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19.

 行きつけのうどん屋があって、そこで驚くべき情報を、テーブル係のおばあちゃん、ことさんから聞かされた。


「メイちゃん、死んじゃったんだよ」

「えっ」


 メイちゃんというのは、琴乃さんのお孫さんの名前だ。しばしば店の手伝いに来ていた中学二年生の女のコで、ずいぶんと笑顔を振りまいてくれたものだ。向こうからしたら迷惑かもしれないけれど、俺っちは姪っ子みたいに可愛いなあと思っていた。


 琴乃さんは指先を目尻にあてた。


「ミユキさん、ニュースは見てないのかい?」

「あまり見る習慣がなくて……。どういった手口でその、殺されたんですか?」

「恋人におなかを刺されたんだ。メイちゃんが浮気をしてるって思い込んでたらしいんだ」


 本筋には関係のない話だけれど、今時のコは中学生でも、彼氏彼女になったりするのかと少々驚いた。進んでいるんだなと思う。でも、繰り返しになるけれど、それってどうでもいい考えだ。メイちゃんが殺されてしまった。その事実がなによりも重い。メイちゃんは殺されるべきでもなかったし、殺されなければならない少女でもなかった。そうなのだと自信を持って言える。


 琴乃さんが一度大きく鼻をすすった。


「勘違いが事の発端だというわけですか」

「メイちゃんがそんな不義理なことをするわけがないのにねぇ」

「そう思います」

「むなしいさね。実際、やり切れないだろう?」

「そうですね……。お、わっ」


 暗い気持ちでうどんをすすろうとしたせいか、手元がおぼつかず、俺っちはみじめにも、汁をワイシャツに飛ばしてしまった。一転、「ははは」と笑った琴乃さんである。だけど、その笑い声にもやっぱり力がなくて……。


「それで」

「うん?」

「琴乃さんは犯人の男のコのことをどれくらい憎み、恨んでいますか?」

「どれくらい?」

「はい。どれくらいです」

「それはもう、殺してやったって足りないさね」

「そうですよね。俺っちだって同じ気持ちです」

「こんなことを打ち明けたら、どうにかなるのかい?」

「それはまあ、なんというか……」




 ホワイトドラムの居室を訪れ、後藤さんに事の次第を話し、相談した。彼は一人掛けのソファに、俺っちは二人掛けに座っている。


「つまるところ、君はその少年を殺してやりたいってことだね?」

「本音を語ってしまうと、そうなります」

「だけど、実際にるとなると難しい。いくら君がスナイピングに長けていると言ったって、留置所には明かり取りすらないんだからね」

「でも」

「じきに裁判が始まる。そこが狙い目だ」

「殺してもいいですか?」

「ニンゲン、誰でも後悔することはできる。だけど、悔いて済むくらいならどんな犯罪だってゆるされてしまう。殺りなよ、ハジメ君。どうだい? 僕はひどい上司だろう? とんでもないニンゲンだとも言える」




 留置所から二人の刑務官に連れられて出てきた男のコのことを狙撃、我ながら見事なヘッドショットを決めた。たにぐちだいというらしい。多分、すぐに忘れてしまう名前だろう。いくらお人好しの俺っちでも、つまらないターゲットのことなんてずっと覚えちゃいない。琴乃さん。これで少しは留飲を下げただろう、違うかい?




