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22.

 夜。ホワイトドラムの二階にあるオペレーションルームを訪れた。伊織さんと本庄君とともにである。暗い。PCの明かりだけが煌々と照っている。俺っち達をここに呼び出したのは、黒峰曜子ちゃんだ。


 曜子ちゃんは言った。


「すみません、泉さんに本庄さん、お越しいただいて。ああ、それにミユキさんも」


 俺っちはまるっきりついでの扱いらしい。ちょっと、いや、少なからず涙してしまいそうだ、とほほのほ。


 伊織さんは曜子ちゃんの細い首に後ろから両腕を巻きつけた。続いて首筋に唇を押し当てる。「んー、いい匂い」などと言う。「ひっ」と短い悲鳴を上げた曜子ちゃんである。なんだかとてもいやらしく映る光景だ。「はあはあ」と息を喘がせる彼女。果ては色っぽい声で「や、やめてください、泉さん……っ」と訴えた。


 伊織さんが体をまっすぐ縦にした。曜子ちゃんはたび深呼吸をしたところで。ようやく落ち着きを取り戻したようだった。


「じゃあ、用件を聞かせてもらえる?」

「ついさっきです。ルーファスらしき人物が網にかかりました」

「ああ。実はルーファスの顔は『情報部』のニンゲンがちゃんと写真におさめてたんだっけ?」

「そうです」

「にしたって、よく見つけたね」

「いざなみ市のすべての監視カメラの映像を三十分ごとに抽出しています。そして、ルーファスとおぼしき人物の顔が検索条件に引っ掛かった場合は、私が所持している端末に通知されるよう、プログラムを組みました」

「黒峰ちゃんの情報なら信じよう」

「ルーファスはその建物に入ったままです。間違いありません」


 本庄君が、「酒でもかっ食らって、女でも抱いてるのかねぇ」と嘲笑するように、蔑むように言った。「そうじゃないの」と簡単に同意したのは伊織さん。彼女いわく、「私ね、悪者としてのルーファスのこと、あんまり買ってないんだよ」ということだった。「小物っぽいからね。勘だけど」というのがその理由らしい。


 曜子ちゃんの「動かれますか? でしたら、おともしたいんですけれど」という言い分に対して、姐御は「危なっかしそうだから、じっとしてな」と返した。


 ぴしゃりと言われてどことなくしゅんとなってしまった曜子ちゃんに対して、伊織さんは「黒峰ちゃんの能力を疑ってるわけじゃないよ」と言った。「だけどね、荒事には一気にじゃなくて徐々に馴れるべき」と続け、「なにせ君はヴァージンだしね」と茶目っ気たっぷりに締めくくった。


「で、ですから、泉さん、それはっ」

「あはは。可愛い可愛いっ」

「からかうのはやめてくださいっ」


 本庄君がいち早くオペレーションルームをあとにする。伊織さんはルーファスがいるとされる座標と建物をディスプレイで確認。それから彼に続いた。俺っちも追い掛ける。なるたけ修羅場は勘弁願いたいぜと思いながら。




 夜も更けた頃。目的地は繁華街からずいぶんと逸れた位置にある、年季の入った娼館だ。場末ながらもクォリティは高いということだろうか。ひとたびひょいと顔を覗かせれば店の出入り口が見える路地に、本庄君は身を潜めている、煙草をすぱすぱと何本も吸いながら。ひょっとしたら、対象が出てきたら一人で強行するつもりなのかもしれない。それは控えてほしい。向こう見ずな行動は避けてもらいたい。誰も失ってはならない。それが『治安会』の絶対的な決め事であるはずだから。


 俺っちは五階建ての建物の屋上から、娼館の出入り口を狙っている。いつでも来いよの態勢。本当にいつでも撃てる。隣には姐御こと伊織さんの姿。彼女は立ったまま、双眼鏡での監視を続ける。これから一戦交えようという段だ。だから人通りが皆無と言っていいのはラッキーでハッピーと言える。


