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2.

 『治安会』に入って、俺っちはそれなりの満足を得るに至った。スナイプという仕事がしばしば生じるのだ。悪さをしでかしたニンゲンを対象化し、静かに殺害する。業務をこなすたびに都度、胸のすく思いがした。自分が常に正しいことをしているとまでは考えないけれど、少なくとも、悪者をやっつけたという正義の味方的な余韻に浸ることはできた。


 組織に馴染むにつれて、同僚とも親しくなった。その筆頭としてあげられるのは、個人的には、いずみおりさんだと勝手に思っている、本当に勝手にだ。明眸皓歯。艶やかなセミロングの黒髪。健康的な浅黒い肌。この上なくセクシーな体つき。脚も非常に長い。頭のてっぺんからつまさきまで窮屈なところがまるでない。言わば神様のマスターピース。とにかくハイスペックなボディなのだ。そんな彼女を見てスケベな妄想を抱かない男なんていなに違いない。とはいえ、たとえば俺っちなんかはまったく相手にしてもらえない。同い年なのだけれど、ひとたび会話を始めると、主導権を握られっぱなしになる。


 伊織さんには、特別、可愛がっている後輩がいる。その人物の名は、ほんじょうさく君。百八十なかばののっぽさ、服の上からでもわかるマッチョさ。スゴい体だと感じさせられるし、異性からすればそれに輪をかけて魅力的に映ることだろうと予想される。やっぱり体の大きさ、筋肉のデカさがないと、強靭には見えないということだ。肉体に説得力がなければ本当の男とは言えない。痩せっぽちで無敵なのはアホっぽいライトノベルとマンガの世界だけの話だ。


 本庄君が後藤さんの手によって本庁から引き抜かれた二年と半年前から、伊織さんは彼の面倒を見ている。羨ましいのだ。羨ましい限りなのだ。相棒同士であることにはちょっぴり嫉妬。だってそうではないか、ふはははは。妬くことくらいしかできないではないが、ふはははは……しょぼん……。




 とある日、飲みに誘われたのである。伊織さんにだ。電話にて「来い」とのお達し。おぉ、珍しいこともあるものだと嬉しく思いつつ、喜び勇んで店を訪れた。四人席のテーブルに二人が向かい合って座っている。


 伊織さんの隣につこうか本庄君の隣につこうかと若干迷った末、彼のほうを選択した。彼女の横を選んだなら「そっちに座りな」と怖い目で叱られるに違いないからだ。別に嫌われるような真似をしていないのに、嫌われているような気がしていてなんだか悲しい。


 伊織さんに本庄君、二人はヘビースモーカーなので、しきりに煙を吸って吐いてを繰り返す。うっとうしくはない。格好良く映るだけだ。美男美女の特権と言えるだろう。


「伊織さんに本庄君、最近、仕事の調子はどうだい、ベイベ」

「ねぇ、ハジメ」

「なにかな? なんだぜ」

「アンタさ、自分のしゃべり方、激しくスベってるって思わない?」

「ぐっ。伊織の姐御、でも、これが俺のキャラなんだぜ、ベイベ」

「だからそれ、スベってるって言ってるの」

「ぐっ……」

「そんなアンタでも飲みに誘ってやる。私っていいヤツでしょ?」

「そ、その点はですな」

「もうしゃべんなくていい。ベイベベイベうるさいから」

「くっ……。ほ、本庄君もそう思うのかい?」

「いや。俺はそんなに気にならないッスよ。人生の先輩だし。敬う気持ちを捨てるつもりはないッス」

「君はいいヤツだぜ、ベイベ。これからも仲良くしてほしいんだぜ、ベイベ」

「あー、でも、ベイベベイベ言うのだけは、やっぱ勘弁願いたいッスね。うざってーから」

「け、結局、君も伊織さんと同じことを言うのかい?」

「で、どうなの? ハジメに仕事は降ってきてるわけ? 例えば、最近、報道にもあったでしょ? 極左の議員が狙撃で殺されたっていう事件。あの一件、私はまるっきりノータッチだし、報告書も読んでないんだけど」