 その日の夜も伊織さんと本庄君と合流した。自分も含め、みんなのんべえだなと思う。


「そんなことで殺してちゃ、休みの日も休めないじゃない」

「そうは言ってもだな、姐御、やっぱり殺したいヤツっているんだぜ。言わば、俺っち達は”必殺仕事人”なんだぜ」

「やだ。私はそんなの。めんどくさい」

「あ、姐御。だから、めんどくさいとか、そういう話ではなくってだな」

「ハジメ先輩の考え方、俺は嫌いじゃないッスよ」

「お、おぉ。本庄君から同意が得られると、とても嬉しいんだぜ、ベイベ」


 俺っちはねぎまを美味しくいただき、伊織さんは焼酎のロックをぐいと飲み干し、本庄君は赤身の刺身をつるっと食べた。


「悪いことをした奴なんて、全部、死んじまえばいいんスよ」

「あーらら、朔夜。アンタ、ガキの味方じゃなかったっけ」

「罪人までかばうつもりはねーよ」

「だけど、もし女が殺人犯だったら、アンタはどうするわけ?」

「うるせーよ」

「ほら。アンタは差別主義者なんだよ」

「だから、うるせーっつってだ。殴んぞ、いい加減」

「殴れないくせに強がるのは、みっともないよ」

「テメー」

「来なよ。私のこと、ぶってみなよ」

「……ぐっ」

「お、おおう、おうおう。お二人さん、喧嘩はよくないんだぜ」

「伊織はいつもやかましいんスよ。俺の性格知ってるくせに、いたずらに吹っ掛けてきやがる」

「アンタがぷんぷん怒る顔、私は嫌いじゃないからね」

「ハジメ先輩、この女、ホントにSなんスよ」

「実はMなんじゃないのかい?」

「ああ。逆説的に唱えると、その可能性もあるッス」

「ははは。仲がいいのはいいことだ」

「どこかでたまに聞くセリフッスね」

「悠君の口癖さ。それでお二人さん。最近はどんなお仕事を?」

「ウチらは色んなヤツを色んな方法で殺してる。最近、悪い奴が多いんだよ。この国には」

「そうだよなあ。PMCみたいな連中も増えたもんなあ」

「表立ってそう名乗ってる会社は皆無だと思うけどね。私達がそう定義しているだけであって。多くの企業の体裁はあくまでも公認されている警備会社。そううたわなけりゃ、行動はとりにくい。まあ、公安は掻い摘んで目に付くところは監視していることだろうけどね」

「だけど、下手したら敵さんがメチャクチャ幅を利かせるようになるかもしれないってのは、事実じゃないのかい? 俺っちなんかはそう思っちまうんだぜ、ベイベ」

「そうしないために、私達がいるんだよ。っていうか、朔夜」

「なんだよ」

「食ってばかりいるな、こら」

「痛いってんだよ、この野郎。他人様の頭を気安くぽかぽかぽかぽかか叩いてんじゃねーぞ」

「私の役割って、実はヒトを捕まえたり、殺したりすることじゃないのかもね」

「それは姐御、どういうことだい?」

「スゴくわかりやすい話。主業務を担当するのは朔夜で、その行動の正否を判断するのが私じゃないのかなってこと。時には実行を指示して、時には制止を促す。なにせ朔夜は暴れ馬だから」

「その意見には賛同できるんだぜ、ベイベ」

「でしょ?」

「だから、うるせーってんだよ」


 暴れ馬はようやく運ばれてきた鶏の釜めしをがつがつ食べる。しゃもじを使って掻き込んで見せる。本当に逞しいし豪快だ。仮に自分が女だとしたら、きっと惚れ込んでいることだろう。伊織さんは今の生活を楽しんでいるはずだ。本当に本当に、俺っちは朔夜君ほど魅力的な男を知らない。


 食事を終えた本庄君が、煙草の切っ先に火を灯した。伊織さんも同じく。二人が紫煙をくゆらす様は絵になる。


「で、なんですけど、ハジメ先輩」

「なんだい?」

「『アンノウン・クローラー』、通称『UC』。そいつらの話ッス。トップはルーファスって男だって聞きました。もうちょっと突っ込んだ話っス。どんな野郎でしたか?」

「どうして『UC』に興味を持つんだい?」

「単純にぶっ潰さなきゃいけない組織だと思っているからッス」

「なるほど。君らしいんだぜ。それで、ルーファスなんだけどな、ベイベ、一言で表現すると、食えない野郎だってことになる。そして、保身に長けている。いい言い方をすると視野が広いってことさ。そういった感性に優れている。そんな奴だから、俺っちと悠君は密かにあだ名をつけた」

「どんなあだ名ですか?」

「シンプルなものさ。”戦略家”だよ」

「それほどまでにイカした奴なんスか?」

「そうなんだ。スコープ越しにヤツを捕捉するまでに至った。だけど、とてもじゃないけど撃てなかった。ヤバい雰囲を醸し出していたのさ」

「厄介ッスね」

「そうだよ。ルーファスは厄介なのさ」

「だけど、なにがどうあろうと、いつかは必ず沈めてやらないといけないッスよ」

「そうだな、ベイベ。そいつが俺っち達の目下の役割と言えるんだぜ」

「もういっそ、怪しい奴は全殺しでいきましょうよ」

「お、おおう、本庄君。度を過ぎた暴力はどうかと、ハジメ先輩は思うんだぜ」




 翌日の夜、悠君が怪しげな人物を連行してきたらしい。繁華街で肩がぶつかったぶつかってないだで喧嘩になったようだ。それだけならその場で済ませて終わりであるはずだ。だけど、その男は馬鹿正直に「俺は『UC』のニンゲンだ。お気楽な野郎が手を出そうモンならただじゃ済まないぜ」と、のたまってくれたとのこと。だったら一応、捕まえてみるべきだろう。同じような状況なら俺っちだって捕らえるように動く。が、こちとら非力なので、同様のことをやるにしたって、勇気が要ることだろうし、手こずることだろうけれど。


