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19.帰還

 入ってきた男を茫然と見つめる。


 男はまっすぐこちらに近づいてきて、糸目成金に対峙した。相変わらず飄々としていて、特に変わった様子はない。


(よかった……怪我もしてないみたい……)


 ほっとしてその場に座り込みそうになったが、なんとかこらえる。

 それにしても。結婚妨害しようぜ大作戦(仮)に不参加だったディーンが、どうして糸目成金の目的を知っているのだろう。


「俺はスーロウから戻ってきたところでな。偽の骨董品を高値で売りさばいたろう? 大儲けしたんだろうが、自分の膝元の街でやりすぎたな。買い取った人間を見つけ出すのは簡単だった」


 ディーンの言葉に、糸目男は無言でこぶしを握りしめた。殺意のこもった目でディーンを睨みつける。

 殺伐とした空気の中、能天気な声が割って入った。


「さすがです、ディーンさん。あなたの顔なら聞き込みに有利だと思っていましたよ」


 やっぱり美形は得ですね!と、ディーンに賛辞を送るハンスさん。セレナの腕を引いて、糸目成金の前からさりげなく回収している。……って、ちょっと待て。


「えっ!? ハンス、それって……!」


 セレナも驚きの声を上げる。


「すみません、お嬢様。それからユキコさん。クラート商会の詐欺行為までは、わたしがコツコツ調べ上げてはいたのですが……実際買った人の話を聞きに行く時間がなくって。ディーンさんが街道に出るというので、ついでにお願いしちゃいました」


 てへっと舌を出した。

 てへっじゃなーいっ! 全然すまないと思ってないだろ!


「それなら、なんでそう言ってくれなかったんです! ていうか、そこまでわかってたなら私がメイドのふりする意味ありました!?」


「いやあ。敵をあざむくにはまず味方から、といいますし。それに意味ならありましたよ。ユキコさんに注目が集まって、わたしも調べを進めやすかったです」


 返す言葉がなかった。

 現に、糸目成金の共犯者の医師を連れてきてるし……。ハンスさんには、確かに最初から『撹乱(かくらん)してほしい』としか言われてなかったな。そういえば……。


「ディーンも! そんなこと頼まれてたんなら教えてよ!」


 矛先を変えて、思わずディーンにも食ってかかってしまう。


 おかしい。

 帰ってきたらまず「お帰り」って言おうと思ってたのに。我ながら可愛くないことこの上なし。


「頼まれたのは俺が出発してからだ。教えようがないだろう」


 あきれたような男の言葉に「え、それって……」と言いかけ、はたと思い当たる。ハンスさんを思いっきり睨みつけた。


「もしかして、馬車の御者台の忘れ物っていうのは」


「はい! 嘘です!」


 はきはき答えるな!


 今度こそ私は脱力してその場にへたりこんだ。帰ってこないディーンを心配して思い悩んだこの数日を、利子つけて返してもらおうか。


「──それで? 偽の骨董品を売ったから、なんだと言うんだ?」


 糸目成金が嘲笑うように言う。

 あ、ごめん。君の存在忘れてた。


「納得して買ったのは客のほう。わたしは騙すようなことは言っていない。あいにく詐欺師ではないのでな」


 ぬけぬけと語る糸目成金に、セレナは怒りのまなざしを向ける。


「よく言うわ。お父様にしたことだって立派な詐欺行為よ」


「君とは意見が合わないようだな。残念だが、婿入りはやはり遠慮しておこう。……わたしはこれで失礼する」


 鼻で笑い、ディーンの横をすり抜けて出ていこうとする。クロスナー医師も、慌てたようにあとに続いた。

 セレナ父はいまだに呆けたまま。

 結婚を阻止する、という当初の目的は達したかもしれないが、この悪党たちをこのまま放っておいていいのだろうか。


 ディーンは糸目成金を振り返ると、小さく笑って声をかけた。


「軍人がこの家の玄関前で待っているぞ。裏口から出たほうがいいんじゃないか?」


 いや裏口にもいるかもな、と大真面目に言い直す。

 糸目成金は足を止めると、みるみる蒼白になった。


「偽物をつかまされた人々が結託して軍に訴え出た。本当に詐欺じゃないのなら、事情聴取でそう主張することだな」


 いかにも興味なさそうに言うディーン。

 糸目成金はその細い目をかっと見開き、わなわなと震えだした。

 よくも、と小さなつぶやきが聞こえた。鋭い目で私のほうを見る。


「お前のせいだ……! 不吉な、黒の女め……!」


 理不尽な言葉とともに、いきなり殴りかかってきた。

 私はまだへたりこんだままで。茫然と、襲い来る男を見上げて──


 そのまま横にぶっ飛んでいく様子もしっかり見届けた。


 ええと……今なにが……?


「いやあ、ディーンさん。すごい蹴りですね。糸目成金が完全に伸びてますよ」


 倒れた糸目成金をぺちぺち叩きながら、感心したように言うハンスさん。


「大丈夫か?」


 ディーンが私を軽々と持ち上げて、立たせてくれた。


 震える足が萎えそうになるが、なんとかディーンにすがって立ち続ける。そうしてやっと、帰ってきてくれたのだと実感が持てて、胸の中が安堵でいっぱいになった。

 ぎゅう、と彼の服を握りしめ、見上げる。


(帰ってきたら、何を言おうと思ってたんだっけ……)


 まずは「お帰り」。

 それから……心配してた、とか。寂しかった、とか?

 いやいや。寂しかったなんて、絶対言えないし!


 ちょっとだけ赤くなってしまった私を、ディーンがじっと見つめている。

 くしゃり、と大きな手で優しく私の髪を撫でた──


「あ、あのね。ディーン……私っ」


「ユキ……。顔が丸くなったな。太ったろう?」


 ピキン、と空気が凍った。


 この男……。

 よくも「女に言ってはいけない台詞(せりふ)ナンバーワン」を……。


 至近距離で、渾身の蹴りを繰り出した。

 予想してなかったのか、見事にクリーンヒット。


「ぐはぁっ!?」


 悶絶するアホ男。

 またつまらぬものを蹴ってしまった。


「おおっ! ユキコさんの蹴りも素晴らしいですね~」


「今のは絶対あの男が悪いと思うわ……」


 セレナさんのおっしゃる通りで!!

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