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B.G.03(褒められることなのかな?)

 お爺ちゃんから連絡。

 書斎の壁にスクリーンが掛かっていて、お父さんたちは、それを使って会議をする。


 あたしの部屋は書斎の真上で、壁の空調ダクトを開放すれば、わりときれいに声が聞こえる。


「やあ、サム。そっちは息災かね」


「同じですよ、ボス。妻も子供も犬も、みんな変わりなく元気です」


 お仕事の打ち合せ? いいえ、反逆者たちの陰謀です。


「わたしはもう時代遅れかな」気弱なお爺ちゃんに、「そんなことないですよ、お義父さん。あなたは、いまでもわたしの先生(センセイ)だ」


 おっと父上、義父へのヨイショが入りました。

 ベッドに寝そべってお絵描き中の娘が手を止め、聞き耳を立てているとは思いもしないようで、ふたりは内緒の密談中。


 お爺ちゃんが訊ねる。「アレックスおばさんのところで預かってもらう少年たちはどうかね?」


「荷造りは月末の朔までに」お父さんは淀みなく答える。「グラシン紙の回収しました。よく見つけましたね」


「まだ探せばあるだろうが、やはり難しくなっている」


「有効に使いましょう」


「そうだな」お爺ちゃんはほうっと疲れたようなため息を吐いて、「遠征用のスクールバスの手配をしておこう」


「向こうの様子は?」


「便りがないのが良い便り、だな」


 それからふたりは、「チース」変な挨拶を交わして、回線を切った。


 勝ち目の見えない、抵抗運動ごっこ。


「……そのことでミツヒデは恨み、ついには主君に弓を引いたという説もある」


 ロボット先生の〈歴史と哲学〉の授業。「このことから、何が分かるだろう?」


 考察タイム。

 あたしは答える。「ハゲだから」


「そうだね。個人的な肉体や精神について、触れていいのは本人だけだ。マルを上げたいところだけれども、君の課題はそこだ、言葉は選ぼう。事実は必ずしも正義ではない。正義は万能でないし、現実にでもない。分かるね? 次の授業は、十分の休憩後」


 画面からロボ・センセイが消えた。

 それから十分後。

 センセイは予告通りに戻ってきたと云う。


 あたしはトイレが長引き、遅れたことでお小言を頂戴する。

 ついでに課題の出来に、センセイが蒸気を噴く。


「なんだこの創作文字は! 五つの要素(エレメント)のうち、組み合せの基本は四つ、詠みはインヨウの二つ! ミズとツチでドロになる、教えたよね!?」


 表音部はなぞるだけでいいのだけれども、表意部はトンチが混じって難しい。


 センセイは再び蒸気を上げて、「そんなに難しいことかな!?」


 簡単だったら、つっかえたりしないのに、どうしてそれに気付かないのだろう。


 面倒だったので、あたしは電源を長押しした。


 バイバイ、センセイ。

 たとえ、あたしが課題をサボっていたとしても、お小言を貰って嬉しい気分になれやしない。


 ──褒めて伸ばすのよ。


 ミセス・マダムが恋しい。


 学校代わりの自宅学習(ホームスクール)


 あたしの敵は目下、基礎共通(エクスペラント)語。


 憶える量にげっそりする。


 これの単位を貰っても、次は拡張共通(イクスペラメント)語。


 うんざりする。


 キッチンテーブルに広げた練習帳(ドリル)を見て、お父さんが、また怒る。


「毛深い勉強ばかりだ!」練習帳を取り上げ、バシバシと叩く。「なんだこの文字、古代語か! ラムセス二世(オジマンディアス)を讚えるのか、おお、王の中の王オイル・サー・ディーン! 石に刻むのか!?」


 ドリルをテーブルに叩きつける。

 パッとタブレットが点いて、お父さんがギョッとする。

 画面にセンセイの顔が映る。


「君は都合が悪くなると直ぐに回線を切る癖がある。それは褒められたことかな? それとも家庭の方針かな?」


 あたしはタブレットをぶん投げた。


 玄関の呼び鈴が鳴る。

 壊れたタブレットを回収し、新しいタブレットが支給される。


 これが褒められることなのかな?


「サム。すまんな」お爺ちゃんが謝った。「通知が来た──わたしは申請しようと思う」


 盗み聞き。あたしは思わず息を呑む。


「ドリーには、娘には、君から伝えてくれ」


「拒否するんです!」断固として、お父さんは云うけれども、お爺ちゃんは違った。


「毎日毎日、番号だ。通知か、申請か。わたしは疲れたよ」


「それが狙いなんです! 我々の──活動のことはいいんですか!?」


「君に任せるよ、サム」お爺ちゃんは大儀そうに云った。「君がテレビを捨てたのは正解だと思う。だがラジオは? 電話にコンピュータ通信網。分かっているはずだ」


「なぜ我々はヘビの尾を踏んでしまったのか!」お父さんは机を叩く。


 でも、〝ヘビの尾〟である〈アスクレピオスの杖〉の処方箋のお蔭で、あたしの喘息は軽くてすんだのだ。


「〝ウオの眼〟に気付いていたのなら!」お父さんが机を叩く。「一か八かなら火星です!」


「火星行きは、カネでもコネでもない。年齢だよ、サム」


「嘘ですよ、そんなもの!」お父さんは机をガンガン叩く。「やつらが何を考えているかだなんて分かるはずもない!」


「そうだな」お爺ちゃんは諭すように続けた。「なあ、サム。先週のことだ。近所で、夜間の外出制限を破って喰い殺されたという話を聞いた。遺体はひどい有様だったらしい」


「らしい! らしい! 伝聞ばかりで、正しい情報はどこなのか!」


「草食じゃない、雑食だ。連中は悪食だ。バナナで酒を造ってる」


「我々は思想まで統制されているわけではありません!」


「同じだよ。今だって見張られている。そして見せしめをする」


「わたしたちには多くの賛同者がいる──仲間がいる。運動は続いている。お義父さん、どこかで誰かが消された、何かが消えた──そんな話を聞きましたか?」


「今はまだない。わたしはね、サム。お目こぼしを貰っているのでないかという疑念を拭えないでいるんだよ」


「ええ、そうですね」お父さんは、穏やかに続ける。「その問題は、もう過ぎたのです、お義父さん。試合(ゲーム)はまだ終わっていません」


「そうか……そうだな」


「そうです、やつらを出し抜くのです!」


「そうだ! あんな毛深い連中を──、」


 ブツッと音を立てて、言葉が途切れた。


「ちっくしょう!」お父さんが机を叩いた。「毛深いやつらめ!」


 しばらく物音一つしなかった。


 なにか湿っぽい音と洟をかむ音。


 お父さんが泣いている。


 めそめそとした声が途切れ途切れにダクトを伝ってくる。


「電気ガス水道電話──インフラは動いてる。畑は機械が耕してる」

 震える声。

「ただ閉じ込められているだけだ! 口を開けて食事を待つ、それが人間なのか!?」


 あたしはダクトを塞いで、閉め出した。

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