31.秘密の場所
マイカちゃんの休憩が終わったので、ひとりで施療院の裏庭に出た。
まだ居ていいと言われたけれど、仕事の邪魔はしたくないので遠慮したのだ。外の風にも当たりたかったし。
どんよりと曇った空を見上げる。
今にも雨になりそうだ。
ディーンの姿は見えないので、まだ情報を集めているのかもしれない。
人気のない庭を、松葉杖をつきながらぼんやりと進む。
(あれ……?)
施療院の一番奥まった場所が、私の胸ぐらいの高さの柵で囲まれている。
気になったので近付いて、柵の上から覗いてみると薬草畑だった。といっても、寒い時期でも育つ薬草が数種類育てられているだけで、ほとんど土がむき出しになっている。
懐かしい気持ちになり、柵に取り付けられている扉からこっそり中に入った。
ダガル薬店の薬草畑は、もっともっと小さかった。
懐かしく思い出しながら、静かに畑の中にたたずみ、ふと顔を上げると──
柵に囲まれた薬草畑の、さらに奥にも柵がある。
こちらの柵はかなり高く、ディーンが背伸びしたとしても届かないだろう。
(何か、隠してる……?)
周りを見回しても、誰もいない。
中を確認するため、柵の中央にある扉に近付いてみる。
「──うぉっ!? アンタ……!」
いきなり扉が開いて、中からダンさんが出てきた。
私を見て、みるみる険しい顔になった。やばい……!
「どうしたんだよ!? 目が真っ赤だぞ!」
「えっ!?」
そんなに!?
慌てて顔を触るが、もちろんわかるはずもなく。
一目でわかるぐらい腫れてるのか……。道理でマイカちゃんが何度も引き止めたわけだ。
「えっと、これはその……。マイカちゃんに悩みを聞いてもらってるうちに、感情が高ぶったというか」
「へぇ。悩み相談するぐらい仲良くなったのか。マイカちゃん、良い子だからな。半年前にうちに入ったばっかなのに、あっという間に馴染んじまったし」
でれっとしながら言うダンさん。
我が事のように嬉しそうだ。……うん。
「──で、それはそれとして。アンタはこんな所で何してんだよ」
再び険しい顔に戻る。げげっ。
「薬草畑、懐かしいなと思って。私、前に薬師助手をしてたことがあるから」
内心慌てふためきながらも、平静を装って答えた。心臓はバクバクいってますけど。
「薬師助手だと!?」
ダンさんの目がきらりと光る。
懐から鍵を取り出すと、後ろを振り返り高い柵の扉を施錠する。私の側に歩み寄ると、パンッと手を合わせて私を拝んだ。
「なら、悪いんだけど頼まれてくんねぇ? 俺、ルカに話したいことがあって……。小一時間くらい仕事抜けたいんだ」
ええっ!?
なんちゃって助手の私には、薬師の仕事なんか絶対無理!
全力で断ると、ダンさんはひらひらと手を振る。
「薬師の仕事を代われって言ってんじゃなくて。調剤室で留守番して、もし誰か来たら俺はすぐ戻るって伝えてほしいんだ。そんで、その間に薬草の粉砕とか手伝ってもらえると助かる」
「でも私、連れが迎えに来ちゃうかも……」
困り顔で断るが、ダンさんは引かなかった。
「アンタの連れが迎えに来たら、待ってもらうよう受付に伝えとくし。……それに、その顔のままだと心配かけんじゃねぇの?」
う、それは確かに。
仕方なく私はダンさんの頼みを引き受けた。
だって、いかにも号泣しました!な顔でディーンに会いたくないし……。
施療院に戻り、調剤室に案内された。
初めて入る調剤室に、興味津々で中を見回す。
天井まで届くぐらい大きな薬剤棚が、壁に沿っていくつも置かれている。部屋自体はそう広くないので、なかなかの圧迫感だ。棚の中には、ところ狭しと薬が並べられている。
感心している私を尻目に、ダンさんは白衣のような上っ張りを脱いで外套を着込んだ。
「じゃ、悪いけど。行ってくるな」
急ぎ足で出て行った。
私は薬剤机に向かって座ると、乳鉢と乳棒を取り出す。乾燥させた実を粉砕するよう頼まれたのだ。
無心になって手を動かす。
ごりごり。
ごりごり。
ちらっと、椅子に掛けられたダンさんの上っ張りを見る。
ごりごり……。
ごり……。
手を止めた。
……駄目だ、やっぱり我慢できない。
そっと近付き、上っ張りに付いているポケットを探った。鍵が出てくる。
「…………」
一瞬迷ったが、すぐに心を決めた。
私のこの足でも、ダンさんが帰ってくるまでには余裕で戻れるだろう。
そっと廊下を窺うが、誰もいない。
調剤室を出ると、可能な限り早足で薬草畑へ向かった。
◇
薬草畑の柵の前で、慎重に背後を確認する。
(よし、誰もいない)
すばやく中に入り、例の高い柵の方へ近付いた。
心臓がドキドキいっている。緊張で手が震えるが、なんとか扉に鍵を差し込んだ。重い扉を開き、中へ進むと──
「……薬草畑?」
なんだ、と拍子抜けした。
物々しく隠してるから何事かと思えば……。
(って、これじゃあ私もダンさんを疑ってたみたい)
ダンさんとルカさんに申し訳ない。
反省しながらも、念のため側に近付いてみる。
大きな畑の一面に育てられているのは、痩せた貧相な薬草だった。うまく育たなかったのかな?と首を傾げ、不意に気付く。ひゅっと息を呑んだ。
「──ニフェル!?」
慌てて、もっと近くで確かめてみる。
……間違いない。裏山で採ったものより色も悪いが、ニフェルである。
じっとその場にたたずむ。
これは……どう考えればいいのだろう。
ルカさんは、裏山以外でニフェルはうまく根付かなかったと言っていた。ダンさんが栽培に成功させたということ?
必死に考え込んでいたせいで、背後を気にするのを忘れていた。
トン、と肩を叩かれ、はじかれたように振り返……れなかった。
「──そのまま、動くな」
背後から、首筋を押さえられている。そう強い力ではないのに、ぴくりとも動けない。全身をどっと汗が流れた。
(……ディーン……!)
強い恐怖に声が出せない。
足はすくみ、指の先すら動かせなかった。




