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5.

 その白い円柱の形状からホワイトドラムと呼称される『治安会』の本部に到着した。我らがボスである後藤さんの居室は四階。訪れてみると、後藤さんは薄暗い部屋にてゴルフクラブをスイングしていた。伊織さんもいた。今日は本庄君と一緒ではないらしい。彼女はソファの上で背後にいる俺っちのほうに横顔を向けると、「よっ」と手を広げ、フランクな挨拶を寄越したのだった。


 俺っちは伊織さんの隣に腰を下ろす。そのうち後藤さんもやってきた。向かいの一人掛けに座る。


「やあ、伊織さん、ハジメ君も。久しぶりに会うような気がするね」


 そうかもしれない。電話やメールで仕事を請け負うことはあっても、実際に顔を合わせるのは、ひと月ぶりくらいだろう。


 後藤さんは「今回の件については、君達をアサインしたい」と述べた。だから俺っちは、「どうしてなんですか? 伊織さんは本庄君の相棒です。ツーマンセルで動かしてしかるべきだと思いますけれど」と疑問を呈した。


「それはそうだ。だけど、総合的に勘案した結果として、君達二人が望ましいんだよ」

「どういうことですか?」

「ハジメ君、僕のデスクからノートPCを持ってきてもらえるかな」


 俺っちは言われた通り、リンゴマークが目印のノートPCを開いたまま、それを後藤さんに渡した。後藤さんはちょちょいと操作する。


 後藤さんは「見てわかるかい?」と言い、ノートPCのディスプレイをこちらに向けた。動画である。助手席から撮ったものだろう。ヘリが自衛軍の淡路駐屯地にある航空機の収納庫に、空対地ミサイルを撃ち込んでいる様子が生々しく映っている。


 俺っちは顔を上げ、後藤さんのほうを向いた。


「この動画は知ってます。話題中の話題ですから。アップしたとされるのは、十二歳のベイビー、男のコだって話ですよね?」

「ハジメ君、それは真実だと思うかい?」

「にわかには信じがたいです。その反面、映像がすべてを物語ってるとも思います、ベイベ」

「君は相変わらずだ。またベイベかい」

「あっ、す、すみません。ついクセが……」

「いいんだよ。ちょっとイジめてやりたくなっただけさ」

「あっという間に動画は運営によって削除されたましたよね」

「彼らの目的って、なんなんだろうね」

「世の中をただ引っ掻き回したいだけなんじゃないんですか?」

「まあ、いつの時代でもそういうはねっかえりはいるものだけれど」

「でも、とにかく問題は」

「そうだ。十二歳の男のコが当該事件に関わっているらしいということだ」

「だから、本庄君は外されたんですね? 彼に子供は殺せない」

「その通り。そして、本件について言うと、君ほど最適な駒はない」

「十二歳の男のコが首謀者かもしれない。本当にそう考えていいんですか?」

「ネットでも使って空自のニンゲンをたきつけた。そんなところだろう。中々のアジテーターじゃないかと、ある意味、僕は評価している」

「ヘリの現在地はわかっていないんですね?」

「その通りだ」

「軍のお偉方は頭が痛いところでしょうね」

「彼らはウチがスピーディに解決することを望んでいる。それだけなんだよ。ある意味、サボタージュしている」


 俺っちの隣に座り、首を前に多少もたげながら腕を組んでいる伊織さんが、「ボス、この件、あとに響くよ」と厳しい口調で言った。すると後藤さんは「そうだろうなあ」と、ぼやきながら、頭をつるりと撫でた。


「やるよ、ハジメ。私達の役割、理解したでしょ?」


 極右政権に対する極左組織のカウンター活動であることは予測がつく。だからといって、殺してもいいのだろうか。相手は子供だ。十二歳の男子だ。だけど予測通りのけいがあるのだとすれば、絶対に迷いはゆるされない。段取りについては黙っていても伊織さんが組んでくれる。そうなれば、俺っちはただ、狙いを定めてトリガーを引くだけだ。




 昼間、伊織さんが指定した駅のロータリーで待っていた。今回は従来の狙撃銃では事足りない。必要なブツは彼女が持ってくると言っていた。


 意外というか、思わぬことが一つ。本庄君がナビシートに乗っているのだ。「どうしたんだい? ブラザー」なんて軽く言うと怒られそうなくらい彼はおっかない顔をしているので、俺っちは後ろの席にそっと乗り込んだ。


 伊織さんが車を出した。


「ほ、本庄君、どうして君がこの車に乗っているんだい」

「隣の馬鹿女から案件の内容を聞かされたからッスよ」

「伊織さんから?」

「私が一人でどこかに出掛けようとする。そうなると隣の馬鹿男が事情を訊いてくる。出しゃばろうとする。それってもはや、しょうがないことでしょ?」

「あ、改めて本庄君?」

「今はいいッスよ、今は。いざその時になったら、俺はどういう行動起こすかわかんねーッスけど」

「でもね朔夜、彼らはもう、引き返せないところまで来てるんだよ」

「伊織さんよ、うるせーよ。テメーはただ車走らせときゃいいんだよ」

「私とアンタ、どっちが先輩?」

「うるせーっつってんだろうが」




 夕刻。静けさに満ちた倉庫街の一角にあるそれなりにのっぽなビルの屋上に、俺っちと伊織さん、そして本庄君の三人で陣取っている。周囲の風景は見渡せても、どこになにが潜んでいるのかまではわからない。だけど、この界隈で大きなローター音のようなものを聞いたという証言を得ることはできたのだ。


