28.心に潜むは
「まぁったくっ! 信じられないよ、ダンの奴!」
ダンさんが帰ってもう数時間経つが、いまだ怒りの冷めやらぬルカさんである。
夕食を済ませ、今は三人でお茶を飲んでいる。
「でも、友情のなせるわざっていうか。見た目は不良っぽいけど、優しい人だよね」
私の言葉にルカさんはぐっと詰まった。
「それは……まあ。いい奴なことは認めるよ、うん」
怒ったように言うが、友達を褒められた嬉しさを隠しきれていない。思わず小さく笑ってしまった。
すると、それまでじっと黙って考え込んでいたディーンが、難しい顔で口を開いた。
「……一年前、最初に異変を感じた畑と、今回ニフェルが刈り取られた畑は同じなのか?」
「うん、そういえば同じだね。……それが?」
ルカさんが不思議そうに聞く。
「もうひとつ。畑の場所を知っているのは、お前の他はそのダンという薬師だけか?」
「そうだけど。──なに? もしかして、ダンを疑ってるわけ?」
みるみる険しい顔になるルカさん。
私も慌ててディーンを見るが、ディーンは全く動じていない。
「犯人はどうやってお前の畑の場所を知った? 偶然発見したという可能性もゼロではないが……もともと場所を知っていた奴が疑わしいのは当然だろう」
それか、ダンが誰かに畑のことを漏らした可能性もある。
ディーンの言葉に、ルカさんは音を立てて椅子から立ち上がった。衝撃で椅子が後ろに倒れる。
「ダンとは、子どもの頃からずっと友達なんだ。家が同じ薬店同士で、ふたりで薬師を目指して勉強してきた。……ダンが疑われるだけで気分悪いよ!」
言い捨てると、踵を返して台所から出て行った。階段を荒く上る足音がする。
「ディーン……」
気遣わしげに見ると、男は小さく苦笑した。
「下手に関わるべきじゃない、なんて言ったのは俺なのに、立ち入りすぎたな。……だが、気になる」
「やっぱり、ダンさんが怪しいと思うの?」
ダンさんは優しい人だと思う。
一度会っただけで、相手のすべてがわかるわけじゃないけれど。
「ニフェルの効果を正しく知っていて、なおかつルカの畑の場所を知っているからな。……それか可能性があるとするなら、ダンの周り──」
「……施療院?」
思い付いて尋ねてみる。
だが、施療院は病気に苦しむ人々を助ける場所である。私だって今日お世話になった。
「それと、ダンの家がやっている薬店だな。調べるならそのふたつだろう」
ディーンは大きくうなずいた。
ルカさんが嫌がるに違いない結論に、頭を抱える。暗澹たる気持ちになった。
◇
深夜。
喉が渇いて目が覚めてしまい、私はうだうだとベッドの上を転がっている。一階に下りるのが面倒くさいのだ。
「……ああ、もうっ!」
あきらめて起き上がり、右足をかばいながら一階へと下りた。
松葉杖で上り下りするのは怖いので、杖は一階に置いたままである。
台所は明かりがついていた。
そっと覗くと、座っているのは……。
「……ルカさん?」
恐る恐る声をかける。
ルカさんは驚いたような顔をして立ち上がった。
「ユキコ。どうしたの? 喉渇いた?」
うなずくと、手早くお茶を淹れてくれた。
「水でいいのに」と遠慮するが、「ちょっとだけ付き合ってよ」とルカさんはいたずらっぽく答える。
ふたりでテーブルについて、温かいお茶を飲んだ。
「……さっきは、ごめんね? ディーンにも明日謝るよ。……あれからずっと考えてたけど、ダンの家の薬店と、施療院を調べるべきだと思う」
ルカさんの言葉に、私は小さくうなずいた。
「ディーンも、そう言ってた。……でも、ルカさんはそれでいいの?」
尋ねると、彼はぼんやり宙を眺めた。
「……さっき、さ。ダンとふたりで勉強したって言ったけど……本当はもうひとり、いたんだ。僕には、双子の姉がいて」
目の前に座っている私には目を向けず、ルカさんはぽつりぽつりと話し出した。
「姉は──ミナは、僕らと一緒に薬師を目指してた。……三年前に、街中で暴走した馬車に撥ねられて亡くなったんだけどね」
ルカさんの言葉に息を呑む。
そんな私を見て、ルカさんはくしゃりと顔を歪ませた。
「葬儀が終わっても、もうミナはいないって実感が持てなくて。食べることも、しゃべることも、寝ることも忘れて毎日ぼんやり過ごしたよ。──そんな時に、ミナの遺品の服を着てみたんだ」
「……えぇっ!?」
思わず声を上げてしまった私に、ルカさんは大きな声で笑い出す。
「鏡を見てびっくりしたよ! 目の前に、絶世の美女が立ってるじゃない?」
それは、本当にそう。
心の底から同意しつつ、ルカさんに尋ねてみた。
「ルカさんとミナさんは、似てたの?」
「それが、全然! ミナは優しい顔だけど、僕みたいな美女じゃなかったなぁ」
パタパタと手を振るルカさんにずっこける。ふたりで大笑いしてしまった。
目尻に浮かんだ涙を拭って、ルカさんは続ける。
「街の皆からは、ルカはミナを亡くして頭がおかしくなったって言われたよ。そんで、そんな人たちをぶっ飛ばしてくれたのがダンなんだ」
嬉しそうに言うルカさんを、微笑ましく見つめた。
「ダンからは説教もされたけどね。そんな格好したってミナが帰ってくるわけじゃねぇんだぞ!って。そんなことはわかってるし、僕だって何のためにこんな格好を続けてるのかわからない。……だから、おかしくなったっていうのは、当たってるのかもしれないけど……」
「──そんなことない!」
反射的に大きな声が出た。ルカさんは驚いたように私を見る。
「おかしくなんか、ない! ルカさんはルカさんなりの方法で、ミナさんを悼んでるんだと思うの。他の誰もわかってくれなくたって、きっとミナさんだけはわかってくれるよ……!」
つたない言葉で、必死に言い募る。
ルカさんは手のひらで顔を覆うとうつむいた。ふしゅう、と指の間から音が漏れる。
「……ふっ……」
泣いてる……?
わかったような言葉で、ルカさんを傷つけてしまったかもしれない。私まで泣き出しそうになる。
「くっ……ははっ……! あはははは!」
いや笑っとんのかーい!
「ルカさん……?」
恨めしげに睨むと、彼は「ごめんごめん」と手を振った。
「ユキコってさ、最初に会った時から変わってたよね。初めて僕を見る人は、気持ち悪がるか馬鹿にするかのどっちかなんだよ?」
まだお腹を押さえて笑っているルカさんに、思わず首を傾げた。
そうかなぁ。ディーンだって動じてなかったよ?
「──ユキコに会えて、よかったな。怪我が治っても、ずっとここにいてほしいくらい……」
ルカさんの言葉に噴き出した。また冗談を言っていると思ったのだ。
だが、ルカさんの顔は真剣だった。私の手を取り、ぎゅっと握る。
「ユキコ……君さえよければ……」
えっ? えっ?
──ガッターン!
突然の音に驚いて振り向くと、松葉杖が倒れていた。
かがんで松葉杖を拾っているのは……ディーン……。
「……悪い。話し声が聞こえたからな」
「ううん、全然大丈夫! 私はもう寝ますのでっ!」
お休みなさい!と言い置いて、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
部屋に戻ると、へなへなと座り込む。
まだ心臓がドキドキいっていた。そして……。
「足が痛い……」
足をかばうの、忘れてた……。




