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21.遭遇

 ラザロの街から北の街道を進めば、スーロウの街に着く。

 軍に連行された糸目成金が拠点とした街である。短い期間で行ったり来たりしたディーンにとっては大変かもしれない。


 まだ薄暗い早朝から出発して、もう日が傾いてきた。


「大丈夫か? 歩き通しで疲れただろう」


「うーん、疲れたけど……。まだ大丈夫」


 旅を続けると決めたのは自分なのだし、泣き言など言っていられない。

 スーロウに着くのは、おそらく日が暮れてからになるらしい。野宿は絶対避けたいし、気合いを入れて歩かなければ。


「ね、スーロウってどんな街?」


 だんだんと重くなってきた足から気をそらすため、男に尋ねてみた。


「大きくて栄えた街だな。このあたり一帯はウィンザー伯爵の領地だが、ウィンザー伯の居城はスーロウのすぐ北にあるんだ」


 ……ってことは、城下町ってことかな?

 貴族のお城ってどんなのだろう、遠目からなら見られるかな、と今からわくわくしてしまう。


 賑やかなラザロと城下町のスーロウを繋ぐ街道は、道幅も広くなかなかの人出だった。日中は馬車も盛んに行き交っていた。


(相変わらず、みんな姿勢悪いけど)


 地面を見ながら、慎重に歩を進めている。

 私はディーンのおかげで足元を気にすることなく歩けるので、足を動かすことだけに集中できた。無心になって歩を進めていると──


「逃げろっ! 前に走れ!」


 突然ディーンが叫んだ。


 一瞬思考が停止したが、身体は勝手に動いてくれた。背負っていた荷をその場に下ろし、スーロウの方角に向かって駆け出す。

 ディーンの声に驚いた他の人々も、慌てて散り散りに逃げ出した。


(……ディーン……!)


 ある程度離れてから、耐えきれずに振り返った。

 その瞬間、後ろから走ってきた大柄の男に突き飛ばされ転んでしまう。衝撃で尻もちをつきながらも、その場に留まるディーンの後ろ姿を必死で見つめた。


 ピシッと音がして、地面に亀裂が走る。

 亀裂から現れたのは──真っ黒な、影。

 うねうねと動いたかと思うと、凄い速さで(むち)のようなものをディーンに叩きつけた。


「──ディーン!!」


 悲鳴を上げたが、男は軽々避けて懐から光を放つ。ドサリと黒花の鞭が落ちた。鞘から剣を抜いたのだ。

 鞭はまだふたつ残っていて、うねりながら次々と男に襲いかかった。器用に避けながらタイミングを計り、男はひとつずつ確実に数を減らしていく。


 そして、最後に残った黒花の胴体部分を気合いを発して横薙ぎに払った。真っ二つになって地面に落ちた茎と花のような部分は、あっという間に茶色く朽ちていく。


 ディーンは地面にかがんで何か調べているようだ。ややあって立ち上がると、捨てた荷を拾い足早にこちらにやってきた。


「大丈夫か?」


「わ、私は全然……」


 大丈夫、と答えながら立とうとするが、腰が抜けたようになって動けない。初めて見た黒花に、まだ心臓がバクバクいっている。手を貸してもらってなんとか立ち上がった。


「痛っ!」


 途端に右足に鋭い痛みが走る。

 ディーンはすぐさま私を座らせると、ブーツを脱がせて私の足首を動かして調べ始めた。


「痛むか?」


「ちょっと痛いけど、そんなでもない、かな……」


 さっき立ち上がろうとした時ほどは痛まなかった。たいしたことなさそうかも、とほっとする。

 だが、ディーンは難しそうな顔をしている。手早く包帯を取り出すと、足首にきつく巻いて固定しだした。


 応急処置が終わって立ち上がってみると、今度は痛みがなかった。


「すごい! これなら歩けそうだし大丈夫!」


 元気よく言ってみるが、ディーンはかぶりを振った。


「捻挫は甘く見ないほうがいい。荷物は俺が持つから、無理せず少しずつ進もう。馬車が通りかかるといいが……」


「ほ、本当に歩けるから! 心配しないで」


 足手まといになりたくない一心で、懸命に言い募る。周囲を見回しても人はまばらで、馬車の姿など見えなかった。


「──馬車じゃなくて、ロバでいいなら乗せてあげるよ。もちろん、タダじゃないけどね?」


 唐突にかけられた言葉に驚き、体が跳ねる。

 慌てて振り返るが、発言の主が見つからない。きょろきょろしていると、あきれたようにまた声をかけられた。


「……どこ探してるのさ? ここだよ、こ・こ!」


 目の前にいるだろぉ?と怒られて、やっとその人を見る。


 ゆるくカールした銀色の長い髪。

 青く透明感のある瞳。

 足首まで届く長いスカートを着て、ロバに横乗りしている。


(すっごい、綺麗なひと……!)


 なのだけど。

 どこからどう見ても、絶世の美女以外の何者でもないのだけれど。


「こんだけ至近距離で声かけてるのに、全然こっちを見ないんだもん。驚いちゃったよ」


 ぷりぷりと怒るその声は、低音で──……


「……おとこ?」


 はっ、しまった声に出てた!

 我に返り、慌てて勢いよく頭を下げた。


「ご、ごめんなさいっ。私ってば、いきなり失礼なこと言っちゃって……!」


 別に男だからスカートをはいてはいけない、という決まりはない。不快にさせてしまったかもと心配になる。


「なにが、ごめん? 僕が男なのも、男なのに女の格好をしてるのも事実だし。謝る必要なんてある?」


 彼(彼女?)はロバから降りると、こてんと不思議そうに小首を傾げた。


 くっ……そのしぐさ可愛いな……!

 私、女なのに完璧に負けている……!


「ええと……なんだか驚いちゃって。……とってもお綺麗ですね?」


 誤魔化そうとして、下手なナンパのようなことを言ってしまった。駄目だ恥ずかしい。

 案の定、言われた相手もぽかんとしている。


「……くっ、ははっ……!」


 こらえきれないように笑い出すと、いきなり私に抱きついてきた。彼は意外と背が高く、前がまったく見えなくなる。


「君、面白いね? 気に入っちゃったから、やっぱりタダで乗せてあげるよ」


 ぐりぐり頭を撫でながら言う彼に、赤くなって慌てふためいてしまった。あわあわしていると、ぐいっと凄い力で引き離された。


「……心遣い感謝する。が、金は払わせてもらう」


 力強い腕で私を抱き寄せると、ディーンは無表情に言い放つ。

 なんか……ちょっと機嫌悪い……?


「……ふぅん? ま、それはお好きにどうぞ」


 面白そうに私たちをジロジロ見ると、彼はにっこりと微笑んだ。


「僕は別に人助けで声をかけたわけじゃないから。黒花をあっさり倒した、そっちの男前なお兄さんに興味があっただけ」


 だから、同行させてくれるならどっちでもいいよ。


 明るくそう言うと、彼は私たちにその手を差し出した。


「僕は、ルカ。スーロウに住んでる薬師だよ。よろしくね?」

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