「姐御。本当に出てくると思うか?」

「アンタ、黒峰ちゃんの情報にいちゃもんつける気?」

「そ、そういうわけじゃないんだぜ? でもなあ、なんだかなあ」

「なにが言いたいの?」

「い、いや、それはその、だな」

「彼女がそこにいるって言うなら、そこにいるんだよ。仲間を信じないことには、チームワークは成り立たない」

「そうだよな。それにしても、どうして姐御は本庄君のそばにいないんだい?」

「近距離でのドンパチなら一人でやるって言って聞かなかったからだよ。まったく、こっちのことをかわいいと思ってるなら、隣に置いてくれたっていいだろうにね」

「そうしないからこそ、そこに本庄君の並々ならぬ愛を感じるんだぜ」

「同感。おっ、出てきた出てきた。確かに革ジャケに革パンだね。髪も真っ赤。ティアドロップは、まあまあ似合ってるか」

「間違いなくアイツがルーファスなんだぜ」

「取り巻きはちょうど十人だね」

「それなりの人数だぜ」

「表通りに出られちゃかなわない。ここでらないとね」

「いくら本庄君でも、鉄砲持った十人はヤバいぜ」

「だから、アンタが援護するんじゃない」

「それはわかってるさ。でも、一発撃っただけで射線が特定されないとも限らないんだぜ。その上で建物の陰にでも隠れられたら手の打ちようがないんだぜ」

「ま、一理あるね」

「じゃあ、どうするんだい?」

「予定変更。やっぱり私が出ることにする」


 俺っちは慌てた。伊織さんが五階の屋上からいきなり飛び降りたからだ。慌てふためき下方を覗いてみると、二階の高さにあるコンクリート製のひさしの上に、彼女は着地していた。さらにその高さから地面に降り立った。思い切りがよすぎる。というより、とにかく肉体の頑健さ、それに運動神経のよさに舌を巻くより他にない。とてもではないけれど、フツウのニンゲンにはできない芸当だ。


 伊織さんが路地を走り抜ける。あっという間にルーファス達の後方に回り込み、連中に向けて発砲した。俺っちはその様子をスコープ越しに見ていた。背後からいきなり撃たれたわけだ。連中はとてつもなくびっくりした様子で振り返る。


 続いて本庄君が路地から飛び出した。不意打ちは成功し、挟み撃ちの格好。同士討ちを避けるためだ。伊織さんが一度、建物の陰に引っ込んだ。彼はというと、真っ向から撃ち合うことをやめない。両手に持った銃の弾が切れるまで撃ち続けるつもりなのだろう。


 本庄君、俺っちは君を尊敬する。鉄砲を前にしても、引かないし、退かない。そんな勇気を持ったニンゲンがこの世に何人いることだろう。現状、怪我はしていないようだ。堂々と戦ったほうが、かえってダメージを負わずに済むのかもしれない。


 右方の路地から援軍が駆け出てきた。さすがに劣勢だ。弾丸の数にだって限りがある。ルーファスの周囲にはいよいよヒトの盾ができてしまった。


 はっとなった。伊織さんと本庄君の勇ましい戦いぶりに見惚れている場合ではない。俺っちの役割を果たさなければならない。とっとと参戦しなければならない。確実に仕事をこなさなければならない。


「みなさん、じっとしててくれよ。こっからは俺っちの時間だかんな……?」


 そう呟きつつ、狙撃を開始。一人、二人とヘッドショット。まだだ。まだ殺れる。あと一人、二人は確実に殺れる。


 そう思い、もう一発放とうとした時だった。こちらのポジションのすぐ後方に着弾した。弾丸はコンクリートと擦れ合ってチュンッと音を立てた。「な、なんだ!?」と乱れた声が出た。右方に目をやると、数百メートル離れた先の七階ほどの高さのビルの上に、かすかに映る人影を視認した。


 くそっ。


 ルーファスって奴は、本当に長けた”戦略家”みたいだ。その二つ名に名前負けしていない。むしろふさわしいように思う。いつ仕掛けられてもいいように、自前のスナイパーを常に配置していたのだ。やる。間違いなく奴はやる。


 口から、「くっ……」という声が漏れた。にっちもさっちもいかないとはこのことだ。このままルーファスを撃っても高確率で仕損じる。だからと言って、敵スナイパーにライフルを向けるいとまもない。


 どうする?

 どうすればいい?


 伊織さんは賢明だ。無理だと感じたら、派手なアクションは慎むだろう。でも、本庄君は? 彼はきっとやめない。やり遂げるまで戦い続ける。とことん勇者なのだ。


 本庄君。

 でも、この場はやり過ごしてくれないか?

 先輩からのお願いだ。

 どうか俺っちの心を汲んじゃくれないか?

 君を失うことを望んでいるニンゲンなんて、いやしないんだから。


 そんなふうに内心で祈っていると、本庄君がいきなり身を翻した。逃げ出したのだ。否、正確にはそうではない。彼に逃走なんて選択肢はないはずだ。なにか考えがある。ルーファスの兵隊達が彼の後ろから発砲する。当たらない。ジグザグに動いてマシンガンの斉射すらやり過ごす。伊織さんは伊織さんで、こちらに引き返すようにして駆け出した。追っ手がかからないようにするためだろう、多少、遠回りをしながら路地を走る、走る。


