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20.約束

「見て、ユキコ! これは虹糸っていう異国の糸で編まれた腕輪なの。幸運を呼ぶお守りだと言われているわ」


 へえ~。

 『虹』という名前のとおり、カラフルな腕輪をまじまじと見る。細くてシンプルに編まれたものから、かなり太めでゴージャスなものまで様々だ。私はシンプルなほうに惹かれるかなー。


「うーん……でも、意外に高いかも」


 値札を見て渋い顔をする私。

 装飾品にお金を出せるようなお財布事情じゃありませんし。


「なに言ってるの! あの男に強請(ねだ)ればいいじゃない」


「ああ……」


 そういうことね。

 私はちらっと後ろを振り返る。ディーンとハンスさんが、出店に置いてある不気味な人形(ひとがた)の置物を見ながら盛り上がっていた。なにその呪われそうな置物……。


 糸目成金が軍に連行された、翌日の昼下りである。

 ラザロの街を案内してくれるというセレナとハンスさんに連れられて、四人で出店をひやかしながら歩いている。


 クラート商会の詐欺に関しては、これから軍による捜査が行われるらしい。立証できるかは軍の力量次第だが、これはもう私たちの手から離れた話だ。


 ペールマン商会の乗っ取りに加担した医者とメイドのアイサについては、訴えることはしないそうだ。使用人から裏切られたことや、糸目成金に騙される寸前だったことを世間に知られては、ペールマン商会の看板に傷がついてしまうから。

 アイサはもちろん解雇となったそうだが、それでもやはり釈然としない。


「付け入る隙があったお父様にも問題があるもの。これを痛い教訓にして、二代目としてもっとしっかりしてくれるといいのだけど」


 とは、セレナの言である。


「あの医者は糸目成金と親しかったようですし、追加調査したらまだ余罪はあると思いますよ。その時はわたしから軍に通報しておきます」


 とは、意外に腹黒かった小動物系ハンスさんの言である。


 なんにせよ、結婚阻止という目的は達することができたわけだ。

 到着から一週間経って、ようやくラザロの街を観光することができる。念願だった魚の塩焼きも屋台で食べることができた。


「ねえディーン、あれ買って? 人を太った呼ばわりした罰として」


 セレナの助言どおり、無礼男を虹糸の出店に引っ張ってくる。


「ユキコ……。それ、おねだりじゃなくて恐喝じゃない?」


 セレナさんてば失礼な。

 ディーンは値段を見て黙り込んだが、しばらく考えてからうなずいた。


「……わかった。その代わり、お前はあれを買ってくれ。人を思い切り蹴った罰として」


 男の言う『あれ』とは……手の平に乗るぐらいの小さな人形だった。目と口をO(オー)の形にぽっかりと開けていて、なんだかすごく不吉な感じ。


「枕元に置いて寝ると魔除けになるそうだ」


「逆に夢見が悪くなりそうだけど!?」


 全力で突っ込んでしまった。

 そんなものを枕元に置かれると怖いので、罰と罰で相殺することにした。まあ、虹糸の腕輪だってそんなに欲しかったわけじゃないし~、と心の中で負け惜しみを言ってみる。


 そんな風にのんびり街を散策していると、早くも陽が沈みかけてきた。港に移動し、オレンジ色の夕陽を四人で眺める。


「──ねえ、ユキコ」


 緊張したようにセレナが口を開く。


「よかったら、ラザロに残らない? このままウチで、本当のメイドになるのはどうかしら」


 私は目を瞬いた。


 ラザロに残る……。

 確かに、ここならセレナも、ちょっと腹黒いけどハンスさんもいる。黒髪を知った上で受け入れてくれる、その気持ちもすごく嬉しい。


(……それでも……)


 私はセレナをまっすぐ見つめた。


「ありがとう。でも、やっぱりまだ旅を続けてみようかな。セレナとは雇用関係じゃなくて……対等な、友達でいたいから」


 改めて言うと、ちょっとだけ気恥ずかしい。

 セレナも私の言葉を聞いて驚いたように目を見開く。それから、はにかんだように笑ってくれた。



 ◇



 翌早朝。


 街の出口まで送ってくれるというセレナとハンスさんと連れ立って、またも四人で街の中を歩いている。


 今回のディーンと私の働きに対して、依頼料を支払ってくれたのはセレナ父だった。

 難病だというのが勘違いだったとわかって清々しい顔をした彼に、結構な額を頂いてしまった。ありがたや。


「……ところで、ハンスさん。なんで糸目成金が怪しいってわかったんですか?」


 前を歩くセレナが、ディーンに「女心とは」講義をしてくれているので、後ろを歩くハンスさんに気になっていたことを尋ねてみる。


「なんでというか……人間、誰しも後ろ暗いことはありますし。いやあ、調べてみて犯罪者とわかったときは嬉しかったなぁ。おかげで無事に話が潰せましたからね」


 にこにこと答えるハンスさん。


 ん?と私はとてつもなく違和感を持った。


「……あの、じゃあ。もしこれから先、非の打ち所のない好青年!みたいなひとがセレナにプロポーズするとしたら……?」


「もちろん徹底的に調べ上げますよ。そして、何が何でも破滅の種を見つけてみせます」


「…………」


 大変だ。ハンスさんが一番やべー奴だった。


 私は思わず額を押さえ、頭痛をこらえた。

 まあでも、セレナはハンスさんを信頼してるし……。人の恋路に口は挟めない、のか……?


 うんうん考え込んでいると、いつのまにかもう街の出口に着いていた。立ち止まり、セレナの手をぎゅっと握る。


「……それじゃあ。住む場所が決まったら、手紙を書くからね」


 そのためにも早く文字が書けるようにならなくては。持ち運びに便利な小型の教本を貰ったので、今度は投げずに勉強をがんばろうと思う。


「ええ。絶対、また会えるわよね?」


「もちろん! 約束ね」


 ふふっと笑い合う。

 寂しい気持ちは確かにあるけれど、再会を約束する友達ができたことが、何より嬉しかった。


 仲良く並ぶセレナとハンスさんに手を振って、ラザロの街をあとにした。


「──よかったのか?」


 気遣うように聞くディーンに「なにが?」と見上げる。


「ラザロは、住みやすそうな街だと思ったがな」


 ああ、とうなずく。

 セレナに伝えたのは本心だが、正直言うとかなり心惹かれた。──それでも、今はまだ旅を続けたい。


(と、いうよりも……)


 傍らの男を見上げた。

 旅うんぬんというよりも。今はまだ離れがたいというか、もう少し一緒にいたいというか……。


「まあ、まだ旅を始めたばかりだし?」


 取ってつけたような私の答えに、ディーンはちらりと笑った。

 まさか、ばれてないよね?


「それじゃ、あまり街から離れる前に。昨日あれから買いに戻ったんだ」


 言いながら私の左手首に付けてくれたのは、虹糸の腕輪だった。赤とオレンジで細めに編まれている、私が欲しかった綺麗な腕輪。

 不意打ちに驚き、赤くなってしまう。自然と笑みがこぼれた。


「……ありがと。大事にするね」


 なら私もあの人形買っておけばよかったー!と照れ隠しに騒いでみると、ディーンは「もう買った」と言ってポケットから取り出した。


「ええっ、買ったの!?」


「ああ。お前が名前を付けていいぞ」


 しかも名前まで付けるの!?

 不気味な人形をまじまじと見つめる。


「……ええっと……。じゃあ『ムンク』で……」


 某有名絵画の作者様の名前を頂きました。

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