15.始動
「──信じられないわっ、あの親父っ! 許可するまでしばらく家から一歩も出るな、ですってよ!?」
ユキコにラザロの街を案内しようと思ったのにぃ!と悔しがるセレナ。
お父さんにしてみたら当然の処置だと思うけど……とはもちろん言わないでおく。くわばらくわばら。
お父さんから解放されたセレナに引っぱられ、全員で彼女の部屋に来た。お嬢様の部屋だけあって、広くて調度も豪華である。
ディーンと顔を見合わせ、依頼を受けることを彼女に伝える。
「あのね、セレナさん」
「セレナでいいわよ」
ムッとしたように返されたので、「それじゃあセレナ」と言い直す。
「例の頼みごと、引き受けさせてもらうね。ディーンはこれから何日か出かけるから、そのあいだは私ひとりでお世話になります」
「本当に!? ありがとう、ユキコ!」
喜びにパッと顔を明るくして、セレナはまた私に抱きついて……来ようとしたのを、さりげなく避ける。窒息死しかけるのはもうゴメンです。
「それはやめましょうね、馬鹿力のお嬢様」
足止めしてくれるハンス青年。
セレナは腕を組んで彼を睨みつけると、「ところで、どうしてあなたまで参加してるのよ」と食ってかかった。
「わたしも『お嬢様の結婚ぶっ壊し隊』の一員なもので」
なんと。そんな隊が結成されていたのか。
私も勝手に作戦名を付けたから、人のことは言えんけど。
「それじゃ、俺はそろそろ行ってくる」
特に隊の一員ではなさそうなディーンが立ち上がる。
見送ろうと私も腰を上げ、なぜか全員でぞろぞろと玄関に向かうことになった。
「行ってらっしゃい。……気を付けてね」
声をかけた途端、人食い花を狩りに行く男がひどく心配になってきた。それが彼の仕事だと頭ではわかっているけれど……。
ぽん、とディーンが私の頭を叩く。
「お前もな。なるべく早く戻るから、待っていてくれ」
バタンと閉まった扉を見て、今度はどうしようもなく寂しいような、胸が苦しいような複雑な気持ちになる。思えば、ダガルさんが亡くなってから、ディーンと離れるのはこれが初めてなのだ。
うつむく私をセレナが心配そうに見ているのに気付き、慌てて笑顔を作る。
「ごめん、大丈夫よ。部屋に戻ろっか」
安堵したようにセレナがうなずき、玄関から離れようとすると──
「しまった! ディーンさん、御者台に忘れ物してたんでした。ちょっと追いかけて渡してきますねっ」
言うなり、ハンスさんも出ていってしまった。
隊員一名、早くも離脱。今から作戦会議しようと思ったのにー。
部屋に戻ると、ぼふんとソファに座りながらセレナが言う。
「ね、ユキコの髪のことなんだけど……ハンスにも教えて大丈夫? 口は悪いけど、容姿で人を判断するようなひとじゃないから」
確かにそれを教えておかないと、作戦を立てるどころじゃないだろう。セレナと私だけで考える自信もないし。
「ん、大丈夫よ。ハンスさんからふたりは幼馴染だって聞いたけど?」
「ええ。ハンスのお母さんが私の乳母だったから、兄妹同然に育ったのよ。今でもウチに住み込みだしね」
それを聞いて驚く。お兄さんみたいな人が側にいるなら、家出なんてしないで相談すればよかったのに。そう尋ねてみると──
「だって! ハンスってば最近はお父様の秘書扱いで、家の中のことより商会の仕事ばかりなんですもの。それにすごく忙しそうだし、留守してることも多いし……」
むぎゅうう、とクッションを抱きしめながら口を尖らせた。
クッションが悲鳴を上げているような気がするのは、私の気のせい?
「……それもあって、思わず家出してしまったのよね……。それにしても、どうして行き先があっさりバレたのかしら? 候補は他にもいろいろあったはずなのに」
ここラザロの街は港町なので、各地に船が出ているらしい。確かにそれなら家出先はよりどりみどりだろう。
「どうして船に乗らなかったの?」
「私はカナヅチだし、船酔いしやすいからよ!」
セレナは胸を張って答えた。
うん、バレた原因それだね。生温かい目で見るが、彼女はまったく気付かない。
「街道にしたって、北の方にスーロウっていうすごく大きな街もあるのよ。だから意表をついて、わざわざナルカみたいな小さい街を選んだのに……!」
うぅん、と私もそれには首を傾げる。
後で本人に直接聞いてみよう、と思ったら、タイミングよくハンスさんが戻ってきた。
「家出先がわかった理由、ですか? 聞いたらアホらしくなると思いますよ」
ハンスさんは意味ありげにセレナを見てから、私に視線を戻す。
「お嬢様の部屋に書き置きが残してあったんです。『私は結婚なんてしません。スーロウへ行きます。スーロウを探してください。セレナ』と」
「…………」
私はこめかみを押さえて目を閉じた。あれ、頭痛かな?
「これで見事にスーロウに誘導されるはずだったのに……!」
「んなワケないでしょう。それにスーロウはクラート商会の拠点なんですよ? 結婚相手から逃げたい人が、結婚相手のいる街へ行くと思います?」
「…………」
黙り込むセレナに、かける言葉が見つからない。
どうやら妨害作戦は、セレナ抜きで考えた方がよさそうである。私はハンスさんの方に体の向きを変えた。
「ハンスさん、これを見てください」
ぱさりとフードを脱ぐと、ハンスさんは息を呑んだ。
「これは……! なるほど、それでユキコさんに協力をお願いしたわけですね」
じっと顔に手を当てて、かなり長いこと考え込む。
「……ユキコさんには、お嬢様のメイドのふりをお願いできますか。そして、糸目成金とバカ旦那様を撹乱していただきたい」
……糸目成金とバカ旦那様……。
ハンスさんて目がくりっとしてて小動物系だけど、見た目に反して容赦ないような……。
「私も! ユキコにメイドのふりをしてもらうっていうのは思い付いたわ!!」
ハイハイ!と手を挙げて、セレナが嬉しそうに言う。
「お嬢様が考えたのはそこまででしょう? そこから先……細かな演技指導や準備はわたしがします」
いいですね?と問われ、私は大きくうなずく。
「助かります。私たちだけじゃ、どうすればいいかわからないし」
よろしくお願いします、と頭を下げると、ハンスさんも「こちらこそ」と穏やかに微笑んだ。
「私も一緒に考えるわよ! 何をすればいい!?」
やる気に満ちあふれているセレナを、私もハンスさんも全力で止めた。
「セレナはとにかく大人しくしてて!『結婚ぶっ壊し隊』隊長命令よ!」
「お嬢様はひたすら反省したふりをしててください。『結婚ぶっ壊し隊』参謀命令です」
隊員たちからノーを突きつけられて、不満顔のお嬢様であった。