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6.

 家で寝ていると、本庄君からスマホに連絡があった。「これから行ってもいいスか?」なんて言う。彼は以前、来たことがあるので、この家を知っている。


 スマホを一旦耳から離して、ディスプレイの時刻を確認すると、もう十七時。十二時間以上眠っていたことになる。突然、電話相手が変わった。「嫌だって言っても行くから」と告げてきたのは紛れもなく姐御こと伊織さんだ。


「お、おぅ、二人一緒になのかい」

「当然でしょ」

「アルコールはないんだぜ」

「コンビニで買ってく。ピザでも頼んどきな」

「い、いつも通りの命令口調だな、ベイベ。そんなことより」

「ん? なに?」

「あとをつけられるようなことはナシだぜ? どこのどいつが俺っちの命を狙っているかわからないからな」

「馬鹿。誰に言ってるの」

「ま、そりゃそうか。失礼したんだぜ」

「ワインでいい?」

「今日は赤がいいんだぜ」

「了解」




 もう十一月だというのに、今日はずいぶんと温かい。本庄君は黒いロンTに七分丈の黒いズボン姿。雪駄ばきなのがなんだかオシャレだ。伊織さんはというと、パンツルック。ブラックデニムに同色のジャケット。彼女のなにが刺激的かというと、インナーが白い小さなタンクトップであるということだ。豊満すぎる胸が今にもこぼれてしまいそうである。爆乳とはこのことか。


「そんな恰好じゃあ、目立ってしょうがないだろう、ベイベ」

「出し惜しみしない性格なの」

「馬鹿なんスよ、コイツ」


 本庄君にそう言われた伊織さんは彼の耳を引っ張ったのだった。


 リビングに通した。コンビニ袋から出した酒瓶がごとごととちゃぶ台に置かれ、俺っちが注文した赤ワインも出てきた。


「宅飲みなんて、あまり経験がないんだぜ」

「そう考えて、来てやったんだよ」

「い、言うと思ったぜ。だけど、本当に嬉しいんだぜ」

「だろうね」


 ジャックダニエルの瓶を持った二人と乾杯。俺っちはちゃんとワイングラスを使った。


「イケてないよ、アンタ」

「ワインをラッパ飲みするなんて聞いたことがないぜ」

「でも、しな」

「め、命令なのかい」

「そういうこと」


 止む無くボトルに切り替えて、また乾杯。あらかじめ頼んでおいたマルゲリータの箱を二つ開ける。なにせ小さなちゃぶ台なので少なからず窮屈だ。


 伊織さんはがぶがぶ飲む。本庄君もがぶがぶ。二人のペースにつきあったら、いずれつらくなることウケアイなので、ラッパ飲みをしながらもテンポは守る。宅配のピザなんて初めてオーダーしたけれど、そう不味くはないものだと感じた。そもそも舌が安っぽくできているということだろうか。


「それで、今日はなんの用事なんだい、お二人さん」

「あまりにも暇だから来たの。言わなかった?」

「言ってたような気もするな」

「にしても、ホントに女の匂いがしない部屋だね」

「そそ、そうかい? そういうものかい?」

「好きな女くらいはいるの? いないの? 実際、どうなわけ?」

「す、好きな女性は、い、いたりするんだぜ」

「とっとと手ぇ出しちゃいなよ」

「そ、そうもいかないんだぜ。彼女は純粋なんだぜ」

「本当にそう? 実はヤりまくってんじゃないの?」

「か、可愛らしいんだっ。ホントにイイコなんだっ」

「だから、だったら告っちゃえばいいじゃない」

「そ、そう簡単にはできないさ、ベイベ」

「どうして? 今の関係がぶち壊しになるのが怖いから?」


 俺っちはここで、つまずき加減の咳払いをした。伊織さんの言うことは一々的を得ている。すべて見透かされているようでなんだか怖い。女性のみが持ち得る勘みたなモノがあるのだろうか。


「彼女、ガールズバーで働いてるんだ。接客は、そりゃ上手いものさ」

「じゃあ、やっぱりもうヤりまくってるかもね」

「だ、だから、そんな無情で下品なこと言わないでくれないかい?」

「告んなくてもいいからさ、金積んで、一発ヤらせてくれって頼むとか」

「お、俺っちがそんなことすると思うかい?」

「だってセックスしたいんでしょ? 男が女を好きになるのも、女が男を好きになるのも、究極的にはそういう気持ちがあってのことじゃない。ね、朔夜、そうだよね?」

「ここで俺に話を振んのかよ」

「アンタの意見も聞きたいから」

「あとつけて玄関に入ったところで、口塞いで強引にヤっちまえばいいんじゃないッスかね」


 あはははははっ、と開けっ広げに伊織さんが笑った。「そうだよね、そうだよね、アンタならそう言っちゃうよね」と言って、ますます笑う。その間も本庄君は平気な顔をしてウイスキーを飲んでいた。


「話、変えていいッスか?」

「かまわないぜ、ベイベ」

「どうしてハジメ先輩は今、『治安会』にいるんスか?」

「おや。話したことはなかったっけ?」

「聞いたことはあるかもしれないスけど、忘れちまったッス」

「さ、さすが本庄君。君は大物だぜ、ベイベ」

「軍に入ったのは、どのタイミングだったんスか?

