1.ダガル薬店
ナラの草
チターの草
ネムの草
モルルの花弁
クラルの根っこ
(……うん。大漁、大漁)
収穫に顔をほころばせる。
これだけ採れれば、当面は充分だろう。
川に下り、渇いた喉を潤す。
ほっとひと息ついて空を見上げると、木もれ陽がきらきらと降り注いできた。
辺りを見まわしても誰もおらず、自分ひとりだけ。
遠くから鳥の声が聞こえる。
こののんびりとした時間が好きだ。
クラルの根っこは川の水で丁寧に洗い、泥を落としておく。
これらの草花を天日で干せば、様々な薬の原料となる。
上着のフードを被り、背負い籠に収穫物を詰め込むと、どっこいしょとかつぎ上げる。
軽いものばかりなので気合いは必要ないが、まあ気分の問題である。
夏の暑い日であっても、ここソウラの森はひんやりと涼しい。
害獣もいないし水辺もあるので、薬草の採集場所としてお気に入りのスポットだ。
(……本当、日本の夏とは大違い)
といっても、日本だって田舎の方なら涼しいのかもしれないけれど。
都市部で育った自分が知らないだけで。
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「おう、お帰りタナカ」
『ダガル薬店』という、味も素っ気もない木造りの看板を掲げる店のドアを開けると、すぐに店主のダガルさんが迎えてくれた。
もう慣れてしまったが、ダガルさんはいつも「田中」の発音がおかしい。
タナカの「カ」にアクセントを置いているので、何度聞いても「タナカァ」に聞こえる。変だ。
真っ白い髪に、年の割にたくましいガッチリとした身体。
「ちょっと長めの眉毛がチャームポイントなんだぜ!」とは、本人談である。
「ただいま」
挨拶を返し、調剤台の側にそっと背負い籠を下ろす。
フードを脱ぐ私の横で、ダガルさんはひょいと背負い籠を覗き込むと、「おお、モルルの花弁! 酒に浮かせて燗を付けると最高なんだよなぁ!」と喜びの声を上げた。
おい待て、モルルの花弁は乾燥させて腹下しの薬に使うんじゃないのか。
何を即座に消費しようとしている。
冷たい目を向けると、店主は嬉しそうに笑う。
「おお、いいねぇ! そのゴミを見るような目!」
酒好きな薬師は、いつもながらMのような発言をした。変態じいさんか。
――ちなみに、私はSではない。断じて違う。
はあ、と溜め息をつくと、二階へ続く階段の方へ向かう。
ここ『ダガル薬店』は、一階が店舗で二階が住居になっている。
古いし狭いし物が雑多にあふれているし、階段はギシギシいうけれど(決して貶しているわけではない)、私にとっては安息の場所である。
帰る場所も言葉もわからない私を、ダガルさんは住み込みで雇ってくれた。
私の仕事は、薬師であるダガルさんの助手、ということになっている。
だが実際には、「何でも雑用係」といったところである。
薬師の助手といいつつ、基本の仕事は料理、洗濯、掃除だ。
採集すべき薬草の見分けがつくようになったのはここ数年の話で、それだってちょっと珍しい薬草になるともうわからない。
もちろん調剤だってできない。
天日に干すのを手伝ったり、薬草を刻む手伝いぐらいならできるけれど。
そして私は、この世界の文字がほとんど読めない。
会話に関しては、この七年で何とか不自由なくできるようになった。ヒアリングは問題ないが、いまだに話す方は苦手だ。
頭の中で文法を組み立ててから話すので、どうしても口は重くなる。
まあ、もともと日本にいた頃からおしゃべりではないが。
ついでにいうなら愛想も皆無だが。
右も左もわからない、中学生の子供だった私を助けてくれた――ダガルさんは、まさに恩人なのである。
それを考えると、少々の変態発言には目をつぶるべきかもしれない。
「……もう少しで咲きそうなモルルの花があったから、気が向いたら今度お酒用に採ってきてあげる。だから、今日の分はちゃんと薬にして」
振り返りながらそう声をかけると、店主は「えー、タナカのけち〜」と口を尖らせる。
七十過ぎたじいさんの台詞か。
そして頬を膨らませるな。
ジロリと半眼で見つめると、なぜか店主はうんうんと頷いた。
「そんなこと言って〜、さては……飲み過ぎなワシを心配してるな? まったく素直じゃないんだからぁ!」
そうじゃない。
単に商売を優先しているだけだ。
ムキになって言い返そうとしたところで、カランとドアベルが鳴り女性が入ってくる。
「いらっしゃい! 今日はどうしたんだい?」
途端に仕事モードになる店主。
こっそり笑みを零すと、私は目深にフードを被り直した。
なるべく客とは顔を合わせたくない。
夕食の支度をするべく二階へ上がろうとする私を、ダガルさんが慌てて呼び止めた。
「タナカ、パンを切らしててな。すまんが今から買ってきてくれんか」
思わず私は眉を顰める。
そんな私に構わずカウンターに財布を置くと、店主は接客に戻ってしまった。
客がじっとこちらを見ているので、言おうとした言葉を仕方なく飲み込む。
視線から逃れるように、財布を掴んで店の外へ出た。