 敵スナイパーが本庄君を狙い撃つ。二発、三発。彼はやっぱりランダムに走ることで巧みにマークを外す。


 そうか、そういうことかとやっと気づいた。伊織さんも本庄君もスナイパーの存在を察知したのだ。そいつがちょっかいをかけてくるであろう以上、分が悪いと判断したのだ。大したものだ。俺っちの肌はそこまで敏感じゃない。


 もはや相手は本庄君に気を取られている。だから、こちらから狙撃してやることは簡単だった。右方に向けてライフルを構え直し、敵スナイパーを駆逐。ヘッドショット。クリア。


 戦闘が長引くのは望ましくない。相手の数がさらに増えて、この屋上にまで押し寄せられたら打つ手がなくなってしまう。


 急いで非常階段をおりる。ビルの裏手にとめてあった黄色いスイフトスポーツの中にはすでに伊織さんと本庄君がいた。ラゲッジスペースにライフルが入ったケースを置き、後部座席に乗り込む。彼女は車を急発進させた。


 繁華街を突っ切った。ドリフトしながら左折、片側二車線の道路へ。なんとも慌ただしい中、本庄君が余裕といった感じで、煙草の切っ先に火をつけた。そのうち街を抜け、短い間隔で設置されている信号に引っ掛かったところで、伊織さんは「ふーっ」と息をついたのだった。


「ま、今日のところはこんなもんかな」

「あ、姐御、それってどういうことなんだい?」

「ルーファスってヤツを間近に観察することが目的だったんだよ」

「ほ、本庄君。そうなのかい?」

「殺れるようなら殺ってましたけどね、俺の場合」

「戦略的撤退ってことかい?」

「カッコつけた言い方をすると、そうなるッスね」

「ルーファス、ルーファス。それなりにやるみたいだから安心したよ」

「あ、安心しちゃうのか、伊織さんは」

「そういうこと」

「で、できれば作戦目的は事前に知らせてほしいんだぜ、ベイベ」

「言ったら言ったで、アンタ、緊張しまくったでしょ?」

「そ、それは、だな」

「ホント、今夜はこれくらいでちょうどいいんだよ。偵察さえできればよかったの。敵の圧、プレッシャーがどれくらいのモノなのか、それをじかに感じて評価したかったってだけ」

「あんな死地に足を踏み入れておきながら、て、偵察っていう言葉で済ませるのかい?」

「そうだよ、悪い?」

「あ、相変わらず切れ味のある回答だぜ。で、でもだな」

「なに?」

「姐御は退路を確保した上で戦闘した。けど、背を向けるしかない本庄君はこの上ない危険に晒された。正直、運があったとしか思えないんだぜ。なにせうしろからパンパン撃たれたんだからな。ハチの巣にされたって、おかしくはなかったと思うんだぜ」

「ちんけなシチュエーションで背後から弾を食う程度の男なら、私は好きになったりしない」

「そそ、そうなのかい?」

「だ、か、ら、アンタちょっと慌てすぎ。でも、私と朔夜の身を案じてくれていることはわかるし、だからこそ、君のことは嫌いじゃないんだよ、ハジメ君」

「ハジメ先輩」

「な、なんだい、本庄君」

「確か前にも訊いたッスけど、ウチにとっての最大の脅威って、なんだかわかるッスか?」

「それは、その」

「そうッス。数っスよ。大挙して押し寄せられたら逆立ちしたって敵わない」

「だったら、警察に情報を展開して、彼らの物量に任せればいいんじゃないのかい?」

「物量で押し潰すのは妙手とは言えないッスね」

「ど、どうしてだい?」

「警察の奴らはきっとどこかで間抜けさを露呈してみせるからッスよ」

「それは偏見なんじゃないかい?」

「これは俺達が片づけるべき案件なんス」

「つまるところ、結論としては、そういうことなんだね?」

「そういうことだよ。事はスマートに進捗させないとね」

「わかったぜ、姐御殿。事を成すにあたって俺っちが必要になったら――」

「その時にはボスから指令が出される」

「だろうな、ベイベ」

「さて、今日はこれからどうしよっか?」

「飲みに行こうぜ。焼酎三本は空けてやる」

「私の相棒はそんなことを言っているのですが、ハジメ君」

「付き合うぜ。ああ。なんだかんだ言ったって、俺っちは朝までだってつきあってやるのさ」

「やっぱさ、修羅場くぐるとテンション上がるよね」

「まさにその通りなんだぜ、ベイベ。今夜はせいを実感したんだぜ」

「よかったね」

「ああ。いい体験だったさ」

「向上心はあるんだね」

「むしろ、向上心のカタマリなのさ」

「これからも上手くやっていけるといいね」

「努力するさ、姐御殿」

「頑張れ、臆病者」

「ははっ。頑張るんだぜ、ベイベ」


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