プロローグ
退魔師要素はゼロです。
悪しからず・・・
ようやく外が暖かくなってきたことを実感した、とある春の日。
高校生活の二年目が始まる俺にとって変化なんてものは無縁だと思っていた。
しかし、どうやら今年は俺にとって千年に一度とか、そういった感じのハプニングイヤーだったようで。
その日、俺の日常はピッタリ180度ひっくり返った。
「今日からアナタは私の奴隷よ!」
彼女にそう言われたのを、今でもつい昨日のことのように思い出す。
あまりにも非日常なその言葉は、当然しっくりくるものではなく。反発もあったし疑問もあった。
なんで俺がそんな目にあわなくちゃならないんだ。
そもそも奴隷ってなんだよ。教科書で習った人権とはなんだったのか。
彼女はひょっとして頭が弱いのかな?とも考えた。バレたら「奴隷のくせに生意気!殺す!」と罵られそうだ。
ふと、頬杖をついていた俺の右手が顔の筋肉の変化に気づいた。
どうやら、無意識下でにやけていたらしい。
誰かに見られないうちに直しておかなければ。
この屋敷は24時間365日油断大敵である。先輩メイドのかおりんこと芳は悪戯好きだし、ご主人様の詩音は事あるごとに俺をストレスのはけ口にしようとしてくるし。
でもまあ、俺の日常は無くなったけど今の非日常も悪くない。
そう思っているから、不覚にもにやけてしまったのだろうし。
「どうしました?自分の口なんか触って」
いきなり真横にかおりんの顔があった。
「うおっ! オイ、かおりん! 俺の部屋に勝手に入るな!
というか今どこから入ってきた!? それより、いつからいた!」
「うるさい人ですね。質問は一つずつにしてください。というか、面倒くさいので一つにしてください」
この人が俺の上司である長瀬芳。極度の面倒ぐさがりだが無駄にハイスペック。
背は俺より低いが年齢は上で、この屋敷でメイド長をしている。
メイドはこの屋敷に一人しかいないけど。
ちなみに年齢を聞こうとしたらお手本のようなボディーブローを叩きこまれた。
身体能力は見た目で測れないという事を骨の髄まで理解したね。
「じゃあ、何処から入ってきたのかだけでも教えてくれよ」
「実はこの屋敷には秘密の抜け道があります」
「マジ?」
「嘘です」
こいつ。サラッと嘘をつきやがって。
「嘘かよ。少し期待しちゃったじゃねえか。しかも質問の答えになってないし」
「まあまあ、修哉君。人生全部が思い通りになるとは限りませんよ」
「うるせえよ。それはもう十分理解しているわ」
俺がやけくそ気味に言うと、かおるんは俺に申し訳なさそうな表情をした。
悪戯が好きなだけで根は優しいのか心の底から俺を心配しているようだ。
「これでも同情はしているのですよ? 家が突然火事になって訳も分からないうちに新しい環境に連れてこられたのですから」
「しかも親とは一切連絡が取れないからなあ。まああの人たちのことだし生きてはいるだろうけど」
一人暮らしをしている息子の家が燃えて、電話の一本もしてこない親がいるのかというところだが昔からそうなのだから仕方がない。
曰く、便りのないのはいい便りだそうですし。
SNSアプリに既読がついたことは確認したしな。
「さて、そろそろ5時です。仕事の時間ですよ?学校に行く準備は先に済ませましたか?」
「ああ。流石にもう慣れたよ」
「そうですか。ならもう私の仕事は無くなりそうですね。これで毎朝10時に起きる夢が叶います」
「いや、そうはならんやろ」
(というか、朝10時に起きる夢とかスケールが小さすぎるな。
考えても見たら彼女は俺がこの屋敷に来るまで一人でメイドをやっていたのだから疲労も想像以上に溜まっているのに違いない。かおりんには屋敷に来てから世話になりっぱなしだし。
よし、向こう一年は俺が一人で仕事をしよう)
・・・今のは俺の思考ではない。かおりんが俺の横で、顔を近づけて小声で吹き込んでくる。
しかも顔が可愛いのが余計にイラっとする。
「かおりん。そういうところだぞ・・・」
「失礼しました。これからは修哉君が寝ている間に、毎晩ベッドの横で繰り替えすことにします」
「やめてくれ。お前ならマジでやりそうなのが怖い」
