26.作戦会議
嵐のような彼女が去った。
ルカさんは外まで彼女を見送ってくるという。
「ええと……お疲れ様……?」
真っ白に燃え尽きている男に、気遣いつつ声をかける。男は物憂げにうなずくのみ。疲れ切っとるなー。
「それで、何かわかったの?」
問いかけると、やっとこちらを見てくれた。
「……あいつが裏山でニフェルを育てている畑は、ふたつあったそうだ。今日行ってみたら──片方の畑から、ニフェルがすべて刈り取られていた」
驚いて言葉を失う。大切な薬の原材料を奪われたわけだ。
「前にあいつが発見した黒花は今日狩っておいた。それ以外には今のところ見当たらなかったな」
となると……。
黒花問題はひとまずクリアとして、問題はニフェルである。麻薬の密売組織でもあるのだろうか、と不安になる。
「やっぱり、軍に通報した方がいいんじゃない?」
「一年前に異変を感じたとき、一度相談したそうだ。だが特に動く様子はなかったらしい。それもあって、犯人は軍と繋がっているんじゃないかと疑っているようだな」
うぅん、と私は考え込んだ。
街の味方の軍が信じられないとなると、どうすればいいのだろう。悩む私に、ディーンは思い付いたように一度外に出ると、手に青々とした草を持って戻ってきた。
「これがニフェルだそうだ。無事だった方の畑から、今日収穫してきた分だ」
「へぇ……」
私はニフェルをまじまじと見て……見て……。
んん……!?
「……これ、トールの街の近くの山でも見たことあるよ。でも、毒草だから見つけ次第抜いて、乾かしてから埋めるようにってダガルさんが」
私の言葉にディーンはうなずいた。
「俺も知らなかったが、ニフェルは国から禁止されているらしい。ごく一部の医師や薬師が薬として使うのは許可されているが……一般的には燃やすと有害な毒草として伝えられているそうだ」
となると、ダガルさん自身も毒草と信じていたのかもしれない。
有用な薬としても使えると知った今は、なんだかやるせない気持ちになった。
「それで、これからどうするの?」
尋ねると、男は軽くため息をついた。
「最初の約束通り、お前の足が治るまでは付き合うさ。ニフェルを奪った集団が育てている畑が裏山にあるんだろうし、ひとまずはそれの捜索だろうな」
当てもなく裏山を捜索するのはさぞ大変だろう、と男に同情してしまう。かといって私にできることはないし……。
悩んでいる私を見抜いたように、ディーンは苦笑した。
「お前は怪我を治すことだけに集中していればいい。……本当に犯罪組織が動いているなら、俺たちが下手に関わるべき事態じゃない」
……確かに。
ルカさんの力になりたいのは山々だが、私たち、というかディーンのできることは限られている。割り切るべきなのかもしれなかった。
「たーだーいーまー……」
死んだ魚のような目のルカさんが帰ってきた。
「ユキコとディーン、どっちにするのかってしつこく聞かれてさ……。もちろんユキコにするって答えておいたよ」
……うん、まあその二択ならそうだろうね。
ていうかそこでディーンを選ばれたら、女の私は立つ瀬がない。
ディーンはトントンとテーブルを叩くと、私たちの注目を集めた。
「いいからとっとと作戦会議を始めるぞ。明日からユキは療養、俺たちは裏山の捜索。以上、解散」
早くね!?
「駄目。僕にだって仕事があるから。というわけで、明日からユキコは療養、僕は調剤業務及びユキコと遊ぶ、ディーンはひとりで裏山の捜索。以上、解散!」
ルカさんの切り返しに私は固まる。
ディーンはすうっと目を細めてルカさんを睨んだ。冷気が……冷気が……!
「……なんで俺が、わざわざお前のために裏山を捜索しなければならない?」
「仮にも婿候補なら、僕のために働いてよ」
ディーンが額に青筋を立てた。そっと懐に手を伸ばすので、大慌てで止める。刃傷沙汰はアカン!
ここまでディーンを怒らせることができるルカさんは、ある意味天才なのかもしれない……。
◇
翌日、昼過ぎ。
やり直しの作戦会議の結果、ルカさんは朝早くから仕事をして、昼からディーンとともに裏山を捜索することとなった。
もちろん私はお留守番である。
「行ってらっしゃい」
喧嘩しないかとハラハラしつつふたりを見送った。
「……さて、と」
薬店の庭に出ると、筵を広げて昨日ふたりが収穫したニフェルを並べる。
足はもう痛まなくなったので、ルカさんに申し出て簡単な仕事だけ手伝わせてもらうことになったのだ。私が元薬師助手と知り、「もしや……これって運命!?」と冗談を言っていたが、即座にディーンに頭を叩かれていた。漫才コンビかな?
天日干しの準備は完了したが、庭に置いてあるベンチにそのままのんびり腰かける。気温は低いが、ぽかぽか陽気が気持ちよかった。
ついでに教本を開いて勉強を始めると、条件反射で眠くなる。いかんいかん、と頭を振ると──
「誰だよ、アンタ。……ルカは?」
突然頭の上に声が降ってきた。
薬店を囲む塀の上から、長身の男が覗いている。赤毛の三白眼で、険しい顔をしているせいか……ちょっとヤンキーっぽい。
二日連続の失敗を胸に、今日の私はしっかりとポンチョを着込んでフードを被っていた。
「ルカさんなら出掛けてますけど……」
「とぼけるんじゃねぇよ。どうせ居留守使ってんだろうが」
吐き捨てるように言うと、男は塀の扉を開けて庭に入ってきた。
柄の悪い男と、私ひとりで相対するのは怖い。家の中に逃げ込むべきかと迷っていると、男は筵の上のニフェルを見て顔色を変えた。
「なっ……! これは、どこから手に入れた!?」
「どこって……。ルカさんが育てた畑から、ですけど……?」
警戒しながら答える。
男から目を離さずに、そっとベンチから立ち上がった。
「嘘をつくな! 畑なんざもうねぇだろうが!」
激高した男の言葉に息を呑む。
(畑が、もう無い……?)
昨日、ニフェルがすべて刈り取られていたという裏山の畑。
それを知っているとするなら、この男は……。
「あなたが、ルカさんの畑からニフェルを盗ったの!?」
考える間もなく問い詰めると、男はぎょっと鼻白んだ。視線を泳がせ、慌てたように踵を返して出ていこうとする。
逃がすわけにはいかないという一心で、男の腕にしがみついた。
「──離せっ!」
強い力で振りほどかれて、勢いよく後ろに倒れ込む。挫いていた右足に、思いっきり体重をかけてしまって──
「痛っ……!」
鋭い痛みが走った。うずくまり、ぎゅっと足を押さえるが痛みは引かない。ぼろりと涙がこぼれ落ちた。
出ていこうとしていたはずの男が、はっと立ち止まり私に駆け寄ってきた。恐怖を感じるが動くことはできず、とっさに腕で顔をかばった。
「お、おいっ! 大丈夫か!?」
……は?




