表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/98

15.始動

「──信じられないわっ、あの親父っ! 許可するまでしばらく家から一歩も出るな、ですってよ!?」


 ユキコにラザロの街を案内しようと思ったのにぃ!と悔しがるセレナ。

 お父さんにしてみたら当然の処置だと思うけど……とはもちろん言わないでおく。くわばらくわばら。


 お父さんから解放されたセレナに引っぱられ、全員で彼女の部屋に来た。お嬢様の部屋だけあって、広くて調度も豪華である。

 ディーンと顔を見合わせ、依頼を受けることを彼女に伝える。


「あのね、セレナさん」


「セレナでいいわよ」


 ムッとしたように返されたので、「それじゃあセレナ」と言い直す。


「例の頼みごと、引き受けさせてもらうね。ディーンはこれから何日か出かけるから、そのあいだは私ひとりでお世話になります」


「本当に!? ありがとう、ユキコ!」


 喜びにパッと顔を明るくして、セレナはまた私に抱きついて……来ようとしたのを、さりげなく避ける。窒息死しかけるのはもうゴメンです。


「それはやめましょうね、馬鹿力のお嬢様」


 足止めしてくれるハンス青年。

 セレナは腕を組んで彼を睨みつけると、「ところで、どうしてあなたまで参加してるのよ」と食ってかかった。


「わたしも『お嬢様の結婚ぶっ壊し隊』の一員なもので」


 なんと。そんな隊が結成されていたのか。

 私も勝手に作戦名を付けたから、人のことは言えんけど。


「それじゃ、俺はそろそろ行ってくる」


 特に隊の一員ではなさそうなディーンが立ち上がる。

 見送ろうと私も腰を上げ、なぜか全員でぞろぞろと玄関に向かうことになった。


「行ってらっしゃい。……気を付けてね」


 声をかけた途端、人食い花を狩りに行く男がひどく心配になってきた。それが彼の仕事だと頭ではわかっているけれど……。

 ぽん、とディーンが私の頭を叩く。


「お前もな。なるべく早く戻るから、待っていてくれ」


 バタンと閉まった扉を見て、今度はどうしようもなく寂しいような、胸が苦しいような複雑な気持ちになる。思えば、ダガルさんが亡くなってから、ディーンと離れるのはこれが初めてなのだ。

 うつむく私をセレナが心配そうに見ているのに気付き、慌てて笑顔を作る。


「ごめん、大丈夫よ。部屋に戻ろっか」


 安堵したようにセレナがうなずき、玄関から離れようとすると──


「しまった! ディーンさん、御者台に忘れ物してたんでした。ちょっと追いかけて渡してきますねっ」


 言うなり、ハンスさんも出ていってしまった。

 隊員一名、早くも離脱。今から作戦会議しようと思ったのにー。


 部屋に戻ると、ぼふんとソファに座りながらセレナが言う。


「ね、ユキコの髪のことなんだけど……ハンスにも教えて大丈夫? 口は悪いけど、容姿で人を判断するようなひとじゃないから」


 確かにそれを教えておかないと、作戦を立てるどころじゃないだろう。セレナと私だけで考える自信もないし。


「ん、大丈夫よ。ハンスさんからふたりは幼馴染だって聞いたけど?」


「ええ。ハンスのお母さんが私の乳母だったから、兄妹(きょうだい)同然に育ったのよ。今でもウチに住み込みだしね」


 それを聞いて驚く。お兄さんみたいな人が側にいるなら、家出なんてしないで相談すればよかったのに。そう尋ねてみると──


「だって! ハンスってば最近はお父様の秘書扱いで、家の中のことより商会の仕事ばかりなんですもの。それにすごく忙しそうだし、留守してることも多いし……」


 むぎゅうう、とクッションを抱きしめながら口を尖らせた。

 クッションが悲鳴を上げているような気がするのは、私の気のせい?


「……それもあって、思わず家出してしまったのよね……。それにしても、どうして行き先があっさりバレたのかしら? 候補は他にもいろいろあったはずなのに」


 ここラザロの街は港町なので、各地に船が出ているらしい。確かにそれなら家出先はよりどりみどりだろう。


「どうして船に乗らなかったの?」


「私はカナヅチだし、船酔いしやすいからよ!」


 セレナは胸を張って答えた。

 うん、バレた原因それだね。生温かい目で見るが、彼女はまったく気付かない。


「街道にしたって、北の方にスーロウっていうすごく大きな街もあるのよ。だから意表をついて、わざわざナルカみたいな小さい街を選んだのに……!」


 うぅん、と私もそれには首を傾げる。

 後で本人に直接聞いてみよう、と思ったら、タイミングよくハンスさんが戻ってきた。


「家出先がわかった理由、ですか? 聞いたらアホらしくなると思いますよ」


 ハンスさんは意味ありげにセレナを見てから、私に視線を戻す。


「お嬢様の部屋に書き置きが残してあったんです。『私は結婚なんてしません。スーロウへ行きます。スーロウを探してください。セレナ』と」


「…………」


 私はこめかみを押さえて目を閉じた。あれ、頭痛かな?


「これで見事にスーロウに誘導されるはずだったのに……!」


「んなワケないでしょう。それにスーロウはクラート商会の拠点なんですよ? 結婚相手から逃げたい人が、結婚相手のいる街へ行くと思います?」


「…………」


 黙り込むセレナに、かける言葉が見つからない。

 どうやら妨害作戦は、セレナ抜きで考えた方がよさそうである。私はハンスさんの方に体の向きを変えた。


「ハンスさん、これを見てください」


 ぱさりとフードを脱ぐと、ハンスさんは息を呑んだ。


「これは……! なるほど、それでユキコさんに協力をお願いしたわけですね」


 じっと顔に手を当てて、かなり長いこと考え込む。


「……ユキコさんには、お嬢様のメイドのふりをお願いできますか。そして、糸目成金(いとめなりきん)とバカ旦那様を撹乱(かくらん)していただきたい」


 ……糸目成金とバカ旦那様……。

 ハンスさんて目がくりっとしてて小動物系だけど、見た目に反して容赦ないような……。


「私も! ユキコにメイドのふりをしてもらうっていうのは思い付いたわ!!」


 ハイハイ!と手を挙げて、セレナが嬉しそうに言う。


「お嬢様が考えたのはそこまででしょう? そこから先……細かな演技指導や準備はわたしがします」


 いいですね?と問われ、私は大きくうなずく。


「助かります。私たちだけじゃ、どうすればいいかわからないし」


 よろしくお願いします、と頭を下げると、ハンスさんも「こちらこそ」と穏やかに微笑んだ。


「私も一緒に考えるわよ! 何をすればいい!?」


 やる気に満ちあふれているセレナを、私もハンスさんも全力で止めた。


「セレナはとにかく大人しくしてて!『結婚ぶっ壊し隊』隊長命令よ!」


「お嬢様はひたすら反省したふりをしててください。『結婚ぶっ壊し隊』参謀命令です」


 隊員たちからノーを突きつけられて、不満顔のお嬢様であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