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8.

 自らの居室のソファの上にて、後藤さんが言う。


「小学校の一学級が占拠された。同様のケースは直近にもあったよね。ホント、のっぴきならない事件だよ。子供を盾に取られると対応が非常に難しい」


 俺っちの隣で腕も脚も組んでいる伊織さんが「相手は?」と訊いた。


「あれ? ニュースで見てない?」

「見てないから訊いてるの」

「『アンノウン・クローラー』っていう連中だ」

「聞いたことはあるね。現状、表立った行動は起こしていないみたいだから、どれだけの実力を兼ね備えているのか、それはわからないけど。やり手なの?」

「今、その点が重要でないのは、伊織さんならわかるだろう?」

「まあね」

「声明をネットにアップするのが昨今の流行りだ。困ったものだよ」

「その詳細は? 被害状況は? わかってるの?」

「三年生の男のコと女のコが一人ずつ、殺されたようだ。連中はそううたっている」


 伊織さんの隣に立っている本庄君が、「それ、マジッスか……?」と低い声で問い掛けた。「朔夜君、君が憤るのはわかる。だけどもう起きた事実は覆しようがない」と後藤さんは静かに返答した。


「イイっスよ。現場だけ教えてください。俺がまるっとるッスから」

「だから、連中が犯した罪をゆるすことができないのは僕だって同じなんだよ。でも、なんの考えもなしに踏み込むとぐちゃぐちゃになる。到底、一人で行かせるわけにはいかないね」

「だったら、誰でもいいから、サポート役をアサインしてくださいッス」


 その言葉に対して「なんのために私がいるの?」と速やかに反応できるあたりに、やっぱり伊織さんの器の大きさを感じるのだ。そこには本庄君に対する根源的な愛情だってあるのだろう。


 伊織さんが、「犯人連中の要求は?」と知るべきことを問うた。


「野党第一党に政権を譲れってさ。無茶苦茶な話だ」

「ホント、馬鹿みたいな話ッスね」

「ねぇ、朔夜君。僕の言いたいことはわかるよね? 要求を飲むわけにはいかない。そうである以上、飲まない上で解決しなくちゃいけない」

「つまるところ、多少の犠牲は止むを得ないって言いたいんスよね?」

「君は知っておくべきだ。どうにもならない場合だってあるんだ。悲しいけれど、あるんだよ」

「それは、わかってるつもりッス。だけど、不可能を可能にしてやろうとは思ってるんスよ」

「生徒の親御さんには申し訳ないけれど、一人でも助けることがでれきば、そう悪い結果じゃないと思うんだ。御の字なんだよ」

「……くそっ!」


 本庄君がどかんと床を踏みつけた。


「伊織さん、やれることはやれるよね?」

「勿論って返事はするけれど、一つ訊かせてもらえる?」

「なんだい?」

「警察はどう動いているの?」

「無駄に動いている、というか動いてしまった」

「察するに、近づきすぎたせいで、子供にも警察にも被害が出たってこと?」

「そうだよ。だから、ウチを知ってる警察のお偉方から依頼が来たんだ。あわよくば『治安会』が解決してくれたら嬉しいなあっ、て。情けないよ。及び腰もいいところだ。そして、ミスがあればまとめて僕達のせいにしようとしている」

「ふぅん。やっぱりそういうことか」

「彼らにだって、投入できるニンゲンの数には限界がある。だから君達を処理に向かわせたいんだよ」

「ウチの残りのニンゲンをプラスしないのは、『治安会』のメンバーに欠員が出すぎると困るから?」

「正直、そうだ」

「ナメられたもんだね」

「そう言ってくれることを期待して、あえて言ったんだよ」

「あのぉ……」

「なんだい、ハジメ君」

「いえ。今回みたいなケースにおいては、俺っちの能力は役に立たないんじゃないかな、って……」

「役に立たないよ。犯人らはセオリーに忠実らしくてね。きちんと窓のカーテンを閉めている。サーマルを用いたところで限界があるとも聞いている。要するに、相手は実に上手いことやっているということだ」

「それじゃあどうして俺っちをアサインするんですか?」

「行動が制限されている中で解決しなくちゃいけないごたごた。そういった案件を体験しておいても無駄にはならないと思ってね」

「俺っちが加わると、足を引っ張ってしまうような……」

「ハジメ、ウザい。つべこべ言ってんじゃないよ」

「お、お、おぅ、わかったぜ。姐御に尻を叩かれたらやるしかないよな」

「繰り返しになるけれど、彼らがさらに児童を殺めてしまうケースは考えられる。でも、状況を動かさないことにはなにも始まらない」

「俺はやるッスよ」

「私も頑張っちゃう」

「俺っちもやれるだけのことをやります」




 小学校の五十メートルほど手前に検問が張られていた。周辺の道路も警察によって塞がれていることだろう。運転席の本庄君が窓を開けて身分を名乗り、校庭を見据えようかというところまで至ると、計三人の男らがマシンガンを斉射してきた。レンタル屋で拾った黒いワンボックスカーで来たことは正解だったと言える。愛車であるスイフトスポーツをハチの巣にされたら、伊織さんは滅茶苦茶キレたことだろうから。


