表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/98

28.心に潜むは

「まぁったくっ! 信じられないよ、ダンの奴!」


 ダンさんが帰ってもう数時間経つが、いまだ怒りの冷めやらぬルカさんである。

 夕食を済ませ、今は三人でお茶を飲んでいる。


「でも、友情のなせるわざっていうか。見た目は不良っぽいけど、優しい人だよね」


 私の言葉にルカさんはぐっと詰まった。


「それは……まあ。いい奴なことは認めるよ、うん」


 怒ったように言うが、友達を褒められた嬉しさを隠しきれていない。思わず小さく笑ってしまった。

 すると、それまでじっと黙って考え込んでいたディーンが、難しい顔で口を開いた。


「……一年前、最初に異変を感じた畑と、今回ニフェルが刈り取られた畑は同じなのか?」


「うん、そういえば同じだね。……それが?」


 ルカさんが不思議そうに聞く。


「もうひとつ。畑の場所を知っているのは、お前の他はそのダンという薬師だけか?」


「そうだけど。──なに? もしかして、ダンを疑ってるわけ?」


 みるみる険しい顔になるルカさん。

 私も慌ててディーンを見るが、ディーンは全く動じていない。


「犯人はどうやってお前の畑の場所を知った? 偶然発見したという可能性もゼロではないが……もともと場所を知っていた奴が疑わしいのは当然だろう」


 それか、ダンが誰かに畑のことを漏らした可能性もある。

 ディーンの言葉に、ルカさんは音を立てて椅子から立ち上がった。衝撃で椅子が後ろに倒れる。


「ダンとは、子どもの頃からずっと友達なんだ。家が同じ薬店同士で、ふたりで薬師を目指して勉強してきた。……ダンが疑われるだけで気分悪いよ!」


 言い捨てると、踵を返して台所から出て行った。階段を荒く上る足音がする。


「ディーン……」


 気遣わしげに見ると、男は小さく苦笑した。


「下手に関わるべきじゃない、なんて言ったのは俺なのに、立ち入りすぎたな。……だが、気になる」


「やっぱり、ダンさんが怪しいと思うの?」


 ダンさんは優しい人だと思う。

 一度会っただけで、相手のすべてがわかるわけじゃないけれど。


「ニフェルの効果を正しく知っていて、なおかつルカの畑の場所を知っているからな。……それか可能性があるとするなら、ダンの周り──」


「……施療院?」


 思い付いて尋ねてみる。

 だが、施療院は病気に苦しむ人々を助ける場所である。私だって今日お世話になった。


「それと、ダンの家がやっている薬店だな。調べるならそのふたつだろう」


 ディーンは大きくうなずいた。

 ルカさんが嫌がるに違いない結論に、頭を抱える。暗澹たる気持ちになった。



 ◇



 深夜。


 喉が渇いて目が覚めてしまい、私はうだうだとベッドの上を転がっている。一階に下りるのが面倒くさいのだ。


「……ああ、もうっ!」


 あきらめて起き上がり、右足をかばいながら一階へと下りた。

 松葉杖で上り下りするのは怖いので、杖は一階に置いたままである。


 台所は明かりがついていた。

 そっと覗くと、座っているのは……。


「……ルカさん?」


 恐る恐る声をかける。

 ルカさんは驚いたような顔をして立ち上がった。


「ユキコ。どうしたの? 喉渇いた?」


 うなずくと、手早くお茶を淹れてくれた。


 「水でいいのに」と遠慮するが、「ちょっとだけ付き合ってよ」とルカさんはいたずらっぽく答える。


 ふたりでテーブルについて、温かいお茶を飲んだ。


「……さっきは、ごめんね? ディーンにも明日謝るよ。……あれからずっと考えてたけど、ダンの家の薬店と、施療院を調べるべきだと思う」


 ルカさんの言葉に、私は小さくうなずいた。


「ディーンも、そう言ってた。……でも、ルカさんはそれでいいの?」


