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14.作戦名は

 栗色青年はハンスと名乗った。

 昨夜彼が泊まった宿屋に預けていた馬車に乗り込み、一路ラザロの街へと出発した。


「ユキコ。あなたに……お願いしたいことがあるの」


 ガタゴト揺れる馬車の中で、意を決したようにセレナが言う。ディーンもハンスさんも御者台にいるので、中に座っているのは私たちだけだ。

 昨日今日出会ったばかりの私をセレナが誘ったのは、何か理由があるからだということは予想していた。うんうんと頷き先をうながす。


「実は、……あなたに、私のメイドになってほしいの!」


 ……メイド。

 メイドってのは、「お帰りなさいませご主人様!」「萌え萌えきゅん」っていう、あのメイドのこと? あ、もしや猫耳も必要かな? 絶対死ぬほど似合わないと思うけど……。


「父が決めた婚約者が、五日後にウチに来ることになってるの。その時、婚約者にあなたを私付きのメイドとして紹介したい。そうすれば……」


 なるほど、と私はぽんと手を打った。


「忌み色のメイドを持つ、変人なお嬢様と見なされる?」


「そう! そうなのよ!!」


 勢いこんで頷いたかと思うと、途端に彼女は顔を歪める。


「……あなたの容姿を利用するようなことをして、本当に本当に最低だと思うんだけど」


 私は思わず笑ってしまう。

 そこまではっきり謝ってもらうと、怒る気にはなれなかった。


「ペールマン商会は、私の祖父が興したの。祖父はとても商才のあるひとだったらしいわ。……私の父は典型的な二代目のボンボンだけど」


 おっと、手厳しい。


「相手はクラート商会っていう新興の商会を興した男で、私より十歳以上年上よ。父はこの男を盲信していて……私と結婚させることで、ふたつの商会を合併させようとしているの」


「その人とは会ったことあるの?」


 尋ねると、セレナは小首を傾げる。


「まあ、見かけたことくらいならあるわね。私は生まれてすぐ母を亡くしたから、父の付き添いとして社交の場に出たことは何度もあるから。こぉんな糸目で表情の読めない、お腹の中で何を考えてるかわからない男よ!」


 こぉんな、というところでセレナは自分のまなじりを吊り上げてみせた。……わぁお、キツネみたい。


「期間限定のメイドとして、ちゃんと報酬も支払わせてもらいたいの。糸目男は二日ぐらい滞在するみたいだから、一週間程度になると思うんだけど」


 セレナの提案に、うーんと考え込む。


 お金を稼げることは正直ありがたい。旅をするあいだ私は収入を得る当てがないから、蓄えはじりじり減っていく一方なのだ。


「……そうね。やってもいいけど」


 しばらく考え込んでから返事をする。「やった!」と喜ぶセレナに「ただし」と付け加えた。


「ディーンに確認してから。反対されたら、悪いけどこの話はナシで」


 きっぱりと言った私を、セレナがまじまじと見つめる。


「ふぅん……。やっぱりねぇ……」


 何が「やっぱり」なのか、意味深なセリフに首を傾げた。彼女は冷やかすようににやりと笑う。


「主導権を握ってるのはユキコに見えたんだけどな。それでもやっぱり恋人の許可は必要なわけね~」


 ……はあ!?


「別にっ、ディーンと私は恋人同士なんかじゃありませんけどっ!?」


 全力で否定する私を、セレナは「隠さなくてもいいのにぃ」となぜか全然信じてくれない。


 本当に違うんだっつーに!!



 ◇



 ガタンと馬車が完全に止まり、「着きましたよ~」というハンスさんの声とともにドアが開く。

 セレナと私はよろよろと降りた。私の顔を見て、ひょいとディーンが手を上げる。


「尻か?」


 尻だよ! わかってるなら聞くなよ!!


「後ろを見てみろ。なかなか立派だぞ」


 くくっと笑いながら、ディーンが私の背後を指し示した。

 慌てて振り返ると、ちょっと古いけれどいかにも豪華な邸宅が建っている。

 本当にお嬢様なんだなあ、と感心しつつ家とセレナを交互に見ていると、突然音を立てて玄関の扉が開いた。


「セーレーナーちゃーんっ!!!」


 現れた中年の男性が、走ってきた勢いそのままでセレナに抱きついた。……お嬢様からチッて舌打ちが聞こえた気がするけど。まあ気のせいだろう。


「街の外に出るなんてっ……パパは本当に本当に心配したんだよぉぉ!」


 うわーん!と泣き出すセレナ父。

 話を聞いて想像していた父親像と違う……。娘の気持ちを無視して商売に野心を燃やす、傲慢な男なんだろうと思っていたけれど。


(なんか、チョロそう?)


 娘が可愛くおねだりしたら、なんでも聞いてくれるんじゃない?

 などと考えていると、見透かしたようにハンスさんがぼそっと私にささやいた。


「……親バカ一直線に見えるでしょう? でもこと結婚話に関してだけは、なぜか全然譲らないんですよ」


 さて、とハンスさんはパンと手を叩く。


「旦那様。わたしはお嬢様を保護してくださった方々を、客間に案内して参りますね」


 セレナ父に声をかけると、ディーンと私を家の中へ導いた。私とセレナはすばやく目を見交わさせ、小さくうなずき合う。


 客間に到着すると、お茶を用意するというハンスさんが出ていった。ディーンとふたりになれた今がチャンス、とセレナからの依頼について話してみる。


「なるほどな。……まあ、お前がいいなら受けても構わないんじゃないか」


 反対されるかも、と思っていたので意外に思った。顔に出ていたのか、ディーンは私を見て苦笑した。


「金はあるに越したことはない。新しい生活を始めるときに、少しでも蓄えが多い方がいいだろう」


 言いながら彼は考え込む。


「……お前が安全な場所にいてくれるなら、そのあいだ俺は黒花を狩ってきてもいいかもしれんな。ちゃんと留守番できるか?」


 私は子どもかい。

 むうう、とディーンを上目遣いに睨む。


「大丈夫ですよ。ユキコさんは当家で責任を持って預かりますので、ご心配なく」


 トレイを持って戻ってきたハンスさんが、突然割り込んできた。驚いて見上げると、悪びれた風もなくにこりと笑う。


「どうせお嬢様から頼まれたんでしょう? 結婚話を壊すのを手伝えとかなんとか」


 バレとるわ。

 ここは否定した方がいいのか?と悩んでいると、ハンスさんはしれっと言う。


「わたしも協力しますよ。わたしとお嬢様は幼馴染みで、正直この結婚にはわたしも反対ですから。……それに、頭ポンコツなお嬢様と作戦を考えたところで、ろくな案が出てこないのは目に見えてますし」


 幼馴染みだったのか。道理で言いたい放題だと思った。

 私とディーンは顔を見合わせ、心を決める。


「婚約者が来るのは五日後だったな。俺もそれまでには戻るから、ユキのことはよろしく頼んだ」


「はい、任されました」


 ──こうして、お嬢様の結婚妨害しようぜ大作戦(仮)が誕生したのである。

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