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17.メイド・ユキコ

 翌日昼過ぎ。


 とうとう明日、セレナの結婚相手(候補)がやって来る。

 セレナとハンスさんと私の三人で、最後の打ち合わせの真っ最中だ。


「こちらが当日ユキコさんに着ていただく衣装です」


 ばさり、と置かれたメイド服は黒……ではなく紺色だった。

 黒はさすがに手に入らなかったらしい。この家のメイドさんたちは空色の服を着ているので、紺色でもなかなか目立ちそうではあるが。


「これを着て、あとは予定通りに……ですね」


 上手にできるだろうか、とドキドキしながらメイド服を受け取った。ハンスさんの案ならば、演技力皆無な私にもできそうだとは思うけれど。


「ねえ、ハンス。昨夜の件は何かわかったの?」


 セレナが不安そうに聞く。


 あれから、もちろんハーブティーは処分した。

 気付かれたと悟られないために元の場所へ戻した瓶は、今朝にはもう無くなっていたらしい。きっと夜中にこっそり回収したのだろう。


「いいえ、残念ながら。旦那様に薬を盛ったメイドのアイサは、この街の育ちだから身元ははっきりしています。おそらく金で抱きこまれたか……」


 それか、とセレナは腕を組む。


「お父様本人に頼まれたとか? 便秘で悩んでるなんて聞いたことないけど」


「それはないと思う。あれって普通は粗刻みのまま飲んで服用するものなの。かなり丁寧にすり潰さないと、あそこまで細かい粉にはならないし」


 こっそり飲ませるために粉末状にしたとしか思えない。

 私の言葉に、セレナはため息をついた。


「お父様って風邪もひいたことないぐらい健康で、しかも医者嫌いなのよねぇ……。便秘のお薬って健康な人が飲んだらどうなるの?」


「もちろん、下痢になる」


 びっと人差し指を立てて、私は説明する。


「あんまり下痢がひどければ、脱水症状になることもある。……ただ、あれってそこまで強力な薬でもないんだよねぇ……」


 効果はゆるやかなので、少し調子が悪いときに気軽に選ばれる、ポピュラーな薬である。

 じゃあなんでそんな薬を盛ったんだ、と私たちはそろって首を傾げた。


「……医者嫌い。そうか、医者か……?」


 ハンスさんが何やらつぶやいたかと思うと、いきなり立ち上がった。


「ちょっと思いついたことがあるので。わたしはこれで失礼します」


 言うなりせかせかと出ていってしまう。

 私とセレナはぽかんと顔を見合わせた。


「……まあ、ハンスに任せておけば大丈夫だと思うわ」


 気を取り直したようにセレナが言った。おお、すごい信頼感。

 なんだか……ちょっとだけ、羨ましい。


(……ディーン……)


 ぼんやりと、まだ戻らない男を思う。

 婚約者が来るまでには戻ると言っていたから、今日中には戻ってくると思うのだけれど。

 早く帰ってきてよ、と胸の中で小さく文句を言った。



 ◇



 ──結局、ディーンは戻ってこないまま。


 夕方ごろ、糸目成金(命名ハンスさん)がセレナ宅に到着した。

 物陰からこっそり覗いてみると、前情報通りかなりの糸目だ。痩せた体にびしっとスーツを着込んで、なんだか油断がならない感じ──というのは、色眼鏡で見すぎか。


 セレナとは夕食の席で正式な顔合わせをすることになるそうだ。


「よし。じゃあ、行ってくるわ」


 決意の顔で夕食へと向かうセレナ。

 胸元のリボンが豪華な淡いピンクのドレスを着ていて、とても綺麗だ。


「うん、私も待機してるから頑張ってね!」


 気合いを入れて送り出した。

 私の出番は夕食が終わってから──セレナが父親と糸目成金さんを自室へと誘ったあとである。


 紺色のメイド服の上にフリルの付いたエプロンをつけた。髪を目立たせるため、頭はシンプルなカチューシャのみ。これで私の準備は万端だ。


「ユキコさん、お嬢様たちが部屋に入りました!」


 ハンスさんに呼ばれ、用意しておいたティーセットを持ってセレナの部屋をノックした。


「──失礼します」


 緊張にバクバクしながらも、強いて平坦な声を出す。


 最初は無表情で、とハンスさんから指示されているので、表情筋が動かないよう注意する。

 入ってきたメイドになど目もくれず、歓談を続けている男たち。セレナと父親が隣同士に、テーブルを挟んで向かいに糸目成金さんが座っている。


 テーブルの上にガチャン!と音をたててトレイを置いた。

 やっと男たちが不快そうにこちらを見て──……コキン、と音が聞こえそうなくらい見事に固まった。


「まあ、ありがとうユキコ!」


 セレナが満面の笑みを浮かべる。


「クラート様、お父様。こちらは私付きのメイドのユキコよ。大切な友人でもあるの」


「なっ……なっ……」


 口をパクパクさせて動揺するセレナ父。

 それに比べて糸目成金はまったく動じていない……ように見える。糸目だからか、本当に表情が読めない。

 私はそんな彼らをゆっくりと見回し、決められた台詞を言う。


「砂糖を……お入れしますね……」


 ポケットから取り出したるは、どこかで見たようなガラスの小瓶。

 中に入っているのは、これまたどこかで見たようなうっすらと茶色い粉。


 三つ用意したカップのうち、一つだけに瓶の中身を全部入れ、ティースプーンでかき混ぜる。

 カチャ……カチャ……と最初はゆっくりと混ぜ、だんだんとスピードを上げていく。


 ガチャガチャガチャガチャッ!!


 混ぜ終わり、ふうと息をつく。

 ちょっとこぼれてしまったけれど、メイド・ユキコはそんなこと気にしない。糸目成金さんの前に、茶色い粉入りティーカップをそっと置いた。


「……どぉぞ……」


 そこで初めて、にいぃと笑う。

 ヒッとセレナ父が小さく悲鳴を上げた。アンタじゃないのよ。

 糸目成金はやはり動じない……ように見える。お主、なかなかやるな。


 残り二つのティーカップには何も入れないまま給仕して、私はセレナが座るソファの後ろへのろのろと移動する。

 セレナの後ろから身を乗り出し左右に揺れながら、糸目成金が飲むのを今か今かと見つめ続けた。わくわく。わくわく。


「…………」


 無言になっていた糸目成金の頬を、ひとすじの汗がつぅっと流れた。もちろんティーカップは手に取らない。


「わたしは……甘いのは、苦手なので……」


 うめくように告げたかと思うと、急に立ち上がる。


「申し訳ないが、先に休ませてもらいます」


 あっという間に部屋から出ていき、慌てたようにセレナ父も後を追ってしまった。


 ふたりきりになった部屋の中で、セレナと私は顔を見合わせ笑い出す。


「ね、さっきの粉ってもしかして……?」


 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、セレナが尋ねた。

 私は笑って首を横に振る。糸目成金が手を付けなかったティーカップから、ひとくち飲んでみせた。


「甘っ! さすがに砂糖入れすぎだよね」


 ブラウンシュガーをこれでもかとすり潰し、サラサラにしてみたのだ。

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