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1.ダガル薬店

 ナラの草

 チターの草

 ネムの草

 モルルの花弁

 クラルの根っこ




(……うん。大漁、大漁)


 収穫に顔をほころばせる。

 これだけ採れれば、当面は充分だろう。


 川に下り、渇いた喉を潤す。

 ほっとひと息ついて空を見上げると、木もれ陽がきらきらと降り注いできた。


 辺りを見まわしても誰もおらず、自分ひとりだけ。

 遠くから鳥の声が聞こえる。

 こののんびりとした時間が好きだ。


 クラルの根っこは川の水で丁寧に洗い、泥を落としておく。

 これらの草花を天日で干せば、様々な薬の原料となる。


 上着のフードを被り、背負い籠に収穫物を詰め込むと、どっこいしょとかつぎ上げる。

 軽いものばかりなので気合いは必要ないが、まあ気分の問題である。


 夏の暑い日であっても、ここソウラの森はひんやりと涼しい。

 害獣もいないし水辺もあるので、薬草の採集場所としてお気に入りのスポットだ。


(……本当、日本の夏とは大違い)


 といっても、日本だって田舎の方なら涼しいのかもしれないけれど。

 都市部で育った自分が知らないだけで。



**********************


「おう、お帰りタナカ」


『ダガル薬店』という、味も素っ気もない木造りの看板を掲げる店のドアを開けると、すぐに店主のダガルさんが迎えてくれた。


 もう慣れてしまったが、ダガルさんはいつも「田中」の発音がおかしい。

 タナカの「カ」にアクセントを置いているので、何度聞いても「タナカァ」に聞こえる。変だ。


 真っ白い髪に、年の割にたくましいガッチリとした身体。

「ちょっと長めの眉毛がチャームポイントなんだぜ!」とは、本人談である。


「ただいま」


 挨拶を返し、調剤台の側にそっと背負い籠を下ろす。


 フードを脱ぐ私の横で、ダガルさんはひょいと背負い籠を覗き込むと、「おお、モルルの花弁! 酒に浮かせて燗を付けると最高なんだよなぁ!」と喜びの声を上げた。


 おい待て、モルルの花弁は乾燥させて腹下しの薬に使うんじゃないのか。

 何を即座に消費しようとしている。


 冷たい目を向けると、店主は嬉しそうに笑う。


「おお、いいねぇ! そのゴミを見るような目!」


 酒好きな薬師は、いつもながらMのような発言をした。変態じいさんか。


 ――ちなみに、私はSではない。断じて違う。


 はあ、と溜め息をつくと、二階へ続く階段の方へ向かう。


 ここ『ダガル薬店』は、一階が店舗で二階が住居になっている。

 古いし狭いし物が雑多にあふれているし、階段はギシギシいうけれど(決して貶しているわけではない)、私にとっては安息の場所である。


 帰る場所も言葉もわからない私を、ダガルさんは住み込みで雇ってくれた。


 私の仕事は、薬師であるダガルさんの助手、ということになっている。

 だが実際には、「何でも雑用係」といったところである。


 薬師の助手といいつつ、基本の仕事は料理、洗濯、掃除だ。


 採集すべき薬草の見分けがつくようになったのはここ数年の話で、それだってちょっと珍しい薬草になるともうわからない。


 もちろん調剤だってできない。

 天日に干すのを手伝ったり、薬草を刻む手伝いぐらいならできるけれど。


 そして私は、この世界の文字がほとんど読めない。


 会話に関しては、この七年で何とか不自由なくできるようになった。ヒアリングは問題ないが、いまだに話す方は苦手だ。

 頭の中で文法を組み立ててから話すので、どうしても口は重くなる。


 まあ、もともと日本にいた頃からおしゃべりではないが。

 ついでにいうなら愛想も皆無だが。


 右も左もわからない、中学生の子供だった私を助けてくれた――ダガルさんは、まさに恩人なのである。


 それを考えると、少々の変態発言には目をつぶるべきかもしれない。


「……もう少しで咲きそうなモルルの花があったから、気が向いたら今度お酒用に採ってきてあげる。だから、今日の分はちゃんと薬にして」


 振り返りながらそう声をかけると、店主は「えー、タナカのけち〜」と口を尖らせる。


 七十過ぎたじいさんの台詞か。

 そして頬を膨らませるな。


 ジロリと半眼で見つめると、なぜか店主はうんうんと頷いた。


「そんなこと言って〜、さては……飲み過ぎなワシを心配してるな? まったく素直じゃないんだからぁ!」


 そうじゃない。

 単に商売を優先しているだけだ。


 ムキになって言い返そうとしたところで、カランとドアベルが鳴り女性が入ってくる。


「いらっしゃい! 今日はどうしたんだい?」


 途端に仕事モードになる店主。


 こっそり笑みを零すと、私は目深にフードを被り直した。

 なるべく客とは顔を合わせたくない。


 夕食の支度をするべく二階へ上がろうとする私を、ダガルさんが慌てて呼び止めた。


「タナカ、パンを切らしててな。すまんが今から買ってきてくれんか」


 思わず私は眉を顰める。


 そんな私に構わずカウンターに財布を置くと、店主は接客に戻ってしまった。


 客がじっとこちらを見ているので、言おうとした言葉を仕方なく飲み込む。

 視線から逃れるように、財布を掴んで店の外へ出た。

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