睡眠学習の実証実験です。と適当な事を言って、彼女は広い屋敷の掃除に向かった。
俺は俺で、朝食の準備に取り掛かる。仕事内容は奴隷というより、執事といった表現が正しい。
お茶を沸かして、目玉焼きとトーストを3人分机に並べてレタスを数枚添えるだけ。
それが終わるとほぼ同時にこの屋敷の主人がリビングにやってきた。
「おはよう。詩音」
「ん。水ぅ」
まだ起きてすぐなのか、寝ぼけ気味に水をご所望してくる。
冷蔵庫の中を一通り見てみる。
しかし、ミネラルウォーターの在庫はない。
「お茶でもいいか?」
「ん」
「はい。まだ熱いから気をつけろよ」
言語能力が幼児に戻っている詩音に、できたてのお茶を渡す。
意識が覚醒してないのか行動が危なっかしい。火傷しないか心配になる。
ハラハラしながら見守っていると、詩音は陶器のコップを口元に近づけて一口飲んだ。
「熱う! ちょっとなによこれ! 熱いじゃない」
心配して損した。完全に目が覚めたのか理不尽にキレてくる。
これが俺の主人。長瀬詩音だ。
顔良し、スタイル良しの美少女ではあるのだが性格はやや難あり。
「俺はちゃんと忠告したぞ」
「私が分かるまで言いなさい! バカ!」
そんな無茶苦茶な・・・
いくらお嬢様でも言っていいワガママとダメなワガママがあるだろう。
少なくとも新米執事の俺に要求するような命令じゃない。
照れ隠しのようなものだとはわかっているのだが、ついつい意地悪したくなる。
俺の口は勝手に動いていた。
「・・・寝ぼけている間は子どもみたいに甘えてきて可愛かったのに」
「え!?」
やばい。愚痴が口に出てた。
これでは火に油を注いだようなものじゃないか。
小声で、見たわね。とか言っちゃってるよ。ホラー映画みたいで怖いのだが。
お、詩音の顔がみるみるうちに青くなったと思えば、今度は逆に赤くなったぞ。
そこでやめておけば良いものを、俺の口は調子に乗ってますます元気に動く。
「ん、んって。赤ちゃん言葉で喋るから、アホの子みたいだったぞ」
「な、ななな!? 忘れなさい!
いい? これは命令よ! わかったわね!?
忘れなかったら殺す!」
詩音は顔を真っ赤にして、叫び始めた。
余程恥ずかしかったのだろう。いい気味だ。普段から他人に酷いことをするから天罰がくだったんだ。自業自得さ。
ざまあみろ。
しかし、いよいよ収拾がつかなくなってきた。
どうしよう。
「お二人とも、朝っぱらからイチャイチャしている所大変申し訳ないのですが、朝ご飯の支度が出来ているのでちゃっちゃと食べちゃってください」
「うおっ!」
急にかおりんが割り込んできた。コイツの神出鬼没ぶりは筋金入だな。とはいえ、今回は助けられた。
詩音の怒りの矛先が俺から離れたからだ。
「ば、ばか! イチャイチャなんてしてないわよ! 誰がこんな奴とするもんですか!」
「そうですか。ではラブラブしてないで朝ごはんを食べてください」
「言い方の問題じゃない!」
詩音はかおりんに、はいはいと華麗にスルーされていた。
この2人の付き合いは長いから、その分対処も慣れているのだろう。
詩音の方もそれ以上かおりんに怒るようなことはなく、熱いお茶をフーフー冷ましながら飲み始めた。
これが俺の新しい日常。
だが決して悪くはない。
この平和を守りたいと俺は思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物紹介>
五十嵐修哉
・主人公
・家が燃えて、詩音の屋敷で住み込みで働く執事になる。
・退魔師の家系である長瀬家に仕える都合で退魔師の仕事を手伝うようになる。
長瀬詩音
・家が燃えて途方に暮れていた修哉を召使いとして拾う。
・退魔師の家に産まれ、自分の意思で退魔師になる。
長瀬芳
・詩音の使い魔。人間と悪魔のハーフ。しかしとる行動は人間らしく、一言で言うと怠惰なメイド。
・超がつくほどの悪戯好きだが、親しい人にしか悪戯をすることは無い。
文章を書くって大変ですよね。
それを100話も続ける人がいるんだから本当に尊敬します。
僕もそうなれるよう頑張ります。
応援よろしくお願いします!!