「早く自立したかったくって、だから高卒で入ったのさ」

「早く自立?」

「ウチは片親なんだ。マザーしかいないのさ」

「それは、なんつーかその」

「嫌なことを訊かれたなんて、これっぽちも思ってないのさ」

「俺は幸せ者ッスね。親父もおふくろも健在なんスから」

「入隊する時は心配された。危ない現場だと思っていたみたいなんだぜ」

「そりゃそうスよ」

「だろうな、ベイベ」

「今の職は? なんて言ってるんスか?」

「警察官だって伝えてある」

「まあ、そう言うしかないッスよね」

「でも、俺っちにも若かりし日はあったんだぜ。ヒトを綺麗に撃ち抜く。そういった美学を持ち合わせていた時期も、確かにあったのさ」

「あ、ピザ、最後もらっていいッスか?」

「お、おぅ、俺っちの話は無視かい。ま、食べるがいいさ。ところで」

「なんスか?」

「……いや。やっぱりいいのさ」

「言い掛けたことはきちんと最後まで続けてくださいッス。気持ち悪いスから」

「じゃあ、訊くことにするぜ。お互い、もう恋をするつもりはないのかい?」


 ボトルを傾けるのをやめた伊織さんが目を丸くした。


「なに、それ、ハジメ」

「非常に原始的なことを訊いてるつもりなのさ」

「俺はもういいッス。伊織で懲りたんで」

「朔夜、懲りたってなに? どういう意味?」

「オメーはどうなんだよ」

「アンタが隣にいさえすれば、もう恋なんてしない」

「そういうことみたいッスよ」

「やっぱりラブラブじゃないか、お二人さん」

「ちょっと失礼」


 そう言うと、伊織さんは本庄君のあぐらの上に頭をのせて仰向けになった。


「やめろ、馬鹿。うざってーから」

「ねぇ、ハジメ。コイツ、つくづく礼儀がなってないと思わない?」

「俺っちには礼儀正しいけどなあ」

「女だからって、ナメられてるのかな」

「そんなことはないんだぜ」

「亭主関白になる?」

「そうだと思うんだぜ。違うかい? 本庄君」

「俺にはよくわかんないスね。なんにせよ、この女は守ってやる必要なんてないッスよ」

「案外、かよわいんだけど?」

「バーカ。一秒で見破れる嘘ついてんじゃねーよ」

「いいぜ、お二人さん。息が合ってて笑えてくるぜ」

「てかさ、ハジメ」

「なんだい?」

「アンタ、今時、テレビなんて見てるの?」

「それ、前に本庄君にも言われたんだぜ」

「古い刑事ドラマが好きとか? そうならアンタっぽいけど」

「えっと、だな」

「つまんねーこと訊いて、先輩のこと困らせてんじゃねーよ」

「てかさ、ハジメ」

「今度はなんだい?」

「アンタ、軍属だった折、神崎さんのこと、どれくらい知ってた?」

「また微妙な質問を寄越してきたな。本庄君の前で持ち出すような話題じゃないはずだぜ、ベイベ」

「その言いようからして、それなりに知ってたんだね」


 俺っちは本庄君に目をやった。彼は口元を緩め、肩をすくめて見せた。ツレがしょうもない話を蒸し返しても余裕で受け流す。そんな真似ができるからこそ、器が大きいと思わされるのだ。


「神崎一佐は有名だったんだぜ。現場に出ながら後進の育成もこなす。通称『神崎塾』。一佐の生徒は少なくないって話だった」

「朔夜、聞いた? 私の前の男はそれくらい優秀だったんだよ? きっと、アンタが想像もできないような男なんだよ?」

「うるせー、バーカ。今の奴は女房の体をまるっとたいらげて逃げ回ってる馬鹿で阿呆なカニバリストだ。ただの犯罪者にすぎねーんだよ」

「その考えには異議ナシだぜ。でもってだぜ? 俺っちは本当にお二人はお似合いだと思ってる」

「神崎さんを見つけるようなことになれば、アンタもぶっ放すってこと?」

「俺っちはそうするんだぜ」

「その言葉はなんだか嬉しいな。キスくらいしてあげよっか?」

「それは遠慮しておくんだぜ、ベイベ。スナイパーは孤独なんだぜ」

「カッコつけ」

「はははって、笑っておくんだぜ」


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