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11.

 今夜は伊織さんと一緒である。どういう案件かはわからないけれど、彼女は本庄君に「アンタは寝てな」と”待て”を言いつけて出てきたらしい。結構ドライな二人の関係はとても清々しいし素敵だとも思うし、そうでありながら誰よりも強くつながっているという部分については羨ましいとすら思う。


 伊織さんを失ったら本庄君は泣くはずだ。本庄君を失くしたら伊織さんは涙するはずだ。本当に彼らの関係は微笑ましい。やっぱり羨ましいぐらいに。


 伊織さんから端的な説明を受け、仕事の内容を知った。敵の狙いは明確だ。国会議事堂からおいでなさる誰かさんを殺るつもりでいらっしゃるようだ。その旨の声明がネットにアップされたというわけだ。映像情報はなく、音声のみ、事件の性質上、顔が明かされることなんてまずあり得ない。それって当然だ。声が機械的なものに変換されているのだって当たり前のこと。今ある情報としては、大臣の誰かが的にされているということだけだ。まあ、事件というのはえてしてそういうものだ。相手が手の内をすべて明かすだなんてことは、まず考えられないのだから。


 今いる建物の屋上からは、白い照明でライトアップされた議事堂を見渡すことができる。位置取りとしてはここが適当と言えるだろう。こちらの準備は万全だと言っていい。それでも、人間爆弾なんかを仕掛けられた日には、どうにもならないことだろうけれど。だから、特攻精神のある敵だとは思いたくない。


「姐御。警官の配置はバッチリだぜ、これだけの数を揃えられたんじゃあ、俺っちだってちびっちまう。尻込みしちまぜ」

「私だってそう考える。だけど向こうは吹っ掛けてきた。それって、勝算があるからじゃないの?」

「それは、うーん、そうなのかもなあ……」


 次の刹那、双眼鏡を覗いていた伊織さんが「ヤバッ!」と声を上げた。俺っちも思わず身構えてしまう。


「な、なにがヤバいんだい、ベイベ」

「ベイベじゃないよ、とにかく――」


 そこで伊織さんの声は途絶えた。パァンという高い銃声とともに、撃たれたらしい、彼女の上半身が、後方にぐらりと揺らいだ。


「姐御っ!」

「いいから、要警戒! スコープ覗きな!」


 言われた通り、スコープ越しに先を見る。姐御が撃たれたとおぼしき射線をたどる。するとだ。装備なしの金色ロン毛野郎がまず目に入り、そいつはこちらに流し目を寄越してきた。にやりと笑って見せた。本当に笑って見せた。確かに笑ったのだ。どこから狙われているかなんてわかるはずもないのに、嘲笑うかのような表情を浮かべて見せた。撃ったのは目出し帽をつけた黒ずくめの人物であるようだ。狙撃自体に特異性は感じない。けれど、金髪男に対して悪寒を覚えた。だからといって、怯えてばかりいるわけにはいかない。