 フロントガラスが割れる。細かく割れた破片が日差しを浴びてキラキラ光る。


 運転席の本庄君は退避行動を完了している。ナビシートの伊織さんともども座席のリクライニングを最大限後ろに倒しフラットにして、仰向けになっている。そうすることで弾丸をやりすごしているのだ。俺っちはダメだ。刹那ではあるが時間を要してしまった。なんとか二人の真似をして椅子を後方に倒した。ダメだ、本当にダメだ。間抜けだし、咄嗟の判断力なんて皆無に近い。


 伊織さんが「どうしようか」と冷静な声で言ったいっぽうで、本庄君は「どうするもなにもねーだろうがっ」と強い語気で述べた。


「決行する?」

「するに決まってんだろ。この馬鹿女が」

「それ、言いすぎ」

「うるせーよ」


 極端な話、マシンガンの弾は俺っちの鼻先をかすめるくらい近くを通る。そのたび、「ひぃっ」と思わず情けない声を上げてしまった。怖い。怖いのだ。非常に非常に怖いのだ。一発でも当たってしまったらオダブツだろう。かつては中南米の過激派ゲリラに所属していたというのに情けない話だ。だけど誰だっていよいよ死の寸前にまで追い込まれたら怖いだろう。俺っちは俺っちが思っているほどカッコよくないのだ。ピンチにだって強くないのだ。


「アンタさ、ハジメ」

「な、なんだい?」

「中南米にいた頃の重圧、プレッシャーはちょうどよかったとか、偉そうなこと言ってなかったっけ」

「い、今、まさにその時分を思い出していたんだ。でも結局のところ、俺は弱者にしかすぎなかったみたいなんだぜ、べ、ベイベ」

「遊び半分でヒトを殺してたってわけ? 好きな位置から、好きな相手を」

「ム、ムカつくよな。事が済んだら殴ってくれていい」

「うん。思いきり殴るから」

「や、やっぱ殴るのはよしてくれ。痛いのは嫌いなんだ」

「ホント、情けない男」

「で、でもだな、伊織さん、こんな経験、初めてなんだぜ?」

「もういい。黙りな。朔夜、行ける?」

「行ける行けねーじゃねー。やるんだよ」


 斉射が止まった。三人とも同じマシンガンを同時に撃ち始めたということだ。だから、同時にリロードを開始したというわけだ。その隙を感じ取ったのだろう。本庄君は車からおりた。どうアクションを起こすのかと思って見ていると、地を蹴りダッシュ。弾を撃たれようがダッシュダッシュ。無茶苦茶だ。それでも見事に三人を殴って蹴ってぶっ飛ばして見せた。ぶっ飛ばしたあと、三人に向けて銃を連射。本当に鮮やかに敵を沈黙させた。


「さすが私が惚れてる男。うっとりしちゃう」

「い、伊織さん」

「なに?」

「いいのかい、これで」

「まごついてたってしょうがないでしょ。朔夜の奴が言ってた通り、やるしかないんだよ」

「それってなんか、違うんじゃないか?」

「もっといい案があるなら言ってみな」

「……ないな、ベイベ」

「私達は死神なんだよ」

「死神だからって、そう上手くいくとは……」


 改めて本庄君が駆け出した。校庭へと駆け込む。


「ほ、本庄君はどうするつもりなんだ?」

「敵に向かってアタックする。アイツの頭にはそれしかない」

「でも、それじゃあ」

「もう問答をするつもりはないよ。ついてきな。アイツの仕事ぶりを見るいい機会だから」

「ライフルは必要かい?」

「要らないよ」

「ハ、ハンドガンだけだと不安なんだぜ」

「いざとなったら私が助けてあげるから」

「ほ、本当かい!?」

「嘘に決まってるじゃない。このチキン野郎」

「お、俺っち鶏肉は好きなんだぜ」

「アンタね、てんぱりすぎ」




 本庄君は表玄関の昇降口から忍び込んだらしい。マシンガンを携行した男が二人、転がっていた。なんという早業だろう。最低限の行動で命を奪う。それがとてもとても難しいことであるのは、俺っちくらいでも知っている。


 職員室等がある一階。やはり二人倒れている。一人は外傷も見受けられない。ただ首が変なふうに捻じれている。もう一人はピストルで眉間を撃ち抜かれている。この点についても、スムーズな仕事ぶりだと唸るしかなかった。