「ああ、あれはだな」

「アンタの仕業なの?」

「マスコミってのは、右寄りはいじめても、左巻きには甘い。ボスはそういった公平じゃない状況が面白くないんだそうだぜ、ベイベ」

「今のご時世、弱小にすぎない左翼をいじめても意味なんてないと思うけど」

「それでも、厳命だったんだぜ、ベイベ」

「ホント、ベイベベイベうるさいね」

「だ、だから、そう簡単にスタンスは崩せないんだぜ」

「ハジメ先輩のこと、やっぱスゲーって思うッスよ」

「おぉ。本庄君は俺っちの能力を買ってくれているわけなのか、ベイベ」

「俺、スナイプに関しては門外漢ッスからね。だからなおさらスゲーって思うんスよ」


 本庄君がサーモンの刺身をぺろりと食べた。


「ああ、なんだか、伊織とハジメ先輩見てたら、俺って無能なんだなって思わされるッスよ」

「そんなことないぜ、ベイベ」

「どうしてッスか?」

「君は見るからに立派じゃないか。体が大きいってのは一つの才能なのさ」

「そうッスかね」

「そうさ。ご両親に感謝する必要があるのさ」

「ハジメ先輩、たまにはいいこと言うッスね」

「た、たまにはってのは余計だね」

「まあ、俺の場合、鉄砲向けられても突っ込むだけッスよ。馬鹿ッスから」

「君がそうしないための安全弁。それが伊織さんだと俺っちは思うな」

「ま、それはわかってるんスけどね」

「朔夜。アンタが死んだら私は困る」

「なんでだよ」

「セックスの相手がいなくなっちゃうから」

「せせ、セックス?」

「どうしてアンタが目を白黒させるのかな、ねぇ、ハジメちゃん?」

「そうッスよ。男と女が二年も一緒にいるんス。となると、ヤっちまうのって、当然なんじゃないッスかね」

「い、いやね、本庄君、常々、そうじゃないかとは思っていたんだけれど、いざ聞かされると驚いちまうんだぜ、ベイベ」

「ホントは俺はどうでもよかったんスけれど、伊織のヤツがせがむから」

「馬鹿言うな、後輩。アンタがメチャクチャしたがったんじゃない」

「ま、そんな話、どうだっていいわな」

「異議ナシ」

「な、なんだかスゴいぜ、お二人さんってばスゴいんだぜ、ベイベ」

「ハジメってさ」

「んん? なんだい、ベイベ」

「いや、実は童貞なんじゃないかと思ってね」

「な、ななな、そんなわけないジャマイカ」

「ジャマイカ? アンタってつくづくオワコンな感じ。でも、ホントに?」

「ホ、ホントだぜ?」

「嘘っぽい」

「う、嘘なんてついていないんだぜ」

「いいや。嘘っぽいね」


 伊織さんはテーブルをバンバン叩きながら、「あはははははは」と笑った。


「そうかそうか。ミユキ・ハジメ氏は三十二にもなってチェリーなのか」

「だ、だからそんなこと一言も――」

「朔夜はどう思う?」

「童貞じゃねーの?」

「ほ、本庄君。その情報のソースはなんなんだい?」

「そういうのはどうだっていいッス。いい風俗、教えましょうか?」

「風俗って、朔夜、アンタ、私の目を盗んでそんなところに行ってるわけ?」

「んな話はしてねーだろうが」


 俺っちは「あー、ちくしょう」と言って、頭を抱えた。「ダメなんですか? 三十二になっても童貞なのはダメなんですか?」と問い掛ける。伊織さん、それに本庄君に。


「うっわ、マジ? 私、ジョーク飛ばしたつもりだったんだけど」

「俺もそうっした」

「二人ともヒドいぜ。ヒドすぎるぜ、無慈悲すぎなんだぜ、ベイベ……」

「まあ、そのうちヤれるよ。相手を選ばなければ、だけど」

「そうッスよ。この際、誰でもいいじゃないッスか」


 こんなふうに、二人は結構ヒドいのだ……。


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