23.交錯する思い
鍵を開け、ギィッと重そうな扉を開く。
「こちらが我が家、リース薬店でーす! あ、リースっていうのは僕の母親の名前ね」
自分の奥さんの名前を付けるなんて、うちの父親ってば愛妻家だと思わない?
なんて言いながらルカさんが明かりをつけてくれて、私はきょろきょろと店の中を見回した。中は薬特有の匂いにあふれている──私にとっては、とても懐かしい匂いだ。
ダガルさんを思い出し、しんみりする。
「……お母さんは? お留守なんですか?」
人の気配が感じられない家に、不思議に思って尋ねてみた。
「うん、住み込みで働きに出てるんだ。だから気兼ねなく滞在してね」
ルカさんの答えに顔を引きつらせる。
滞在って……今夜一晩しか泊まりませんけど……?
「その足じゃ明日出発するのは無理だから。街道の途中で歩けなくなったら困るでしょ? しっかり治すまで、うちでゆっくりしてくといいよ」
見透かしたように言われ、おずおずとディーンを見上げた。
ディーンは淡々とルカさんに言う。
「まず、ユキの足の手当がしたい。井戸を借りるぞ」
「了解。水は僕がくんでくるから、君たちは先に二階に上がってて? 階段を上ってすぐが母さんの部屋だから、ユキコはそこに泊まってね」
ディーンは父さんの部屋に泊まるといいよ、と言いながらルカさんはさっさと出ていった。
ディーンと顔を見合わせ、二階に上がる。
すぐ側の部屋に入ると、部屋の明かりをディーンが手早くつけてくれた。
ベッドと洋服ダンスと椅子が一脚、というシンプルな部屋である。部屋の主の留守に勝手に上がりこんでいいものか、と迷いながらも荷物を置いた。
「水が来たら足を冷やすから、着替えておいてくれ」
短く言うと、ディーンは部屋から出て行く。
ため息をつきながら、寝間着として使っている楽な服に着替えた。
「……着替えたよ」
扉の外に声をかける。ぼそぼそと話し声が聞こえたあと、桶と布を持ったディーンがひとりで入ってきた。
「……ルカさんは?」
「下で用を済ませるらしい。……冷やすぞ」
私をベッドに座らせると、水にひたした布を絞り右足首にのせてくれた。熱を持った足首に冷えた感触が心地良くて、じっと目を閉じる。
「……やはり腫れているな。少なくとも数日は安静にしたほうがいい」
ディーンの言葉にうつむく。ルカさんの目的が見えないのに、私のせいでこの街から動くこともできなくなった。
「……ごめんね。迷惑、たくさんかけちゃった……」
声に出すと、言葉の途中で泣き出しそうになってしまう。
私の足元にひざまずいていたディーンが、驚いたように顔を上げた。
「別に迷惑なんてことはない。どんなに注意してたって怪我することくらいあるんだ。……あまり気にするな」
「……だって! ディーン、ずっと怒ってたでしょ?」
街道でも終始不機嫌で、会話もしてくれなかった。
言い返してしまった私に、ディーンはぐっと詰まった。目を泳がせて、明らかに動揺している。……やっぱり。
「俺が怒ってたのは……別に、たいした理由じゃない。……大人げなくて、悪かった」
答えると、誤魔化すように私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「ちょっと! ボサボサになるじゃない!」
文句を言うが、ディーンはやめてくれない。
こらえきれずに笑い出すと、不思議とさっきまでの重苦しい気持ちはどこかへ行ってしまった。
ディーンが屈んでいるおかげで、いつも離れている目線が近い。至近距離でじっと見つめると、久しぶりに笑ってくれた。
今度は優しい手つきで頭を撫でてくれる。
胸の奥が、温かいもので満たされて──
「はい、そこぉ! ひとの家でいちゃつくのは禁止……ね……」
突然扉を開けてルカさんが乱入してきた。私たちを見て、言葉の途中で完全に固まってしまう。
私たちも固まった。
「黒い、髪……?」
……ルカさん、ノックぐらいしてくれません……?
◇
「いやあ、びっくりびっくり」
お茶を運んできてくれたルカさんが、一脚しかない椅子にちゃっかり座っている。仕方がないので、ディーンも私と一緒にベッドに掛けている。
「ユキコは僕の格好を見ても気にしなかったのに。不快にさせたならごめんね?」
まさか謝られるとは思っていなかったので驚く。
慌ててかぶりを振った。
「私の髪色が不吉なのは、よくわかってるから。……でも、できればこのことは内緒に……」
上目遣いに窺うと、ルカさんは笑って頷いてくれた。
「大丈夫。ユキコを見世物にするようなことはしないから。……でも、綺麗な髪だね? 隠すのがもったいないくらい」
言いながら、私の髪についと手を伸ばす。一房つまんで「うん、サラサラ」と綺麗な顔で微笑んだ。
なんか、照れるんですけど……。
でも褒められてちょっぴり嬉しい。
にやけていると、耳の横でバシッと鋭い音が聞こえた。
ディーンがルカさんの手を叩き落としたのだ。
「でかい虫がいた」
無表情に言うディーンに怯えた。
でかい虫ですと!?
ぶんぶんと頭を振って、虫を落とそうとする私。
「うっざい番犬だねぇ。ひとがせっかく薬を持ってきてあげたのに」
言いながら、ルカさんはどぎつい色の軟膏を取り出す。匂いもなかなかのその軟膏を私の足首に塗ると、慣れた手付きで布を当てて包帯を巻いてくれた。
「お風呂は一晩我慢ね。そんなに酷い捻挫じゃないし、安静にしてればすぐ良くなるよ」
その言葉にほっとする。
……いやいや、なごんでる場合じゃないし。
私たちを脅してまで、わざわざ自分の家に連れてきた理由があるはずなのだ。
「──それで? 要件を聞こうか」
ディーンが鋭い目で睨みながらルカさんに聞いた。
その迫力に私は息を呑むが、ルカさんはまったく動じた様子がない。
「まわりくどいのはお互い望んでないだろうし、単刀直入に言うよ。君には、僕を護衛してもらいたい」
ディーンを見やって、薄く笑う。
「君たち駆除師の専門分野──黒花から、ね」