7話 白と黒の魔法
リューネ達とお酒を交わした翌日、私はサクタス山頂にあるリューネの家のソファーで目を覚ました。
間もなく昼になろうかという時刻であった。
あれだけお酒を飲んだのに、まったく二日酔いになっていない。
眠気もなくスッキリとしている。
よく見ると、テーブルの横に酒樽が3つ転がっている。
どうやらこの世界にきても、私はお酒に強いようだ。
それにしても大量に飲んだものだ。
リューネの姿が見当たらない。
自室で寝ているのだろうかと思い、家の中を散策する。
リューネの自室は二階にあったはずだ。
知り合ってからまだ一日しか経っていないが、随分と気心の知れる仲となった。
経緯はどうあれ、そういう仲の友達が増えるのは嬉しい。
ノックしてリューネの自室を覗いてみたが、誰もいなかった。
精霊達は私はの中に入っているようだ。
何処へ行ったのだろう。
そう思ってリビングに戻り、カーテンを開けて窓の外を見る。
そこには巨大な竜が目を瞑って丸くなっていた。
そこかよ!
心でツッコミをいれて、竜の姿を見ても全く驚いていない自分に何処となく虚しさを覚える。
私は外へ出て、竜の姿となっているリューネの元へと向かった。
私が近づくと、リューネは目を開いた。
「あら、もう起きたのね。」
「おかげさまで、貴方はここで寝てたの?」
「いいえ、少し神さまと話をしていたところよ。
それに、私は眠る必要はないのよ。」
そういう物なのか。
私は何となく納得した。
「そっか。なら邪魔しちゃったわね。
私は部屋の片付けでもして待ってるから、ゆっくり話をして。」
「ありがとう。私もすぐにいくわ。」
そんなやり取りをして、私はリビングへと戻った。
改めて見ると、すごい散らかり様だ。
テーブルの周りには肉の骨や食べカスが転がり、溢れたお酒が滴っている。
相当やらかしたわね。
結構な時間がかかりそうだ。
さてと、と思って掃除を始めようとした時、ダグリーが出てきた。
『おはよう!手伝うよ、ミレリア。』
そう言って私の周りをくるくると飛んだ。
「ありがとう。でも、貴方には大変じゃない?」
手伝ってくれるのは嬉しいが、精霊からすれば特大サイズだろうし、運ぶのも一苦労だと思う。
『大丈夫だよー。まぁ見てて。』
ダグリーはそう言うと、両手を前に突き出して魔法を唱えた。
『プチダークネス』
ダグリーが唱えると、テーブルの上に小さな黒い点が現れた。
黒い点は膨れ上がって拳大の大きさになったかと思うと、破裂して黒い光が広がり散らかったゴミを包み込んだ。
黒い光は直径3m程度まで広がりきると、シュルシュルと縮んでいき、また黒い点となって消えていった。
ふと見ると、さっきまで散らかっていたゴミが綺麗さっぱり無くなっている。
テーブルの上には食器類だけが残っていたのだ。
「すごい!
あのゴミが一瞬で消えちゃうなんて。
私も是非覚えたいわ。
教えてダグリー!」
この魔法を覚えれば掃除がとても楽になる。
『教えてって言われても。ミレリアなら使えると思うんだけど...。』
ダグリーは困ったように首を傾げた。
教えてもらわないと流石にできないだろうと思うが、聞き方がおかしかったかな?
「精霊との契約は初めてだから、魔法はまだ使ったことないのよ。
契約をしたから、貴方の力を借りることで使えるのでしょうけど、やり方が全然わからないわ。」
「私の力を借りる?
まぁ普通はそうだけど、そう言う意味じゃなくて...。」
ダグリーが言葉を探していると、リューネが帰ってきた。
どうやら神さまとの話が済んだようだ。
「あら、もうほとんど終わっちゃってるじゃない。
ありがとう、助かったわ。」
部屋を見渡してリューネが微笑む。
『そりゃー、アタシがいるんだから。
こんなことは朝飯前よ!』
ダグリーは腰に手を当てて"えっへん"とペタンコの胸を前へ突き出した。
『それより丁度良いところへ来てくれたわ。
ミレリアが魔法を教えてって言うけど、私は何も考えなくても使えるから説明の仕方がわからないの。』
ダグリーはリューネの元へと飛んでいって助けを求めていた。
なるほど、使えるのが当たり前だから説明できないのか。
「魔法の使い方ねぇ。そんなに難しく無いから教えてあげるわ。」
こうして魔法習得講座が始まったわけだが、話が若干長かったので内容を要約しよう。
魔法を使うにはその魔法をイメージすることが重要とのこと。
イメージをする事で、魔法を使うための魔力の器が出来上がる。
そこへ必要な魔力を注ぎ、言葉として発言することで魔法を具現化できるとのこと。
「魔力というエネルギーを、言葉によって発現するのよ。」
リューネはそう言って締めくくった。
「なるほど。何となくだけど、その魔力を注ぐ段階で、精霊達に各属性の力を借りるのね。だから、契約をしていないと属性魔法が使えないってことかしら?」
