11.最初の街
日が沈みはじめる前にナルカの街に到着した。
初日を無事に歩き通せたことが、嬉しくてたまらない。
「やったー! 素敵な街、ね……?」
ちょっと語尾が元気なくなった。なんていうか、トールの街との違いが全然わからない……。
そんな私を見て、男がおかしそうに笑った。
「あまり変わらんだろう? まあ、どちらも小さな街だからな。一晩泊まって、ここは通過で構わないか?」
それとも住んでみたいか?と問われ、かぶりを振る。
「さすがに隣町はちょっと。ヴァンダール少佐の手前もあるし」
「私、旅に出ます!」と高らかに宣言した翌日に、隣町に住んでいたらおかしいだろう。少なくとも私なら大爆笑する。
「ナルカの街から、街道を南西に進めば大きな港町がある。貿易が盛んで活気があるし、食べ物もうまいぞ。明日はそちらに向かってもいいかもしれんな」
港町、ということは……新鮮な魚が食べられる!?
トールの街では魚といえば川魚だった。川魚だっておいしいけれど、私はやっぱり海の魚がいい。海の魚に勝るものなし。
お刺身、煮魚、焼き魚……ああ、どれも捨てがたい……! 私は心を躍らせた。
「明日はそこに行こう! 絶対行こう!」
こうして食欲の命じるままに、次の目的地が決まった。
「じゃあ宿を探すぞ。黒眼はそんなに気にしなくていい。紺色や濃い茶色の眼の者もいるし、言われなければ気付かんだろう。髪だけは気を付けて、フードをしっかり被っておいてくれ」
了解して、私たちは足早に宿へと向かった。
◇
「二人部屋と一人部屋、ひとつずつしか空いてないよ」
別々の部屋をお願いすると、宿屋の主人からそう告げられた。
「そうか、ならそれで頼む」
二人部屋があるのなら、本当はそっちに二人で泊まった方が経済的なんだろうけど……。さすがに同室というのは気恥ずかしいというか、緊張するというか……。
もんもんと考えている間に話はまとまったらしい。鍵を受け取り、ディーンが私を二階へうながす。
「お前が二人部屋の方を使ってくれ。夕食は一階の食堂を使ってもいいし、外に出てもいいぞ」
「うーん……疲れてるけど、せっかくだから街の中を少し歩いてみたいかな。外にしようよ」
お腹減ったー。
夕食にうきうきしながら二階へ上がろうとすると──
「空いてないってどういうことなのッ!?」
背後からキンキンとよく響く声が聞こえた。
驚いて振り向くと、金髪の女性が鬼のような形相で、宿屋の主人に食ってかかっていた。
「いや……ちょうど埋まってしまったところで……」
あまりの迫力にタジタジとなるご主人。
ばっとこちらを見ると、「ほら、あっちのお客さんが!」と私たちを指差した。
げっ! 余計な事を……!
女性はつかつかとこちらにやってきた。
年の頃はニ十くらいの、目鼻立ちのくっきりした派手顔な美人である。
顔と比べてドレスは地味で、暗い青色で特に装飾もない。荷物は手持ちのカバンがひとつだけ。
「申し訳ないんだけど、部屋を譲っていただけない? 宿屋なら他にも何軒かあるでしょう?」
ちっとも「申し訳ない」と思っていなさそうな口調で高飛車に言い放つ。
えええ、そんな理不尽な……。
「いや。悪いが他を当たってくれ」
ディーンがさりげなく私を背後にかばいながら断ると、彼女はまなじりを吊り上げた。
「他の宿屋も見てきたけど、古いし汚いし気に食わないの! ここが一番マシなんだから、私に譲りなさいよっ」
フンッと胸を張って私たちを睨みつけた。ディーンの広い背中の横からこっそり覗き見しつつ、ややこしい人に捕まっちゃったな、とげんなりする。
「女同士なんだし、お嬢さんたちふたりで相部屋にしたらどうだい?」
仲裁のつもりなのか、宿屋の主人がまた余計なことを言う。
相部屋なんて絶対に無理だ。確実に黒髪がばれてしまう。
ディーンも同じことを思ったのだろう、慌てて言い募る。
「いや、それはやめておいた方がいい。こいつのいびきは落雷かと思うほど凄まじいし、歯ぎしりまでするからな。とても眠れたものではないぞ」
てめぇ。後で覚えてろよ。
「知らない人と相部屋なんか絶対に嫌! 私はひとりで泊まるから、早く部屋を用意しなさいよ!」
引く気配のない迫力美人がぎゃんぎゃん騒ぐので、一階の食堂で食事を取っていた人々が興味津々にこちらを見ている。まずい、目立ちすぎ……。もうこうなれば仕方ない。
「あの、私は連れと一緒の部屋でいいですから。一人部屋の方はそっちの人に譲ります」
ひょこっと顔を出して主人に告げると、女性は途端に機嫌を直してにっこりする。
美人が笑うと可愛いなぁ。でも性格は最悪ね。
彼女に鍵を手渡すと、ため息をつくディーンを引きずって急いでその場を離れた。
部屋に入ると、何よりの優先事項として無礼男に渾身の蹴りをお見舞いする。
が、予想していたようであっさりとよけられた。チッ。
「落ち着け。さっきのは言葉のあやだ」
私から目を逸らさずに、じりじりと後ずさりして少しずつ離れていく。私は野生のクマか。
アホな攻防戦のおかげか、同じ部屋だと恥ずかしいとかいう殊勝な気持ちは吹っ飛んだ。いいんだか悪いんだか……。
大荷物を置いてひと息つくと、夕食を取るためふたりで部屋を出る。すると隣の部屋から、さっきの性格最悪美人が出てきた。
「あら、あなたたち。これから夕食よね? よかったら部屋を譲ってくれたお礼にご馳走するわよ」
「いいえ結構です」
即答し、ディーンの背中を押して歩き出す。
美人さんは断られ慣れていないのか、ムッとしたように追いかけてきた。
「ちょっとッ待ちなさいよ!」
私の肩をつかんだ……つもりだったのかもしれないが、彼女は私よりも背が高く。つかんだのはフードだった。
ぱらっ。
『…………』
沈黙が満ちる。
──やっちまったぁー! 私の馬鹿ーーっ!!