「問答無用だ! 狙い撃つぜっ!」

「やめな、ハジメ! 今はいい!」

「だけど、姐御っ!」

「いい。今はいい、たきつけるようなことを言ったことは謝るよ。だけど、イレギュラーはイレギュラーだから」


 伊織さんが、ふーっと息をついたところで、俺っちは「やっぱ、殺らなきゃいけなかったんだぜ」と意見した。


「本気で言ってる?」


 そう問われると、「……いや」と答え、押し黙るしかなかった。やり遂げる自信なんてなかったからだ。「でしょ?」と返してきた伊織さんである。


「俺っちと金髪野郎とは比べるべくもなかった。姐御が言った通り、奴はヤバい」

「アンタには奴が何者に見えた?」

「何者にも見えなかった。ただ、連続的に殺人を、しかもなんなくこなすニンゲンがいるとするなら、ああいう手合いなんだろうなとは直感した」

「かすり傷で済んで良かった。どうやら向こうの目的は威嚇だったらしいね」

「でもな、なんだかんだ言ってもだな、伊織さんが望むなら、俺っちは一戦、交えていたんだぜ?」

「それじゃあ心許ないから、引けって言ったんだよ」

「だからって、俺っちにだって譲れない部分はあるんだ」

「ウチらは金髪男を視認したの。それはけっして無駄にばならないはずだよ」

「って言ってもだな」

「私を撃ってくれた野郎がゆるせない?」

「本庄君に面目が立たないんだぜ、ベイベ」

「えらく心配してくれるね。チューでもしてあげよっか?」

「そいつは願い下げだ。真面目な話をしてるつもりなのさ」

「多分、私が怪我したって言ったら、朔夜はメチャクチャ怒るはずなんだ」

「だと思うんだぜ。つまるところ、俺っちには黙ってろってことなんだろ。姐御も上手いことやるんだな、ベイベ」

「また知ったふうな口を聞いちゃって」




 翌朝。自宅のベッドにて寝ているところにバイブ音、起こされた。本庄君からの着信だと確認して思わず体をピンとさせてしまうあたりが、俺っちが小物だという証左なのだろう。


 電話に出た。


「ハジメ先輩。細かいことについては、どうこう訊かないッス。いったい、どういうことだったんスか? ざっくりでいいッス。先輩の口から聞かせてくださいッス」

「君はいつだって伊織さんの味方なんだな」

「そのへんの判断は任せるッスよ」

「言わば、ハンパないヤツが現れたんだ」

「それは伊織にも聞かされましたけど、具体的にはどういうことなんスか?」

「今回、どこぞのいずれかの大臣を殺すと事前に声明を出したのは『OF』、すなわち、『オープン・ファイア』だ」

「んなこたぁ、言われるまでもないッス。知ってるッス」

「そうだよな、ベイベ。知らないほうがおかしいんだぜ」

「で?」

「俺っちと伊織さんからすると、明後日の方向から撃たれたってことさ。『治安会』は『治安会』として、事前の諜報活動がまだまだ不足していて、だから危険に晒される羽目になったんだと思うんだぜ」

「陣取った場所がバレて、その上で狙撃された?」

「姐御を撃った奴とは別に、もう一人いた。長い金髪の男だ。そいつは確かにこっちを向いて、笑みを浮かべやがったのさ」

「その二人がいた場所から議事堂までの距離は?」

「二キロってところなんだぜ」

「奴さんらはやろうと思えば、先輩のことも伊織のこともをれたんスよね?」

「ああ。殺せた。簡単に殺せたんだぜ」

「金髪のロン毛野郎、か……」

「見当がつくのかい?」

「つくわけないじゃないッスか。ただ、短い銀髪の奴を俺は知ってるなって思ったんス」

「短い銀髪に、ロン毛の金色野郎か……。見事な対比だぜ。とにかく言えることはだな」

「わかってるッスよ。連中の狙いは最初から俺達だった」

「ウチが負けるはずがない。俺っちはそう思ってる。そう信じてる」

「でもッスね、わかるッスか? 俺達にとっての最大の敵ってのはなにか」

「数かな?」

「そうッス。その点を突かれると、にっちもさっちもいかない状況に追い込まれかねないんスよ。徐々に戦力削られて、苦杯を舐めることになるはずッス」

「それでも本庄君は戦うんだろう?」

「そりゃそうッスよ。気に入らない奴はなにがあってもぶん殴るッス」

「君の強さを目の当たりにすると、なんだか泣きたい気分になるぜ」

「なんで泣くんスか」

「君の生き方を美しいと感じるからだろうぜ、ベイベ」

「基本的に、荒事は男の担当だと考えてるッス」

「そんなこと、伊織さんの前じゃ言えないだろう?」

「そうッスね」

「『オープン・ファイア』か……」

「奴らは剣呑ッスよ。だからこそ、ある程度のチームワークは必要なんス」

「同感だ」

「それじゃあ、お邪魔しました」


 そして通話は気持ちよくスパッと切られたのだった。


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