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23.

 夕焼け空のなか、マンションの六階、屋上。俺っちは周囲を見渡せるそのポジションで、伏射の姿勢をとっている。敵の位置はほぼ同じ高さ、やはり屋上にアリ。いわゆる反社会的な勢力の連中だ。計三人。逃げおおせられては困るので、伊織さんと本庄君が上手いこと追い込んだ。もはや袋の鼠。姐御達ならその場で殺すことなんてわけなかったはずだけれど、今回は仕事を譲られた格好だ。


 息を詰める。

 狙いを定める。


 一発撃った。対物ライフルを使って。ヘッドショット。決まり。頭が吹き飛んだ。一人「クリア」と呟く。もう一発、二発。やはり敵の頭部を破壊。目当てのマンションまでは二キロ以上ある。自身の最長距離の更新ではないだろうか。


 スコープに本庄君の姿が映った。一つの死体を足で仰向けに転がして、こちらに向けてサムズアップ。褒めてもらえたことは素直に嬉しい。そこに年齢なんて関係ない。尊敬する人物に称えてもらえる。それは誇りだ。


 姐御はスマホでどこぞに連絡を入れている。多分、警察だろう。あとを引き継ぐつもりなのだ。顎で使われる格好の警官さん達だけど、それって役割である。文句をたれることなく仕事に励んでもらいたいのである。


 伊織さんからの通話要求。出てみると、「飲みに行くよ」の一言。「俺っち、荷物、持ってるんだけど」と訴えると、「持ってきなよ。サックス吹きに見えなくもないから」とのこと。ならいい。俺っちは飲み会の喜ばしさに胸を膨らませつつ、二人と街に出ることにした。




 初めて入る居酒屋だった。鯛の刺身を食べるなり、「まずいね」と伊織さんはバッサリ。「そうかあ?」と言って、本庄君はつるっと食べる。「アンタはつくづく舌が馬鹿なんだよ」と指摘されると、彼は「うるせー」と返した。


「にしてもだ、ハジメ君」

「なにかな、姐御」

「アンタ、やっぱ、磨くのはスナイピングの腕だけでいいよ。下手に近接戦闘を覚えて調子に乗られるほうが、フォローする側としてはうっとうしいから」

「う、うっとうしいとか言うなよ。俺っちはケンカも達者になりたいんだぜ」

「向いてないって言ってるんだよ」

「あぅ。やっぱりそうなのかなあ」

「足りないところを補い合うのがウチらじゃない。そこんとこ、履き違えちゃいけないよ」

「でもだなあ」

「この先もアンタの出番はきっとあるし、アンタの手を借りなきゃいけないケースにもきっと見舞われる。くどいようだけど、まずはスナイパーとしての精度を上げに上げること。いい?」

「姐御に言われると弱いなあ……」

「ま、日々、熱心に頑張ることだね」


 伊織さんの隣、壁際の席に押し込まれている本庄君が、「撃つのは敵だけならいいんスけどね」と意味深な発言をした。「どういう意味?」と姐御が真顔でやり返す。「他意はねーよ」と彼は言い、「抜かせ。ありまくりでしょ?」と彼女は言った。


「朔夜、アンタ、まだそういうこと言うわけ?」

「言うさ。完璧に信じてるわけじゃねーからな」

「へぇ」

「ああ」

「でもそれって、要は嫉妬でしょ?」

「違う」

「嘘だね、それって」

「違うっつってんだろうがっ」


 どういう内容のどんな会話であろうと、二人のやり取りは微笑ましく映る。伊織さん、本庄君。君達のあり方がずっとそうであればいいなと思う。いつまでもらしくあって、いつまでも一番の仲良し同士であればいいな強く願う。




 さて、今日も俺っちは励むのだ。最近、思ったより仕事は多い。スナイパーライフルで撃ち抜く程度なら死体は原型を留めているのだけれど、対物ライフルまで持ち込んだ際には相手の体は吹き飛んでしまう。心は痛まない。最近になって痛まなくなった。『情報部』の知らせは信じているし、後藤さんから「れ」と言われれば、そこに正義があると信じているから。クールな狙撃手を気取りたいのは、今も昔も変わっていない。


 そんな調子なんだけど、親にはちょっと謝りたい。母ちゃんはまさか殺人を犯すような子を産んだ覚えはないだろうから。次、帰省した時には、また嘘をつく必要があるだろう。警察官としてまっとうな生活を送っているんだ、って。


 母ちゃん、ごめん。死んじまった親父、マジでごめん。お二人さんの期待を、俺っちは絶対に裏切っている。だけど、今の職が好きだから、今の仕事仲間はかけがえのないヒト達だから、どうかどうか、ゆるしてほしい。


 本日最後の対象を撃つ段になって、左の目尻から頬にかけて涙が伝った。


 あれ? と思った。


 どうやら俺っちは根っからの殺戮マシーンにはなれないらしい。ヒトの人生を断つことについては悲しみくらいは抱くらしい。


 さようなら、悪者さん。

 生まれ変わったとしても、悪者にはなるな。

 そして、二度と俺っちの視界に入るんじゃねーぞ?


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