15話 想定外の答え
泣きながら、自分の中にあったレイルへの想いを真に受け止めていた。
だが同時に、どうしても彼との距離を置こうとする自分がいる。
いつまでも続いていく幸せならば、共に終わる事の出来る幸せならば、喜んで受け入れただろう。
私は、一人取り残されることを恐怖した。
何でもない暮らしを羨ましく思う。
思いが錯綜し思考を巡らせていると、いつの間にか夜が明けていた。
窓から覗く空の明るさに気付き、ふと我に帰る。
レイルに悪い事をした。
何も言わずに立ち去るなんて、彼を傷つけてしまっただろう。
私は最低だ、自分の気持ちを優先して逃げ出すなんて。
レイルに謝らなければ。
そう思って家の外へ出る。
いつも水を汲みに出るよりも大分早い時間だ。
誰も外にはいないだろが、レイルは朝稽古の為に間もなく外へと出てくるだろう。
空は朝日が顔を出し始めたばかりで、薄暗さを残していた。
雲一つない快晴と少し冷たい空気が心地よく、鳥の囀りが木霊している。
私は一度、昨日レイルから逃げ出してしまった湖の畔へと向かった。
謝るとは思ってみたものの、実際どんな顔をすれば良いのかわからない。
今の関係を壊さぬ様に。
レイルに嫌われたくはない。
今まで気づかなかったこの気持ちに気付いてしまった。
後悔を重ねたくはないのだ。
そうこう考えていると、昨日のあの場所が近づいてきた。
ん?
誰かがそこに横になって寝ている。
その横には、空のジョッキが二つ並べて置かれていた。
まさかと思い近づいてみると、レイルがそこで眠っていた。
近づくが、起きる様子はない。
あれから此処でずっと寝ていたのだろうか?
まさか私の帰りを待っていたなんて事は...。
それを思うと罪悪感と共に、抑えようとしていたレイルへの思いが再び大きくなる。
溜息を吐き出しながらレイルの横に腰掛けて、彼の冷えた手を温める様に握りしめた。
「こんなところで眠るなんて、本当に馬鹿なんだから。」
レイルが目を覚ますまで、しばらくその手を握りしめていた。
30分程経った頃、レイルが目を覚ました。
「おはよ。」
精一杯、普段と変わらぬ様に振る舞った。
「おはよう。目が覚めた時に、隣にミレリアがいるなんて、今日は最高の一日になりそうだな。」
恥ずかしげもなく、レイルは笑顔で答えた。
「何行ってるのよ。こんなところで寝ちゃって、最高の一日どころか風邪ひいて寝込むわよ?」
「それでもいいさ。看病してくれるだろ?」
いつもと違ってグイグイくるのね。
私の気持ちも知らないで。
そんな風に言われると、嫌でも意識しちゃうじゃないの!
「さぁ、どうだか。」
まって、これって私ただのツンデレじゃない!?
でも、ならどう接したらいいのよ。
とにかく昨日の話に触れずに、有耶無耶にしつつも普段の雰囲気を保ったまま旅にでる。
無茶苦茶難しいじゃない!
私の頭はもはやパンク寸前だった。
そんな私の腕をレイルが掴んだ。
そして、こちらを見つめている。
「今度は逃がさないぞ、きちんと答えを聞かせてくれ。
俺と、付き合ってくれないか?」
なんてストレートに言ってくるのよこの男は!
そんな真面目な顔で見つめないで。
「あぁ・・・えっと。」
頑張れワタシ!
どうにかこのピンチを切り抜けるのだ!
既に、私はまともに思考する事が出来なくなっていた。
戸惑う私を見て、レイルが代わりに口を開く。
「じゃあ質問を変える、俺の事は嫌いか?」
「嫌いじゃない。」
これには素直に答えることができた。
嫌いなわけはない。
というより、寧ろ.....。
「そうか、よかった。」
笑顔でそれだけ言って、レイルは私の手を離した。
そんなレイルを見て私は思った。
レイルには、きちんと伝えて旅立つ事にしよう。
全てを完全に隠して生きていくなんて、出来そうもないから。
少しの沈黙の後、私は話を切り出した。
「実はね・・・村を出ようと思ってるの。」
話し始めると、少しずつ心が落ち着きを取り戻す。
レイルは驚いた様だが、黙って耳を傾けている。
「お父さんが帰ってきてくれて、凄く嬉しかった。でも、もし帰らなかったら、私はどうなっていたか分からない。
多分、普通ではいられなかったと思う。
世界は平等ではないって、改めて実感したわ。
勿論、平等になることなんてあり得ないと思う。
だけど力を持つ人たちが、弱い命を弄ぶのは絶対に許されない。
私には起こらなかった悲劇に、生きる目的を失っていく人も沢山いると思うの。
私は少しでもそれを無くしたい。
信じられないかもしれないけど、私はそんな人達を助ける事の出来る力を持っているの。
だから、貴方とは一緒にいられない。
生きていく目的を見つけちゃったから。」
言い終わって、真っ直ぐにレイルを見つめる。
自分の中にあった迷いが、少しだけ晴れたような気がした。
「そうか、親父さんやお袋さんにはもう話をしたのか?」
レイルは真面目に質問をする。
「まだ言ってないの。今日話をするつもり。
というより、こんな話を信じられるの?」
「嘘なのか?」
てっきり信じてもらえないと思っていたのに、なんだか拍子抜けだ。
レイルの反応の方が信じられない。
「嘘じゃ無いけど、てっきり信じてもらえないかと思ってたわ。」
「何言ってんだよ、物心つく前から一緒に育って来た仲じゃないか。そんな真面目なお前の顔を見てれば、嘘か本当かなんて分かるさ。
まぁ、驚きはしたけどな。」
そう言って、レイルは立ち上がった。
「ミレリアが俺の事を嫌いじゃないってだけで充分だ。嫌いじゃないなら、俺はまだ諦めないぞ。」
諦めないでいてくれるのは嬉しいけど、それじゃぁ私の決心が鈍るのよぉ。
「俺も決めたよ、俺はお前と一緒に行く。お前を側で守り続けるよ。」
「え?」
何を言っているの?
その反応は想定外だ。
確かにそれは嬉しいが、結局のところ何も解決していないんじゃ?
私がレイルに対する気持ちの整理をする事も、旅の目的だったのに。
一緒にいたんじゃ意味がない。
「いや、でも・・・貴方はほら、お父さんの跡を継ぐんでしょ?」
必死で理由を探す。
「お前を一人で行かせるなんて、それこそ親父に怒られる。
それに、自分を鍛える為にも旅なんてうってつけだろ?今と鍛え方が変わるだけだよ。」
あぁ、無理だ。
こうなったレイルは手がつけられない。
人の気持ちを踏みにじる事はないが、そうならなければ自分の信念を決して曲げない。
レイルはそう言う男だった。
私も素直に全てを話すことが出来ない分、彼を納得させる術がない。
「勝手に決めないでよ。私は一人で旅立つ決意をしたの!」
「俺が一緒じゃ嫌から?」
「嫌じゃないけど、そうじゃないの!」
「じゃあ良いじゃないか。」
このままでは埒が明かない。
仕方ない、一度あの人に相談してみよう。
自分の出した答えを持って、私は二年ぶりにリューネの元へ向かう事にした。