29.すれ違い
カーテンを開けると、眩しく差し込む朝日が目を射った。
……灰になりそうだ。
昨夜は結局、あれから一睡もできず。
ルカさんの言葉は本気だったのか、ディーンに聞かれてしまったんじゃないか、ぐるぐる考え込んで一晩中もだえていた。
(……聞かれてたとしたら、どうしよう……)
この街に残ればいいじゃないか、なんて軽く言われたりして。
お荷物の私がいなくなれば、ディーンの旅は格段に楽になる。口に出さなくたって、彼自身そう思っているに違いない。
だけど、私は……。
虹糸の腕輪を着けた、手首をじっと見つめる。
胸の奥が、鋭く痛んだ。
「……おはよう」
いつまでも部屋にいるわけにいかず、仕方なく一階に下りる。
テーブルについていたディーンとルカさんが、ぱっとこちらを見た。
「おはよ、ユキコ!」
「おはよう。……顔色が悪いぞ」
ふたりとも普段通りで、なんだか拍子抜けしてしまった。
昨夜のことは夢だったのかも、と思えてくる。ほっと安堵した。
朝食を済ませると、ルカさんが改まったように私を見る。
「昨夜、あれからディーンと話し合ったんだけど。ダンの家の薬店は、僕が調べることにしたよ。店主はダンのお父さんだから、僕なら怪しまれずに調べられると思うから。施療院の方はディーンにお願いすることになったんだ」
ディーンは軽くうなずくと、あとを引き受けた。
「俺は午前中は裏山を捜索してくるから、施療院を調べるのは昼からだ。……お前の治療という名目で行くから、悪いが付き合ってくれ」
……やっぱり夢ではなかったっぽい。
でも、ふたりとも何事もなかったかのように振る舞ってくれている。それは私にとっても有り難かった。
ふたりの言葉に、ただ静かにうなずいた。
裏山に出掛けるディーンを見送ると、眠気が襲ってきてあくびを噛み殺した。
「ユキコ、眠い? 昼まで寝てていいよ」
気遣わしげに言ってくれたルカさんに笑いかける。
「ありがとう、そうさせてもらおうかな。調剤の手伝いはしなくて大丈夫?」
「もちろん! ゆっくり休んでて」
ルカさんは笑顔で答えると、「それと」と言って正面から私を見つめた。
その真剣な顔にどきりとする。
「昨夜のことなんだけど。この件が解決するまで、僕からはもう持ち出さないことにするね。でも、君に言ったことは本気だから」
考えてくれると嬉しい、と言ってルカさんは綺麗に微笑んだ。
その言葉に驚き、顔が赤くなる。なんとかルカさんから視線を引き剥がし、「お休みなさい」とだけ告げ逃げるように部屋に戻った。
◇
「……ふぁ……」
ひと眠りすると、だいぶ気分が良くなった。
ディーンはもう帰っただろうか、とぼんやり膝を抱え込む。
ルカさんの気持ちは嬉しい……と、思う。だけど、どうするべきなのかわからない。心の中はぐちゃぐちゃで、まともに考えられる気もしない。
(……なら、とりあえず……)
ニフェルの件を、解決させたい。
私にできることなんてたかが知れてるだろうけど、最善を尽くそうと心に誓った。
よし、と気合いを入れて立ち上がる。
勢いよくドアを開けると、ちょうど部屋の前にディーンがいた。驚いたように私を見る。
「あっ、お帰り……」
「ああ、ただいま……」
「…………」
沈黙が満ちる。
気まずっ!
「……昼を食べたら、すぐ施療院に向かうぞ」
ディーンの言葉に、コクコクうなずく。
ふたりで一階の台所に下りた。
昼食は和やかな雰囲気だった。宣言通りルカさんは昨夜の件などおくびにも出さないし、ディーンも特に機嫌の悪い様子はない。
昼食を終えて少し休憩してから、ロバのリンくんに乗せてもらうため、ディーンとふたりで馬屋に行く。
「リンくん、またよろしくね」
リンくんの背にまたがりお願いすると、私を振り向いて「フホッ!」と返事してくれた。癒やされるわ~。
松葉杖を持ったディーンに手綱を引いてもらい、ゆっくりと施療院に向かう。
「…………」
「…………」
沈黙が……沈黙が、重すぎる……!
だが大丈夫。困ったときには……鉄板の、この話題がある!
「今日はとってもいい天気……」
「昨日の話だが」
かぶったぁ!
渾身の一撃がはずれ、私は頭を抱え込む。
ディーンはあきれたように、空と私を見比べた。
「……曇ってるぞ?」
そうですね!
朝は晴れてたんですけどね!?
言い訳の言葉を飲み込むと、ディーンに話の先をうながした。
「昨日の……ルカの、姉の話だ」
ディーンは前を向いたまま、淡々と言葉を紡ぐ。
そこからもう聞いてたんだ……。
なら、最後のルカさんの言葉も確実に聞かれている。ずきりと胸が痛んだ。
「あの格好は……ルカにとっての、喪なんだろうな」
「……喪?」
それって……『喪に服す』の喪?
首を傾げる私に、ディーンはふっと笑った。
「傍から見たら理解されなくても、そいつなりの思いとやり方で、大切な人の死を悼んでる。悲しみを乗り越えるためだったり、自分なりのけじめをつけるためだったり、理由はいろいろあるんだろうがな。──お前だって、そうだろう?」
「え……?」
意味がわからず、ただディーンを見る。
「旅に出ると決めたのが、お前にとっての喪なんだと……俺は、そう思う。旅の先で……自分の居場所を見つけることができたなら。その時、お前の喪は明けるんだろうな」
一度足を止めると、穏やかな目で私を見つめる。
ふわりと優しく微笑んだ。
「だから、ユキ。お前はお前のいるべき場所をちゃんと探すんだ。幸せになれる場所があるなら、迷わずそこを選べばいい。──亡き店主殿も、きっとそれを望んでる」
私から目を逸らすと、ディーンは再び歩き出した。
私は、ただリンくんにつかまってぎゅっと目を閉じる。
ディーンに言われた、言葉の意味を考える。わかりたくもない結論に辿り着いて、ただ唇を噛みしめた。
ディーンの言った通り、旅に出たのは自分の居場所を見つけるため。居場所を見つけようと思ったのは、ダガルさんの思いに報いるため。ダガルさんは、私の幸せを願ってくれていたと思うから……。
いずれ、私はこの旅を終わらせなくてはならない。
それでも──
(そんな言葉……聞きたくなかった……)
他の誰でもなく。
ディーンの口からは、聞きたくなかったのだ。