 伊織さんが「想定通りの動きだけど、ヤバいっちゃヤバいね」と発した。俺っちにも彼女がヤバいと言った理由がわかった。倒された犯人グループの連中は揃ってインカムをつけているのだ。みなで現状を共有しているということだ。一階から三階。それぞれのフロアを巡回しているであろうニンゲンから、たとえば定時連絡がなければ、当然、残りのニンゲンは身構えるはずだ。三階の教室を占拠している奴らだってそうだろう。だったらどうするべきなのか。スナイプしかできない能無しの俺っちにはやっぱりわからない。


 階段をのぼって二階へ、そして三階へ。まったく恐ろしい。本庄君はどの階の廊下もクリーンにしていた。どうしてそんなことができたのか不思議なくらいだ。あとは問題のクラスに突入するだけ。しかし、不運なことに教室の出入り口である引き戸には窓がない。中の状況はわからないということだ。次の瞬間、本庄君はおかしくなってしまったのではないかと思わされた。銃を片手に教室後部の出入り口のドアをがらっと開け放って、馬鹿正直に中へと押し入ったからだ。伊織さんが焦ったように「朔夜っ!」と叫んだ。階段室から飛び出して、現場へと向かう。俺っちもそうした。弱虫のくせして、体が勝手に動いた。


 けたたましく銃声が鳴り響く中、伊織さんが素早く壁に張りつき教室前部のドアを開け、相手に姿を晒すと同時に銃を構えた。だけど、すぐに銃を下げた。彼女に続いて中に入ったところで、その理由がわかった。本庄君はもうすべて終わらせていた。目出し帽のニンゲンが二人、窓際に転がっている。教壇の上には見たくもない……男子児童と女子児童の遺体が打ち捨てられていた。


 本庄君がこちらに向かって歩いてくる。左手からぽたぽたと血を滴らせながら。結構な出血量だ。相手はサブマシンガン。複数の弾丸をもらったのかもしれない。

 

 てっきり伊織さんは「大丈夫?」くらいの声を掛けるだろうと思っていたのだけれど、すたすた歩いていく彼を追うことはしなかった。その代わりにと言うべきか、教室に入るとしゃがみ込み、両腕を広げ、寄ってきた生徒達をまんべんなく慰めた。俺っちにも視線が集まる。そんなことをする資格なんてない、ないのだけれど、みなのことを順繰りに抱き締めてやった。




 翌日の夜。ホワイトドラムの一室。例によって後藤さんは一人掛けのソファにはつき、二人掛けには俺っちと伊織さんが座り、ソファの脇には本庄君が立っている。


「朔夜君。報告書は伊織さんから受け取った。最善の結果だよ」

「そうスかね」

「伊織さんの君に対する評価も最大限のものだった」

「連中はガキはってみせた。それだけっスよ」

「君の正義はとんでもない資質だよ。だけど、起きたことは起きたこととして、やっぱり受け容れるしかないんだよ」

「それでも俺は……」

「さて、本件についてもう少し話そうか」

「……はいッス」

「内閣の転覆なんておこがましいことを狙う。そんな真似をしたいニンゲンがいるとすれば、左派連中の誰かしかいない。この件においては三つ収穫があった。一つ。『アンノウン・クローラー』、すなわち『UC』だね。彼らの実行力は侮れないことがわかった。二つ。事件について最良の結果が得られた。三つ。ウチのメンバーに欠員が出てしまうようなことがなくてよかった」

「またなにか案件があるなら振ってくださいッス。今度はもっとうまくやるッスから」

「だから、君は今回の件について、この上なくいい結果をもたらしてくれたんだよ?」

「この世にいるのはイイ奴だけでじゅうぶんなんスよ」

「ヒトはそれをエゴと言うんだ」

「そうッスね……」


 俯くと、本庄君はきびすを返した。なにも言わずに部屋から出ていく。


「ハジメ」

「な、なんだい?」

「一人で帰ってもらっていい?」

「それはかまわないぜ」

「アイツがつらい時はそばにいてやらないとね。そんなもん要らねーって、どやされるのは目に見えてるんだけど」


 伊織さんは呆れたように肩をすくめると、立ち上がって退室した。


「それで、ハジメ君はこの一件を通して、なにか感じることはあったかい?」

「そうそう役に立てないことを知りました。悔しかったです」

「腕を磨けば、こなせる仕事の範囲がより広がる。そういう才能の伸ばしかたもあっていい」

「はい。精進します」


 本当に今回のケースは勉強になった。本庄朔夜というニンゲンが危険を顧みず、前だけ向いているのを改めて確認することもできた。本来は俺っちが背中で勇気を見せるべきなのだけれど、彼の行動力と決断力には、この先もずっと敵わないことだろう。


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