12.
伊織の姐御が撃たれた事件からまもなくして、また犯行予告があった。発信者は『OF』、すなわち『オープン・ファイア』。港湾地区の倉庫を一つ爆破するという。内容だけ見ればはっきり言ってしょうもない案件だ。だけど、それが俺っち達へ向けたメッセージだとすると、その意味合いはまったく違ってくる。奴らは本当に、『治安会』と一戦交えるつもりなのかもしれない。
後藤さんの居室にて、俺っちと伊織さんは二人掛けのソファに並んで座っている。正面の一人掛けには後藤さんの姿。
「真っ向から敵対してきた。だけど、『治安会』という言葉を持ち出してこないのは好都合だ。なにせ僕達は隠密組織なんだから」
「ホント、奴らは純粋にウチらと遊びたがってるだけなんでしょ」
「その通りだろうね。さあ。どうしようか、伊織さん」
「片っ端から潰して回る。それ以外にないと思うけど?」
「港湾地区の倉庫にも突入すべきだと?」
「主敵がいるかいないか。それはわからないけれど、わからないからこそ、私は突っ込んでもいいと思うな」
「ハジメ君はどう考えるのかな?」
「これから先もやり合わなくちゃならない。だとしたら、無視はできないと思います」
「積極的に介入する。アンタもそう言いたいんだね?」
「まさにその通りなんだぜ、姐御」
「あいわかった。君達が無鉄砲にならないことを確約してくれるのであれば、出動をゆるそう」
「そう来なくっちゃ」
「正直言うと、恐かったりもするんだけどな、ベイベ」
「黙れ、ハジメの馬鹿。ここまで来て尻尾巻くな。ボス、もう行くよ。指定してきた時間に遅刻するなんて笑えないから」
「それにしても、わざわざ時間を告げてくるとはなあ」
「だから、それくらい遊びたがっているんだよ」
「今一度言う。くれぐれも無茶はしないでほしい」
「わかってるってば」
地下駐車場のスイフトスポーツに戻ると、助手席で本庄君が待っていた。俺っちと伊織さんは、それぞれ、後部座席、運転席についた。
「話はまとまったのかよ」
「まとまらなかったとしても、アンタなら飛び出していくでしょ」
「連中は俺達のことを舐めくさってやがんだよ。だからこそ、一匹二匹くらい景気よく殺してやんねーとな。ああ。マジで殺してやる」
「アンタがどう考えていようが慎重にやるよ。オーケー?」
「姐御、俺っちは了解だ」
「ビビッてないよね?」
「ビビってないぜ。不安がまったくないわけじゃないけどな」
「その不安すら飲み込んでやるクジラみたいな存在がウチらなんだよ」
「クジラか。いい表現だぜ」
「指示なんて出さないから。本当に任せるからね。意外と強気なハジメ君?」
「そんな気概も、なにがきっかけで瓦解しちまうかわからないんだけどな」
「今抱いているポジティヴさは、一時的なモノでしかないってこと?」
「俺っちのこれまでの人生を顧みると、そうなるんだぜ」
「朔夜」
「うるせーな。怪しい奴はぶっ殺すっつってんだろうが」
「あるいは大仕事になっちゃうかもしれないんだけど?」
「状況がどうあれ、きちんと仕事をこなしたいんだぜ」
「ハジメ先輩、ホント、やる気ッスね」
「姐御が撃たれたんだ。俺っちだってムカついているんだぜ」
「男二人に守られて私は幸せだ」
「つまんねーこと言ってんじゃねーよ。とっとと車、出せってんだ」
「オーライ、相棒。だけど、先輩に対する口の聞き方じゃないね」
「だから、うるせーっつってんだ」
警察を動員して数で押し潰すというのが常套手段なのだけれど、そういうやり方は美しくない。そもそも相手は『治安会』に吹っ掛けてきているわけだ。だったら、自分達だけで処理するほうが正しい対応と言える。伊織さんだって本庄君だって、同じ思いであることは先刻確認した。とにかく、『OF』の連中にぎゃふんと言わせてやりたいのだ。
爆破予告で指定された倉庫を訪れた。外壁に背を預けて中の気配を窺う。誰かいる。間違いない。俺っちは拳銃を懐から抜き払いつつ、壁の陰から搬入口へと飛び出した。あの日に、あの夜に対峙した、金髪のロン毛野郎が空間の真ん中に立っていた。こちらに背を向けた状態で。
「『治安会』のニンゲン。私はソムという」
「ソム?」
「ああ。私はソムだ」
「名前なんてどうだっていいんだぜ、ベイベ」
「キャットウォークでは、兵隊がそれぞれ銃を構えている。見えていないわけがないよな、ベイベ」
「俺っちの口調の真似をするな」
「アッハッハ。笑えるな」
