表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/98

16.客人は見た

 それから三人で細かく打ち合わせをした。


 当日のインパクト重視でいくため、セレナ父や他の使用人たちとは、なるべく顔も合わせず会話もしないこととなった。彼らにとって私はお嬢様の謎の客人である。セレナ父にはハンスさんがうまく誤魔化してくれるらしい。


 やることが決まってしまえば、あとはもう待つだけだ。夜は客室で寝るが、日中はセレナの部屋に入り浸りで、ふたりで暇を持て余していた。


「暇ねー……」


「暇だねー……」


 ぼー。


 ……はっ!

 いかんいかん。意識が遠のきそうになった。


「そうだ! 雑誌でも読む?」


 セレナがいそいそと雑誌を持ってきてくれる。

 興味津々で覗き込むと、ファッション雑誌のようだった。写真ではなく絵が使われていること以外、それほど違和感はない。載っている服やバッグが今の流行なのかな?と楽しくなってくる。


「私は字が読めないんだけど、雑誌だったら絵があるし面白いね」


 高揚して口を滑らせてしまい、セレナがぎょっとしたのがわかった。やばい、と思い慌てて弁解する。


「いや、その……家庭の事情で、ね……?」


 こちらの世界の文字は漢字やアルファベットのように個々の形がはっきりしていなくて、ぐねぐねした線にしか見えない。過去にダガルさんが教えてくれようとしたが、私が早々に音を上げてしまったのだ。


「そう、なの……? まあ、詮索はしないけど……」


 セレナが顔を曇らせる。変に思われなかっただろうか、と不安になった私に、「そうだ!」と一転して顔を輝かせた。


「それなら私が教えてあげる! どうせ暇なんだから、やるわよユキコ!」


 ええーっ。


 及び腰になったが、セレナの言うとおり暇なのは確かだった。雑誌という絵付きの教材もあることだし、と私も心を決める。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 こうして、待ち時間は読み書き練習にいそしむこととなった。


 真面目に勉強することしばし。


「だーーーっ! もう頭がパンクしそう!」


 思わず雄叫びを上げてしまった。凝った肩をぐるぐる回す。

 セレナの教え方はわかりやすくて、意外にもいい先生だった。そのため思いがけず白熱してしまい、夕食が終わった後もふたりで雑誌を囲んでいたのだ。


「そうね。今日はもうここまでにしましょうか」


 セレナも大きく伸びをする。と思ったら、にやりと笑った。


「ねえ、厨房に行かない? こんな時間だけど、甘いものが食べたくなっちゃった」


 甘いもの!

 夕食を食べた後に、そんな、ねえ?

 後は寝るだけなんだし、余計なカロリーになるだけよ!


「……たまにはいいかな?」


 私もうきうきと答えてしまった。

 セレナとふたり、共犯者の笑みを交わし合う。ダイエットは明日から~。


 厨房へ行ったが、もう夜も遅いので誰もいない。ごそごそと戸棚を物色し、おいしそうなクッキーを発見。お茶を入れてセレナの部屋に戻る。


「おいし~。背徳の味!」


 クッキーをつまみつつおしゃべりに花を咲かせ、遅くまで女子会を楽しんだのだった。



 ◇



 翌日も、私たちの勉強会を知ったハンスさんが教本を差し入れてくれたこと以外、前日とまったく同じだった。

 もちろん夜はお菓子をいただきました。今だけ、今だけと言い聞かせながら……!


 そしてさらに翌日。

 いまだディーンは戻ってこない。糸目成金さんが来るまでまだ日はあるし……と自分に言い聞かせる。


 勉強会が終わって、毎夜恒例のあの時間がやってきた。


「今日は私が取ってくるね」


 行ってらっしゃ~い、とセレナに気楽に見送られ、ひとりで勝手知ったる厨房を物色する。この家には客人が多いため、おもてなし用にお菓子が常備されているそうだ。お金持ちの家って素敵。


 がそごそやっていると、足音が聞こえた気がした。

 まずい、と思ってすばやく物陰に身を潜める。


(いや、隠れなくていいのかもしれないけど……)


 家主の許可はもらってるし。


 厨房に入ってきたのは、空色のメイド服を着た女性だった。

 彼女が慣れた手付きでお茶を入れているのを、なんとなく盗み見る。豪華なティーカップにお茶を注いだところで、ふわりといい香りが漂ってきた。これはハーブティーかな?


 不意に彼女が顔を上げた。

 バレたか、と思って首をすくめるが、彼女が気にしているのはどうやら廊下の方だった。廊下から目線を外さないままエプロンのポケットからガラスの小瓶を取り出すと、粉のようなものをティーカップに入れてかき混ぜた。


(いや……これって……)


「誰かいるんですか?」


 びくーーーっ!


 私も驚いたが、彼女もびくんと体を跳ねさせる。

 台の上にある他の瓶の陰に、すばやく小瓶を隠すのが見えた。


 現れたのはハンスさんだった。


「あ……旦那様にお出しする、ハーブティーを入れていたんです」


 ちょっと震える声で答える彼女。


 旦那様って……セレナ父!?

 それはまずい。彼女の背後から慌てて顔を出した。

 はっとするハンスさんに、唇に人差し指を当て「静かに」と示し、その後大きく手を交差させてバッテンを作る。こんなんで伝わるかなぁ!?


「……そうですか。ちょうど旦那様の部屋に伺うところだったので、これはわたしがお持ちします」


 でも、と答える彼女に、人の良さそうな顔でにっこり笑った。


「もう休んでいいですよ。お休みなさい」


 有無を言わさず追い払った。

 安心してへなへなと座り込んだ私の方にやってきて、ハンスさんが慈愛の笑みを浮かべる。


「ちゃんと伝わりましたよ。盗み食い中だから彼女を追い払え、って意図でよかったですよね?」


 ちっがっうっ!


 そうじゃなくて!と、今見たことを大急ぎで彼に伝える。

 ハンスさんは驚いたように目を見開いた。


「毒、ですか!? まさか糸目成金の差し金……? しかし旦那様は結婚に乗り気なのに、毒を盛るメリットは……」


 茫然としながらも、ぶつぶつと考え込んでいる。


 私は急いで陰に隠れている小瓶を手に取った。

 中に入っているのは、うっすらと茶色い粉である。蓋を開けて匂いを嗅いでみると、独特なほんのりと甘い香りがする。


(あれ……? この匂い……)


 小指を瓶に突っ込み、指先に付いた粉を舐めてみる。


「……何してるんですっ!?」


 ハンスさんは悲鳴のような声を上げると、私の手から瓶を奪い肩をつかんで揺さぶった。


「吐き出して! 早く吐き出すんです、ユキコさん!」


「お、落ち着いてくださいハンスさん! これ、毒じゃありません!」


 驚く彼になんとか放してもらい、改めて瓶を受け取る。


 独特の甘い味と香り。

 なんちゃって薬師助手の私ですらも知っているメジャーな薬草、クラルの根を乾燥させたものだ。

 若い女性やお年寄りが頼ることが多い、その薬効は。


「──これ、便秘の薬です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