13話 悪魔
たった一つの魔法の前に、なすすべなく立ち尽くすヴリーズ達を見て、私は冷静さを取り戻していた。
だが、彼等を許すつもりはない。
「とりあえず、クリュート村の炭鉱売りを解放してもらえないかしら。」
私は一歩ずつ、前へと歩みを進める。
ヴリーズは一歩後退り、魔法使い達の後ろに隠れる。
「あの村の者か!?ど田舎の小娘が、貴様は、誰を相手にしているのかわかっているのか!
お前たち、さっさとやってしまえ!」
人に隠れて辛辣な言葉を並べるとは、本当に腐っているようだ。
一体何様のつもりだ。
「いだっ...。」
ヴリーズは後退った際に足が縺れて尻餅をついた。
いい気味だ、怒りが収まるには全然物足りないが、私が冷静さをを保てると言う意味ではこう言った失態は有用だ。
「先程は我らの魔法が相殺しあったようで運が良かったな。しかし次はそうは行かんぞ!」
相殺しあったなんて、見当違いもいい所だ。
魔法使い達は性懲りもなく、また魔力を練り始めた。
先程より多くの魔力を練っているようだ。
まぁ、今のままでも問題ないだろうけど、念のため保険をかけておこう。
『ブラックアウト』
私は魔法使いが発現するより早く、闇魔法を展開させた。
私もこの二年間ただ遊んでいたわけではない。
闇魔法もある程度扱えるようになっている。
まぁ、一部の吸収系の魔法は怖くてつかえないけど。
私が魔法を展開させると、部屋が暗黒に包まれる。
魔力の流れを乱す空間を作り出したのだ。
これにより、魔法使い達はうまく魔法を使うことが出来ないって寸法だ。
「なんだ?魔法が発言できない。」
魔法使い達が慌てている。
魔法が使えない魔法使いって、ただのモブですよね。
実際のところ、この魔法は一定以上の魔力を持っている人には通用しないんだけど。
魔法使いの程度が知れてるわね。
魔法使いは悪態をつき、ナイフや剣を取り出した。
ほう。この世界では魔法使いも武器を使うのか?
ありきたりな杖なんかを持っていないし、護身術くらいは身につけているのか。
確かに、この世界の魔法の概念を考えると、魔法の補助的な役割は妖精だけで事足りるから杖なんて必要ないか。
などと考えながら一言忠告する。
「私に触れない方がいいわよ?」
私は素直に忠告しただけなのだが、どうやら魔法使い達の反感を買ったようで、一斉に此方へ向かってきた。
今ので実力の違いがわからないほど頭が悪いのだろうか?
それとも見た目が子供だと思って舐めているのか?
やれやれと思ってると一人目が私に剣戟を放った、その剣の刃は半分が溶けて無くなってしまった。
追撃を仕掛けるように二人目がナイフを持って、私の腹部目掛けて突進してきたのだが、そのまま全身が炭となって消えていった。
それを見て、残りの二人の足が止まる。
だから言ったのに。
いくら悪人と言えども殺すつもりはなかったのだが、私を殺すつもりで迫ってきたのだから弁明しようがない。
一瞬で焼け落ちた男を見て、心の底から嫌な気持ちになった。
流石に、人の死に触れるのは心が痛む。
「な、何をしやがったんだ!?よくもベルナールを!」
見当はずれの物言いをしてくるものだ。
「そっちが私の言ったことを聞かなかったんでしょう!」
なぜ私がそんな事で責められなければならないのか。
「手を出して来なければ何もしないわよ。そっちが仕掛けてくるなら、どうなっても知らないからね。」
私は念を押して、ヴリーズの元へと歩み寄った。
ヴリーズはそんな私を見つめて恐ず恐ずと、四つん這いになって逃げ出そうとした。
そして、私の作った空間の淵に顔をぶつけて転げ回った。
顔を抑えて必死に逃げ場を探している。
「あなた、この状況から逃げられるとでも思ってるの?」
私が呟くと、ヴリーズは"ひっ"と脅えた声を上げて動きを止めてた。
「あ、あ.....悪魔め...。」
悪魔はあんただろう?