「撃ってやるんだぜ」
「だから、そうする前に君は撃たれるんだぜ、ベイベ」
「だから、俺っちの真似をするなって言ってるんだぜ」
「インカムで誰と繋がっているんだ? 君より上手であることを、私は望んでやまない」
「ぶっ放す。たかがハンドガンでも、アンタを殺るにはじゅうぶんなんだぜ」
その時だった。向こう側の搬入口に、本庄君が姿を現した。拳銃を構えている。「なにやってんスか、ハジメ先輩!」と怒鳴られた。気圧されたわけではない。気後れしたわけでもない。事実、俺っちはソムとやらに照準を合わせたままでいる。
次の瞬間のこと。本庄君の左の太ももあたりを銃弾が貫いた。ソムの警護を担っているらしい、二階のキャットウォークにいる誰かが撃ったのだ。それでも彼は微動だにしない。なにせ強靭な肉体と精神力の持ち主だ。俺っちが、「本庄君っ!」と叫んでも、彼は「黙れッスよ!」と答えただけだった。
「ここで殺してやる!」
「ダメだ、本庄君っ! 無茶はするなっ!」
「無茶じゃねーッスよ!」
「先輩の言うことが聞けないのかい!」
先輩。その言葉を持ち出すや否や、本庄君は銃を引いた。ソムは大声を出して笑った。「アッハッハッハ! 『治安会』。思うに、おまえ達は取るに足らない存在だ。さあ、私の前にひざまずいて見せろ」
「野郎っ!」
「だから、本庄君っ!」
「……わかった。わかったッスよ。この場は見逃せってんでしょう? だけど、必ず殺してやる」
「どうやらおまえ達のほうこそ、我が『オープン・ファイア』を侮っているみたいだな。追ってくるがいい。迫ってくるがいい。だが、我が組織は折れたりしない。満足がいくまで戦い続ける。この国は平和になりすぎたんだよ。だとしたら、私達のような一介の兵士はどうしたらいい? 誰だって自分の職業を蔑ろにされるのは嫌だろう?」
本庄君に「絶対、おまえは殺してやる」と言われても、ソムは笑うことをやめなかった。狂ったように笑い続ける。
ここで伊織さんが姿を現した。本庄君の隣に立って、彼の左の肩に手を置いた。今はやめておけ。そういうサインだろう。
「ソムさんとやら。あんまり軽く見ないでほしくないな。ウチは、ウチらは、アンタらを殺すことを迷ったりしない。ためらったりもしない。片っ端から天国? 地獄? どっちでもいいな。そのどっちかに送り込んでやるから」
ソムと名乗った男が俺っちの隣を素直に通り抜ける。正直、恐い。得体が知れないから。
敵さんがすべて舞台から退場した。伊織さんが本庄君のネクタイを取り払い、それを彼の左脚の付け根に巻きつける。間に合わせの止血だ。
「いいよ、んなことしてくれなくたって。俺は血の気が多いからな」
「それは知ってるけど、万一、脚が動かなくなっちゃったら困るでしょ?」
「思っていたより、ずっと賢くて危なっかしい奴だったな。ハジメ先輩の意見を聞きたいッスね」
「俺っちがしくじったんだ。すまなかったぜ、お二人さん。命にかえても俺っちが仕留めるべきだったと思うんだぜ」
「先輩。奴は笑ってたッスね。ああ。ヒドく笑う野郎だった」
だから怖いと感じたのだろう。俺っち自身、だから駆逐は難しいと考えたのだろう。まったくもって情けない話だ。『治安会』の一員としては絶望的に資質が欠けているようにすら思わされる。
伊織の姐御は「とりあえず、目に見えて劣勢だね」と言った。「でも、やることはやんなきゃなんだぜ」と俺っちが意見すると、「その通りだよ」返してきた。
「ヤバい匂いがぷんぷんしてた。だからこそ、俺達が逐一顔を出してやる必要があるんスよ。見てろよ、どあほうどもが。まるっとぶっ潰してやっからよ」
「その前に病院。弾は貫通してないから、それを取り除く必要がある」
「めんどくせーよ。つばでもつけときゃ治るだろ」
「私はアンタのパートナー。そして恋人でもある。違う?」
「恋人だあ?」
「違う?」
「……ああ、わかった。わかったよ」
「よろしい」
二人のラブラブさに嫉妬しないかと問われれば、嫉妬すると答えるしかない。だけどなにより俺っちも心配になって、本庄君に肩を貸した。
「ハジメ先輩、大丈夫ッスよ。一人で歩けるッスから」
「脚を引きずる君を見ると、不安になるんだぜ、ベイベ」
「恐縮ッス」
「先輩風を吹かすつもりはないんだぜ」
「そんなことが言えるハジメ先輩のこと、俺は結構、好きっスよ」
「同僚に心の底から認めてもらう。それが俺っちの目下の目標なのさ」




