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21.

 夕刻。三人でアーケードを歩いていた。黒服三人は目立つだろうけれど、とにかく歩いていた。急にたたっと本庄君が駆け出したのでなにかと思ってあとに続くと、彼はペットショップの前で立ち止まったのだった。


 ガラスの壁の向こうでウェルシュコーギーのちびっこが、本庄君に愛想を振り撒いている。彼はその様子をガン見している。ワンちゃんはまさにはふはふといった息遣い。遊んでほしいのだろう。


「ダメだよ」


 そんなふうに、まるでお母さんが叱るみたいに注意したのは伊織さんだ。


「んなこたわかってんよ。ただ尻尾振るしかないコイツは哀れだろってな」

「そんなふうに思うなら、なんで走ったの? なんでかじりついてるの?」

「だから、馬鹿だと思ってっからだよ」

「理由になってない」

「俺は犬が嫌いだ」

「行動と矛盾してる」

「実は猫も嫌いだ」

「本当は好きなんでしょ?」

「ヤだよ、こんなの、めんどくせー」

「ホント、アンタは矛盾してる」

「そんな俺もいるんだよ」

「そうらしいから、呆れてる」


 溜息をついた姐御である。




 アンティーク調を前面に押し出している喫茶店に入った。伊織さんは本庄君を奥へと押し込むようにして席についた。うざったそうな彼。いっぽうで一人ソファに座る俺っち。いつか自分にも一緒にお茶を飲んでくれる素敵な恋人がっ……なんて考えたりするのだけれど、それは希望的観測というヤツだろう。だからこそ、なんだか悲しいのだ、とほほ。


「それで、なんだけど、俺っち達三人は、これからどう動けばいいんだい? そのへん、伊織さんだけは聞かされているんじゃないのかい?」

「伊織に訊くまでもないッスよ。『OF』だろうが『UC』だろうが、見つけ次第、襲うんスよ。ソッコーでぶっ殺してやるんスよ」

「え、えっと、本庄君。その草の根作戦はヒドく手間がかかるし、なにより危険なんじゃないかな?」

「なにもしないよりは、よっぽどマシじゃないスか」


 本庄君が「いてっ」と言った。伊織さんが彼の側頭部をぽかっと小突いたのだ。


「我がバディの意見、理屈は実に阿保くさい。私は手間も危険もめんどくさい」

「だったら黙ってろよ。俺一人でやっからよ」

「といったわがままを言い出すから、私が面倒を見てやんなきゃいけないわけだよ、ハジメ君。苦労がたえないとはまさにこのことだよ。君にわかるかな?」

「わかるけど、じゃ、じゃあ、どうするんだい?」

「さあ。なるようになるんじゃない?」

「なるんじゃないって、姐御……」

「ある程度は自然の成り行きに身を任せる。いざとなれば一気に攻め込む。大丈夫。チャンスは必ず来るはずだよ」

「テメーのやり方ってのは、まどろっこしいっつーか、受動的なのな」

「私の言うことは聞いときな、この脳筋野郎」

「うるせー、クソ女」




 夜の街を行く中、伊織さんと本庄君が談笑を始めた。あははははと笑い合う。普段から仲がいいのか悪いのか、本当に評価が難しい二人である。と、その時、本庄君の右肩にイケイケな感じの赤いスカジャン姿の青年が接触した。しりもちをついた状態で、「な、なにすっだよ!」と声を荒げる。愚かな若者よ。問いたい。君はこのゴツすぎる男にケンカで勝つ自信があるのか?


「いてーよ馬鹿、ふざけんなよ馬鹿、死ねよ馬鹿」


 本庄君の口振りにはまるで容赦がない。馬鹿三連発である。彼は女性と子供以外は全部死ねばいいとすら思っている極端な人格者だ。


 ふと本庄君が腕を組んだ。それからいきなりもいきなり、しゃがみ込んで「先輩、せんぱーい、嫌でちゅー、恐いでちゅー」とか言い出した。相手は三人。嫌? 怖い? グリズリー三頭相手でも、そんなこと、彼は述べたりしないだろう。すなわち、俺っちに相手をしてやれと言っているってことだ。


「ほ、本庄君、俺っち、そのわざとらしさはどうかと思うんだぜ?」


 頭を抱えてしゃがんだままの本庄君である。まもなくして「きゃーっ」と、わざとらしい悲鳴を上げつつ、姐御も続いた。いい大人のくせして、まったくなんたる悪ふざけか。


 ちょっとドキドキはしたけれど、以前言われた通りに、左手を下げてぶーらぶら、デトロイトスタイルをとった。先頭のスカジャン男が怯んだ様子を見せたので、踏み込んでジャブを一発。鼻面に決まった。またたく間に鼻血を噴き出して見せた。俺っちの口からは、思わず「おっ」と声が漏れたのだった。


 だけど、もう一発と見舞おうとしたところで、三人は「ひぃぃぃっ」と揃って悲鳴を上げつつ速やかに立ち去ってしまった。勝ち戦なのに勿体無い。そう考えてしまうあたり、俺っちは小物っぽいのだけれど。


 後ろからいきなり本庄君に横抱きにされたのでビックリした。


「やるじゃないッスか、ハジメ先輩」

「い、いや。本庄君の教えがなかったら、どうにもならなかったんだぜ」

「俺、先輩を教え子だと思ったことなんてないッスよ」

「それでも君は師匠なんだぜ。っていうか、お姫様抱っこはよしてくれないかな?」

「あははっ。そッスね」


 本庄君に下ろされたところで、姐御にほっぺにチュッとされた。「今のアンタはカッコよかった。その調子、ずっと続けなよ」と言われた。


 俺っちはここで初めて照れた。本庄君に軽々と持ち上げられたことには驚いたし、まさか姐御の唇の柔らかさを知ることになるとは思ってもいなかったけれど、男としての強さをアピールできたことは気持ちがいい。やっぱり、男は腕力があってなんぼだ。強くなければ男子ではないのだ。


「どうする? 飲み行く?」


 姐御がそう尋ねてきた。


「俺っちはやめとくんだぜ。無性にジムに行きたい気分なんだぜ」

「朔夜は?」

「俺は飲みてーな」

「私はヤだ」

「なんでだよ」

「早くセックスしたいから」

「また馬鹿みたいなことをおくびもなく言いやがんだ、テメーは」

「抱け、私をっ」


 姐御はそう言って、本庄君の左腕にしなだれかかった。


「気は進まないんスけど、どうやらそういうことみたいなんで」

「お二人さんの関係性は羨ましいんだぜ」

「えっと、佳代ちゃん、でしたっけ?」

「彼女のことはもういいんだぜ。俺っちに見る目がなかったっていうだけなんだから」

「へぇ。頼もしいこと言うじゃないッスか」

「だろ? 本当に俺っちはもう、佳代ちゃんのことに関しては、なにも気にしちゃいないんだぜ。強くあろうとすることが、今の自分に課しているテーマなんだぜ、ベイベ」

「了解ッス。じゃあ俺達、もう行くッスね」

「ああ。行くがいいさ」


 本庄君が振り返り、向こうへと歩み出す。彼の腰に右手を巻きつけた伊織さん。仲睦まじい光景だ。美男美女だから余計に絵になる。俺っちも女性とあんな関係になりたいなあ、とは思う。だけどやっぱり多分、無理だろう。カッコよくないことはわかっているつもりだ。イケてないことにだって自覚的だ。


 しばらくは仕事を頑張ろう。

 恋人を作るのはもっと立派になってからだ。


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