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B.G.04(まっさっかっ)

 ベリンダに会ってきたお兄ちゃんがお土産にくれたのは、ムダ毛処理の道具一式。


「彼女のものだ」

 いらねェ。


「ベリンダの形見だ」

 超絶、いらねェ。


「死んでないでしょ、彼女」


「死んだも同然だ」


 ベリンダと何があったか分からないけれども、これはつまり、お兄ちゃんとベリンダが別れたってこと。

 どうしてだろう、なんだかちっとも嬉しくない。


 お兄ちゃんは、ぺしょっと潰れた白い反射ラインのある真新しいオレンジ色のダッフルバックを持っていた。


「俺、船に乗る。パパとママには黙っていろよ」


 提出した課題を、センセイが評価する。


「君の絵は前衛的すぎる」そうでしょうとも。


「誰も判断できない」そうでしょうとも。


 美術の課題で、またお小言。


「君には一度、来訪してもらい、説明をして貰えたら嬉しい」


「義務ですか」


「まっさっかっ」

 ロボ・センセイは笑った。

「無理強いなんてしないよ。要請だ。要望だ。君は君がしたいようにしていいのだ」


「でも?」


「来てくれたら、わたしは嬉しい」迎えも出すよ、ってセンセイ。


「ひとりでは決められません」


「もちろんだ。保護者の許可、同伴なしに連れ出したら、それこそ〈違反〉になる」


「断ったら?」


「何も心配することはない」


 はい、有罪(ギルティ)

 お父さん流に云えば、限りなく罰則(ペナルティ)に近い表現。


 すぐさま保護者へ連絡が届き、家族揃って書斎に集合。

 壁のスクリーンにはお爺ちゃん。


「お前は! 問題を持ち込んで!」


 お父さんがキレた。

「どっちに転んでもダメなやつだ!」


「やつらの手口だ」

 画面越しに、お爺ちゃん。

「信じてならん連中だ」


 お母さんは泣いている。

「そんなこと、できないわ」


「お兄ちゃんが志願したから、お目こぼしがあるんじゃないの?」


 お父さんは目を剥いた。

 お母さんは泡を吹いて倒れた。


 しまった、お兄ちゃんのこと、まだ秘密だったんだ。


 でも、当のお兄ちゃんは知らん顔。


 なんだ、秘密解禁だったか。


 お父さんは、倒れたお母さんの鼻の下に気付け薬を当てて嗅がせる。


「どんな絵を描いたんだい?」

 お爺ちゃんが訊ねた。

「見せてくれないか?」


 あたしがスケッチブックを開いて見せると、お爺ちゃんは胸を押さえた。

「ぐ……ぐぐっ」


「お父さん!?」

 失神から戻ったお母さんが叫んだ。


「……ちょっとビックリしただけだよ」


「でも、」


「大丈夫だと云ってるだろうが!」

 音割れ。


 お爺ちゃんは、フウっと息を吐いて、

「たとえ大丈夫でなくても、やつらは直ぐにかぎつける……医療ロボを乗せた救急車を差し向ける」


 そして口元に皮肉な笑みを浮かべ、

「ありがたいことじゃないか」


「リック、なぜ志願を?」

 お父さんの疑問はもっともだ。


「決めたんだ」


 お兄ちゃんは、いつものあたしをからかったり、小突いたり、バカにしているお兄ちゃんでなかった。


「俺、火星に行くよ」


「どうして相談してくれなかったの?」

 辛そうにお母さん。

「火星からは誰も帰ってきてないのに」


「決めたんだ」


 お兄ちゃんはバカのひとつ憶えみたいに真剣な表情で、「決めたんだ」同じことを繰り返す。「決めたんだ」


 例えば、初めて宇宙飛行をしたのは、ユーリ・ガガーリン大佐。

 初めて月面に下りたのは、ニール・アームストロング船長。

 そして、初めて火星に行った女の子。


 誰も彼女の名前を知らない。


 水虫だったことは知られていても、

 火星で何があったか、何を見たのか。

 不鮮明で不明瞭な噂しかない。

 火星は本当に教えられた通りの場所なのだろうか?


 お兄ちゃんは支給されたオレンジ色の志願者専用ダッフルバッグに荷物を詰め、見送りを拒み、朝もやの中、ひとりで家の前に止まったお迎えバスに乗り、宇宙港へ行った。


 あたしはカーテンの隙間からお兄ちゃんを見た。

 バスのステップに足を掛け、お兄ちゃんは振り返り、小さく手を振った。


 あたしも手を振り返した。

 見えなかったと思うけれども、気持ちの問題。


 準備と待機のあと、再生ロケットで飛び立ち、地球の上でランデヴー。

〝ウオの眼〟こと、〈イクトゥスの結び目〉の設計を元に作られた星間連絡船に乗り換え、新天地へ向かう。


 直通回線に優先の割り込みが入った。


 真っ黒な画面に〈音声のみ〉の絵文字(ヒエログリフ)

「これは、地下シェルター、あなたたちの呼ぶ、いわゆる〝負の遺産〟に運び込まれた荷物について、とやかく云うものではありません」


「当たり前だ!」

 お父さん、のっけから喧嘩腰。

「権利だ! 我々の権利だ!」


「どうにも分からないことがあります。一部を選り分け、わざわざ移送させた〝箱〟について教えていただけませんか」


「知っているだろうが!」

 鼻息噴出、お父さん。

「もったいぶりやがって!」


「念のため、移送品の中身を伺っても?」


 お父さんは、ギュッと口を真一文字に結んで拒んだ。


「分かりました。賢人会へ諮ります」


 ブツッと音が切れて、画面が切り替わる。


 縦に三分割されて映し出されたのは、三賢人。


 お父さんは彼らをこう呼ぶ──毛深いやつら(ゴリラニアン)

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