父親を拉致しておいて、挙句話も聞かずに攻撃してきた癖によく言えたものだ。
「あなたに言われたくはないわね。」
完全に戦意を喪失させたことで、私の怒りは多少収まりつつあった。
だが、罰はキッチリと受けてもらう。
「兎に角、さっきも言ったけどまずは拉致した男を解放しなさい。」
ヴリーズを睨みつける。
「わかった、言う事を聞くから命だけは助けてくれ。」
慌てふためき涙を流しながら頭を下げてきた。
大抵こう言う奴は信用できないのだが。
ふと考えたが、このまま父を助け出すとその後の周囲の対応に困りそうだ。
考えた末に生まれた言葉を選ぶ。
「恐らく二日後に村から人が来るわ、その時に男を解放しなさい。そして、鉱石の取引を正当に行うこと。
言うまでもない事だけど、それまで男を丁重に扱うのよ。
もしも男の身に何かあったら、貴方に死よりも苦しい罰を与える。
私を軽く見て、軽率な行動を起こさない事をお勧めするわ。
そういえば、私がここへきた事は口外しないでね。」
今すぐにでも父を救いたいところだが、父やレイル達に私の事を知られたくもない。
これが今の私にとっての最善だ。
「わかった。言う通りにする。だから、命だけは・・・。」
その答えを聴き、念のため《ブラックアウト》に抵抗できない者の魔力を吸い取る《ドレイン》を使用して、全員の魔力を奪ってから《ブラックアウト》を解除した。
ヴリーズ達は観念したらしく、その後は何もして来なかった。
そうそう。私が屋敷を離れるまでに、ヴリーズは転んで机の角で頭をぶつけたり、躓いて本棚にぶつかり、倒れた棚の下敷きになったりと私が何もせずとも勝手に痛めつけられていた。
挙句、私に恐れを成した部下達の殆どがヴリーズを見限って逃げ出したりと、私の気持ちをスッキリさせるような出来事が続いた。
そして、水の精霊ミズキに頼み二日間ヴリーズの監視をしてもらうことにして屋敷を後にした。
もちろん、父に対して何かするようなら容赦するなと念を押しておいた。
二日後、父は無事解放されて鉱石もいつもより高値で取引された。
父達より一足早く私の元に帰ってきたミズキ曰く、私が戻った後に魔法使いの一人が父を殺してしまおうと持ちかけたそうだが、それを言い放った元凶をミズキが凍結魔法で見せしめに殺したらしい。
確かに容赦するなとは言ったが情けを掛けずに躊躇なく殺してしまうとは、やはり人間と精霊とは考え方に大きな違いがあるのか?
そのおかげで、父に手を出す気も失せたようだ。
因みに、ヴリーズは私が帰った翌日に階段から転げ落ちて、両手両足の骨折で現在は歩くことも出来ないんだとか。
つくづく運の無い男だなとは思ったが、全く同情の余地はない。
また同じことを起こさないとも限らないのだ。
だから父達が帰ってきたら、私はもう一度あの商人の所へ行くつもりだ。
しかし、ヴリーズの不運は私の幸運によるものなのだろうか?
もしそうだとしたら、自分の幸運で他人に不幸を招くなど、私も人として大概だなと思う。
そういえば、最近ステータスの確認をしていない。
一年前にステータスを確認したときには、レベルが上がっておりそれに応じるようにその他の数値も上昇していた。
だが、あのスキルは名前もそのまま残っており、見ただけで気分を害したのを覚えている。
それを最後にステータスを見ていないのだ。
もしかしたらあのスキルも消えているかもしれない。
なんなら名前だけでも変わってくれてないかな。
淡い期待を胸に、私は神さまから貰った水晶を取り出したのだった。