 尋ねると、彼はぼんやり宙を眺めた。


「……さっき、さ。ダンとふたりで勉強したって言ったけど……本当はもうひとり、いたんだ。僕には、双子の姉がいて」


 目の前に座っている私には目を向けず、ルカさんはぽつりぽつりと話し出した。


「姉は──ミナは、僕らと一緒に薬師を目指してた。……三年前に、街中で暴走した馬車に撥ねられて亡くなったんだけどね」


 ルカさんの言葉に息を呑む。

 そんな私を見て、ルカさんはくしゃりと顔を歪ませた。


「葬儀が終わっても、もうミナはいないって実感が持てなくて。食べることも、しゃべることも、寝ることも忘れて毎日ぼんやり過ごしたよ。──そんな時に、ミナの遺品の服を着てみたんだ」


「……えぇっ!?」


 思わず声を上げてしまった私に、ルカさんは大きな声で笑い出す。


「鏡を見てびっくりしたよ! 目の前に、絶世の美女が立ってるじゃない?」


 それは、本当にそう。

 心の底から同意しつつ、ルカさんに尋ねてみた。


「ルカさんとミナさんは、似てたの?」


「それが、全然! ミナは優しい顔だけど、僕みたいな美女じゃなかったなぁ」


 パタパタと手を振るルカさんにずっこける。ふたりで大笑いしてしまった。

 目尻に浮かんだ涙を拭って、ルカさんは続ける。


「街の皆からは、ルカはミナを亡くして頭がおかしくなったって言われたよ。そんで、そんな人たちをぶっ飛ばしてくれたのがダンなんだ」


 嬉しそうに言うルカさんを、微笑ましく見つめた。


「ダンからは説教もされたけどね。そんな格好したってミナが帰ってくるわけじゃねぇんだぞ!って。そんなことはわかってるし、僕だって何のためにこんな格好を続けてるのかわからない。……だから、おかしくなったっていうのは、当たってるのかもしれないけど……」


「──そんなことない!」


 反射的に大きな声が出た。ルカさんは驚いたように私を見る。


「おかしくなんか、ない! ルカさんはルカさんなりの方法で、ミナさんを(いた)んでるんだと思うの。他の誰もわかってくれなくたって、きっとミナさんだけはわかってくれるよ……!」


 つたない言葉で、必死に言い募る。

 ルカさんは手のひらで顔を覆うとうつむいた。ふしゅう、と指の間から音が漏れる。


「……ふっ……」


 泣いてる……?

 わかったような言葉で、ルカさんを傷つけてしまったかもしれない。私まで泣き出しそうになる。


「くっ……ははっ……! あはははは!」


 いや笑っとんのかーい!


「ルカさん……?」


 恨めしげに睨むと、彼は「ごめんごめん」と手を振った。


「ユキコってさ、最初に会った時から変わってたよね。初めて僕を見る人は、気持ち悪がるか馬鹿にするかのどっちかなんだよ?」


 まだお腹を押さえて笑っているルカさんに、思わず首を傾げた。

 そうかなぁ。ディーンだって動じてなかったよ?


「──ユキコに会えて、よかったな。怪我が治っても、ずっとここにいてほしいくらい……」


 ルカさんの言葉に噴き出した。また冗談を言っていると思ったのだ。

 だが、ルカさんの顔は真剣だった。私の手を取り、ぎゅっと握る。


「ユキコ……君さえよければ……」


 えっ? えっ?



 ──ガッターン!



 突然の音に驚いて振り向くと、松葉杖が倒れていた。

 かがんで松葉杖を拾っているのは……ディーン……。


「……悪い。話し声が聞こえたからな」


「ううん、全然大丈夫! 私はもう寝ますのでっ!」


 お休みなさい!と言い置いて、脱兎のごとくその場から逃げ出した。


 部屋に戻ると、へなへなと座り込む。

 まだ心臓がドキドキいっていた。そして……。


「足が痛い……」


 足をかばうの、忘れてた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