 ホワイトドラムに到着すると、地下にある尋問室へと入った。通称”101号室”。悠君から頼まれたのだ。「とことんやってしまう可能性がありますから、やりすぎないよう見張ってください」と。俺っち、実は尋問室を訪れたことがない。ちょっとドキドキしながら入室すると、後ろ手に手錠をかけられているニンゲンがパイプ椅子に座らされていた。細面の男だ。頬は削げていて、肩幅は狭い。危なっかしい雰囲気だけはある。


 悠君は男の前に座らない。四角い部屋の中を円を描くようにしてゆっくりと歩む。


「さて、男のヒト。まずは貴方のお名前を聞かせてください」

「けっ。そんなの、言うわけないだろ」


 そのセリフを受けた瞬間、男の背後に回り込んだ悠君が、その髪を掴み上げて、顔面を左手で二発三発と殴りつけた。ぞっとした。だって、悠君ってば、いつも通りの寝惚け眼にしか見えないからだ。当然、攻撃する時も無表情。男は鼻血を噴き出し、苦しげに「か、かはっ、かはっ!」と声を漏らした。いきなり息も絶え絶えだ。


「もう少し殴りましょうか?」

「ま、待ってくれ。か、かはっ」

「名前を教えてください」

「クニタチ・クニオだ」

「では、クニタチさん。貴方は昨日、自分は『UC』のニンゲンだとおっしゃいましたね? 事実ですか?」

「そ、それは……」

「殴りますよ?」

「本当だ。ああ、くそっ。これで俺はもう組織に居場所はなくなったな」

「それは当たり前ですよ」

「で、なんだ? なにが知りたいんだ?」

「『UC』という組織、その構成、実態について伺いたいです。無論、貴方が把握している限りで結構です」

「簡単だよ。トップがいて、幹部がいて、兵隊がいる。絵に描いたようなツリー構造だ。権力そのものもすべてルーファスさんに集中してる。俺達の中ではそれほどまでのカリスマなんだ」

「実は僕、最近、そのルーファスさんにお会いしましてね」

「まさか。どうやって?」

「企業秘密というヤツです」

「アンタ、有能なんだな。ルーファスさんは滅多なことがない限り、顔なんて見せないからな」

「そうですかね。目立ちたがりのように見受けられましたけれど」

「まあ、あるいはそうなのかもしれねー」

「貴方にとって『UC』とは?」

「自分を捧げる居場所であり、甘い汁を吸うための温床さ。裏の世界ではその名を口にするだけでそれなりにビビッてもらえる」

「そうですか」

「ああ」

「貴方はもう用済みです」

「な、なんだ! なんでだ? ルーファスさんのことをよく知らないからか!?」

「その通りです。処分します。サヨウナラです」


 後頭部にぶっ放されたクニタチさんとやらは目をかっと見開いたまま、テーブルにどっと突っ伏した。まったく、容赦ないんだぜ、悠君ってばよ。


 悠君は銃をショルダーホルスターにおさめると、顎に手をやり、「ふむ、ふむ」と小さくうなずきながら、また部屋を周回することを始めた。自ら手で血を染めたにもかかわらず、のんきなものだ。


「またルーファスに会えるようなら、間違いなくるんですけれど」

「だ、だからそれはだな、悠君」

「ええ。わかっています。刺し違えることになるかもしれない」

「だったら、ごくごく安全に殺そうぜ、ベイベ」

「安全に殺す? ミユキさんは不思議なことを言うんですね」


 悠君は口元に少々笑みを浮かべて見せた。ドキッとした。邪悪ながらも可愛らしすぎる笑みだからだ。こんな少年みたいな男のコが簡単にヒトから命を奪う? 事実を目の当たりにしても、そんなことは到底考えられない。


「だけどミユキさん。この世に本当の意味での安寧を求めるなら、誰かが人柱になる必要があると考えているのは事実なんですよ」

「でも、悠君が死んじまったら、俺はとっても悲しいんだぜ」

「無論、簡単に死ぬつもりはありませんよ。僕にだって、大切なモノくらいありますから」

「俺っちには、悠君は刹那的に映るんだぜ」

「その点については、本庄君といい勝負でしょう?」

「自慢げに言わないでほしいんだぜ」

「わかっています。ところで」

「なんだい?」

「僕をこの世につなぎ止める、一本の鎖でいてくださると幸いです」

「そうあるつもりだぜ。だからこそ悠君、俺っちにも言い分ってものがある。安易に死地に足を踏むのはナシにしてもらいたいんだぜ」

「そうすることにします」


 悠君はいっそう微笑んで見せたのだった。


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