 すっかり日が沈んだ夜のなか、伊織さんは時折双眼鏡を使い、俺っちは対物ライフルのスコープから覗き込み、本庄君はというと、どっかりとあぐらをかいたまま紫煙をくゆらしている。


 そして、二十一時頃。そう大きくはない倉庫の青い蓋が開いた。丸みを帯びている天井は左右に分かれる仕組みである。ローター音が響く。伊織さんが「いいね、ビンゴ」と満足そうに言った。続けて、「ハジメ、撃ちな」と短く強い語気で述べた。対象はまだ姿を現さない。だけど、彼女が言いたいことは理解した。ヘリが視界に入ったらすぐに撃てということだ。


 伏射の姿勢の俺っちからは見えないけれど、後ろでは本庄君が伊織さんに詰め寄っているようだ。「待てよ、伊織」と彼は言う。「すぐに落とすんだよ、ハジメ」と再び彼女が言うと、「だから、待てっつってんだ!」と声を荒げた。


 だけど、ヘリを自由に泳がせるわけにもいかない。となると……。


 そのうち、ヘリがぬっと浮上した。その様子をスコープ越しに見ていた。黒いそれは対戦車ヘリだ。型番は忘れた。そんなこと今はどうだっていいだろう。無駄な思考に頭を割いている場合ではない。迅速さを欠けば機を逸してしまう。


 伊織さんが「とっとと撃ちな、ハジメッ!」と、またまた強い口調で言い、本庄君は「舵だけ壊して軟着陸させりゃいい! まだ訊くことがあんだろーが!」と叫んだ。俺っちが優先すべきことなんて決まっている。後藤さんからの厳命だ。感情に左右されるようなことがあってはならない。狙撃範囲に入ったその時、対物ライフルから弾丸を放った。キャノピーの横から目標を狙撃することになった。コントロールを失ったヘリはその場で不自然に回転し、まもなくして墜落した。轟音とともに火を吹いたのだった。搭乗していたニンゲンは生きているわけもない。


 怒りをぶつけるヤツがいるなら、それは俺っちだ。だけど、本庄君が掴み掛かった相手は伊織さんだった。


「なんでだよ。なんでおまえは、平気な顔して女子供を殺せるんだよ」

「アンタだって男なら殺すじゃない。ハジメ、さすがだね。一撃必殺。見事の一言。威張っていいよ」

「伊織っ!」

「じゃあ、どうやったら解決を見たの? 速やかに対案を出してみな」

「……ぐっ」

「ここで完璧に落とさなくちゃならなかった。下手に空中遊泳されるとうっとうしいし、市街地で無鉄砲にぶっ放されたら困るから」


 その時、俺っちはもう、大きなケースにライフルをおさめる作業に移っていた。作業を終えたところで、すっくと立ち上がった。本庄君の気持ちはわかる。美しい理想だ。だけど、『治安会』のニンゲンとしてどちらの論理を選択すべきかというと、やっぱり伊織さんのそれだと答えざるを得ない。俺っち達はとにかく泥臭くあるべきだ。汚れ仕事だって受け容れてなんぼだ。そこに疑問を挟んではいけないし、挟むべきでもない。帰りの車中では、誰も口を聞かなかった。




 後日談だ。


 防衛省に後藤さんが招かれ、ボディガードとして伊織さんと本庄君が選ばれたらしい。軍の背広組のトップから手柄を褒めてもらったことを素直に喜ぶべきだったのだろうけれど、女性や子供をことのほか大切にする本庄君の逆鱗に触れるようなことを、そのお偉いさんは言ってしまった。


「今回の君達の働きには感謝する。自衛官は潔癖であるべきだからね。同族殺しの汚名を着せるなんて、あってはならないことなんだよ」


 どうやらヘリを操縦していたのは退役間近のじい様だったらしい。その男にどんな考えがあったのかわからない。どういうふうにしてその思想に感化されたのかもわからない。あるいはくだんのガキんちょの背後にはもっと大きな組織の影があるのかもしれない。だけどそんなことは置いておいて。


 本庄君はそのお偉いさんをゆるさなかった。椅子から引きずり上げてぶん殴ったらしい。同じ場にいた後藤さんにはそうなるくらい予測できただろう。それでも連れて歩いたのは、彼にガス抜きをさせてやりたかったからなのかもしれない。


 本庄君が背広組のお偉いさんに吐いた言葉については想像がつく。


「同族殺しは嫌でも、それをウチの先輩に殺らせてんじゃねーよ!」


 イカした男だ、本当に。


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