんて考えていると、ルカさんが難しい顔で口を開いた。
「ただ、ダンはともかく……院長先生は本当に無関係なのかな?」
「確かにな。わざわざカラスが施療院に潜入している以上、共犯という可能性もある」
ディーンの言葉に動揺する。
一度診察してもらっただけだが、院長先生は優しい人だった。私の嘘を信じて薬までくれたし。
「疑いたくはないんだけどね……。僕もそう親しいわけじゃないけど、院長先生は本当にすごい人なんだ。施療院に住み込みで、朝から晩まで患者さんのために身を粉にして働いてる」
「なら、やっぱり院長先生は無関係なんじゃ……」
私が言うと、ルカさんは顔を歪めた。
「僕もそう信じたい。……最初は、こんなことになるなんて思ってもみなかった。院長先生を疑うとか、領主様の嫡男なんて大物が出てくるとか……。ユキコとディーンを大変なことに巻き込んだんじゃないか、って思うと申し訳なくて」
落ち込むルカさんをどう慰めればいいかわからず、黙り込んでしまった。
「ともかく、今は状況を見守ろう。カラスが捜査は大詰めだと言っていたのなら、どんな形であれ近々結論が出るはずだ」
ディーンの言葉に、私も大きくうなずいた。
「そうだよ、ルカさん! カラスさんは証拠不十分で逮捕したりしないって言ってたし! きっと本当に悪い人だけを捕まえてくれるよ……!」
一生懸命に言い募ると、ルカさんは泣き笑いのような顔でうなずいた。