何となくだが理解できた。ただ、魔力の器を作って魔力を注ぐってのがイメージし難い。
「えぇ、貴方が言うように普通は各属性精霊の力を借りることで、その属性の魔法を使うことができるの。
それから、イメージがしっかりとできない場合は魔法は発現しないし、発言する事も出来ないわ。
あと、保有する魔力が足りない場合も同じ。
折角だから一度試してみましょうか。」
リューネにそう促されて、私は外で魔法の練習をする事となった。
外へ出て果物を地面に置き、先程ダグリーが使った魔法の再現を試みる。
「リューネ、さっき精霊の力を借りる事に対して"普通は"って言ってたわよね。含みを感じるんだけど、私は違うの?」
ふと疑問に思ってリューネに確認する。
「貴方の場合はほら、精霊王でしょ?貴方自身が既に全ての属性の力を有してるから、精霊達に力を借りる必要なんてないわよ。
魔法を使い慣れていない内なら、難しい魔法を使うときなんかに力を借りたら楽になるくらいね。」
そうなるのか、もう驚いてもいられないわよね。
「そう言う事になるのね。
ダグリーが私なら使えるって言った意味が分かったわ。」
私は気持ちを落ち着かせて、先程の魔法をイメージする。
黒い点が現れて、大きく膨らんで弾ける。
そして小さく広がり、認識する物を吸い込んでいくイメージ。
それを掌から放つ様に思い浮かべ、両手を前に出して集中する。
すると、身体の中から掌めがけて暖かい何かが集まっていくのを感じる。
これが魔力を注ぐってことか、言葉に表すのは確かに難しそうだ。
器を満たし切ったところで、魔力が流れていくのが終わった。
それとほぼ同時に脳に直接語りかける様に言葉が浮かび上がる。
これが、魔法を発現する為の言葉?
条件が揃わなければ発現しないと言ったリューネの言葉の意味が、今なら理解できる。
あれ?でもこの言葉、さっきダグリーが使ってた魔法と違うような?
些細な事だと思い、特に問題視せず言葉として発言した。
『ブラックボール!』
言葉を発すると、黒い球体が果物の上に出現した。
『ちょ、ちょっと待って!止めて、とめてぇぇぇえええ!!』
ダグリーが急に慌てて叫び始めた。
どうしたんだろう?
黒い球体は拳大くらいまで膨れ上がり、そのまま果物を吸い込んだ。
急に風が強くなり、球体の方へと身体が持っていかれそうになる。
風がどんどん強まり、球体へ向けて流れ出した。
そして周りにある小石や枝が球体に吸い込まれる様に消えていった。
黒い球体はどんどん吸い込む力を強めていく。
『ミレリア、何て魔法使っちゃってるのよー!』
ダグリーはそう言って、逃げる様に私の中へ入っていった。
私は唖然と立ち尽くすことしかできなかった。
ダグリーが私の中へ入ると、今度はレムが現れた。
「レム!どうしよう。凄い事になっちゃった。」
咄嗟に助けを求めた。
『これはまた、すごい魔法を使ったものね。ダグリーにも頼まれたから、私が手を貸しましょう。』
そう言って、レムは片手を前に突き出して魔法を発現した。
『ホワイトアウト』
球体の内側から白い光が現れ、そのまま黒い部分を侵食する様に広がっていく。
白い光が黒い部分を全て包み込むと、砕ける様に消えていった。
球体も消えて無くなり、風も止んだ。
『ミレリア、次からは気をつけてね。』
そう言い残して、レムは私の中には帰っていった。
「いやぁ、ほんと凄い魔法だったわねぇ。お姉さんも驚いたわ。」
リューネがそう言いながら後ろから近づいてくる。
声が聞こえないと思ったら、どうやら家の陰に隠れていた様だ。
「見てないで助けてよぉ。」
肩を落として呟いたのだが、
「流石にあの規模の魔法は光属性の上位魔法じゃないと簡単には消せないわよ。
ダグリーはあんな魔法を貴方に教えたの?」
そう返しきたリューネの問いに答える様に、ダグリーが飛び出してきた。
『あんな危険なもの教えるわけないじゃないの!私が使ったのはプチダークネスよ!』
プンプンと怒っている姿がなんだか可愛らしい。
「まぁそうよねぇ。ところでミレリア、貴方はどんなイメージをしたのかしら?」
「どうって、黒い球体が果物を吸い込んで消す様にイメージしただけなんだけど。」
私がそう答えると、はぁ〜。と溜息を吐いたダグリーが額に手を当てて喋り出す。
『それが間違ってるわ、あれは吸い込んでたんじゃなくて、認識したものだけを拾い上げるイメージをするのよ。必要なものだけザルで掬うように。』
「なるほど。」
しかし、それは最初に説明するべきことでは無いのだろうか?
『貴方が使ったブラックボールは、極小のブラックホールよ。
時空魔法がないと出てこられない様な、万物を亜空間に飲み込む危険な魔法よ。』
それを聞いて背筋が凍りつく。
イメージが重要とはよく言ったものだ。
結果として果物を消すことができたが、危うく大惨事になるところだった。
『危ないから、ミレリアの闇魔法は当分禁止ね。』