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43 相談


    †スグリ†


 何度目かになる占いを終え、スグリは息をつく。

 結果は変わらない。

 条件の絞り込みも終わった。

 これ以上、どうやっても未来を変えられる自信がない。


「さすがに疲れましたわね」


 板の間に横になる。

 一つの事柄をここまで執拗に占ったのは初めてだ。

 何度やっても同じ結果が出るので、気が滅入りそうになる。

 しかし、……事が事だけにまじめにやった。


 その努力も終わりに近づいている。

 占いが見せる未来は時期を明確にする。

 その時期は間もなく訪れるのだ。


 ……未来を変えるための時間も残らなくなる。

 今の占いが最後の占いだ。

 そう決めてやってみた占いだった。


 ほんの少しの希望にすがって占って、……裏切られた。

 悔しさがじんわりと胸に広がる。

 気づいたら両手にすさまじい力が籠もっていて、手のひらが白くなるほどに握り締めていた。

 諦めるなど到底無理そうだ。


 どうしてこんな能力を手にしてしまったのか……。

 未来がわかる。

 最初こそ浮かれていたが、素晴らしい能力などではなかった。

 これは呪いだ。

 未来が見えてしまう呪いなのだ。


 見えてしまった未来を変えられないとき、人間は疲弊する。

 やる気が消えてしまうのだ。

 何かをする気力もない。


 板の間に寝転がったまま、スグリは天窓から空を見ていた。

 なぜこんな狭苦しくて、薄暗い部屋に籠らねばならないのか。

 巫女だから。

 巫女としての務めだから。


 本当は外で遊ぶのが好きだった。

 畑仕事の方が性に合っていた。

 領主のためと思って、一日中部屋に籠って、祈りや占いに明け暮れてきた。


 ため息。

 落ち込んでいても始まらない。

 ……前向きに考えなくては。


 スグリは起き上がって、部屋の隅の箪笥を開ける。

 中には作りかけのお守り袋があった。

 着物の切れ端を縫い合わせ、口に紐を通す予定だ。

 が、今はまだ道半ばで袋にもなっていない。


 とりあえず、お守り袋を完成させよう。

 占いの道具を部屋の隅に押しやり、四方陣も片づける。

 そして、ござだけを残し、そこで裁縫を始めるのだった。


    †


 ジンが目を覚ますと、すでに太陽が高くなっていた。

 時間帯としては昼だろう。

 徹夜で動き回ったせいか、体が重い。

 他の面々はすでに起きているらしく、離れに人はいなかった。


「領主様が人間王に来て欲しいから呼ぶようにって」


 ご飯を食べているとヒヌカに呼ばれた。

 手早く済ませ、執務室に向かう。

 領主はあくびをしながら出迎えた。

 たてがみがすごい。

 でかい毛玉だ。


「撫でつけないとそうなるのか……」

「おおっと! うっかりしていた!」

「そのままでいいぞ。ち◯こ、見せられるよりはマシだし」


 内侍がお茶を用意する間、他愛のない話をした。

 作戦会議なら全員が集まる。

 二人になるのは人には言えない話があるからだ。

 内侍が出ていくのを待って、ジンは言った。


「用件はなんだ?」

「昨晩、カルとエリカがどこにいたか把握しているか?」

「……いいや、俺は見ていない」


 昨晩、不審者の捜索にはカルとエリカも参加していた。

 カルは実働部隊として。

 エリカは全体統括として。

 気にかける余裕がなかったので、いつからいつまで二人がいたか定かではない。


 それを言えば、ヒヌカも同じだ。

 屋敷に残っていたから、当然、自由だった。


「二人がどうかしたのか?」

「たとえばだが、犯人を逃がす手引きをしたかもしれん」

「おい、それはいくらなんでも言い過ぎだろ!」


 仲間を疑うのか。

 領主の奴を殴って、目を覚まさせてやろうかと思う。


 が、領主は悲しげな顔をしていた。

 疑うことを申し訳なく思う顔だ。

 それで気づく。

 ジンにとっては仲間でも、領主にとっては仲間ではないのだ。


 疑われても仕方ないのだ。

 ジンにとっては仲間だが、領主にとってはそうではない。

 正体を隠して潜伏する天上人がいたら、真っ先に疑うだろう。


 加えて、エリカとヒヌカは行動に不審な点も見られた。

 領主の執務室に忍び込んだエリカ。

 上流天上人の存在を隠すヒヌカ。


 カルだけ例外だが、巫霊ノ舞(サヤウ)を完璧に使いこなせるのは天上人だけ、という内侍長の証言がある。


「人間王よ、進展はないのか?」

「いろいろ聞いてるけど……」


 三人が三人とも怪しいのだ。

 人間から生まれたという確証がないし、疑わしい点もそれぞれある。


「だが、状況が状況だ。そろそろ本格的に問い詰めていきたいのだ」


 渋い顔で領主は言う。

 全身から申し訳なさが滲んでいた。


「俺は三人は検地役人の殺しには関わってないと思う」

「そう思う理由は?」

「ない」


 あえて言うなら仲間だからだ。

 仲間は裏切らないと信じている。

 ゆえに疑うこともないし、問い詰めるつもりもない。


 しかし、潔白だと主張するだけでは、領主も納得はすまい。

 その気持ちもくみ取ってやりたい。


「だから、俺に任せて欲しい。俺が聞き出してくる」


 領主は腕を組んだ黙り込む。


「頼む」


 ジンは頭を下げた。

 領主が嫌だ、と言ったら……。

 悪い考えが頭をよぎるが、それは考えないことにする。


 しばらく待つ。

 領主はたてがみをかき回して、


「男前になったな、人間王。俺はそういうのは嫌いではないぞ」


 そして、手を差し出してくる。


「この件、一任しよう」

「助かる」


 その手を握った。

 とてつもなくでかい手だった。

 ある意味、迷いが吹っ切れたのは領主のお陰だ。

 でかいものを見て、自分の小ささを知った。

 だから、でかくなれたのだ。


「失礼しますわ」


 一息ついたところでスグリがやってきた。

 巫女姿に猫耳猫しっぽは相変わらずだが、心なしか顔がやつれていた。

 同じ屋敷にいるのに、ここ数日は顔も合わせていない。


 聞けば、ずっと祈の間にこもっていたという。

 巫女の仕事は占いと祈祷だ。

 直轄地に不穏な影があるからこそ祈らねばならないのだ。


「スグリよ、久しぶりだな」


 領主が声を掛けると、スグリの顔が険しくなった。


「久しぶりだな、ではありませんわよ……!」

「な、何を怒っているのだ?」

「何日もほったらかしにしておいて、言うことがそれですの!? あなた、本当にわたくしの夫になるつもりなんでして!?」

「す、すまん……。いろいろあってだな」


 スグリに怒鳴られ領主はしどろもどろだ。

 家長になるのだから、もう少し威厳が欲しい。

 そう思うが、放置していた領主が悪いので、この場は何も言えない。

 ジンも同じなので領主を責められる立場ではないが……。


「占いはどうだったんだ?」


 説教が済んだところで、聞いてみる。


「大事には至りませんわ。皆様、一か月先でも健在。直轄地の暗雲も晴れますわ」

「それは朗報だな」

「なんか、ずるいけどな」


 スグリの占いは精霊の力を借りて行う。

 見える未来は本物だし、スグリがそう言うなら事件は解決するのだろう。


「よい知らせだな。占いの結果を伝えに来たのか?」

「えぇ。ついでに領主様の顔も見ようかと思ったんですの」

「聞いたか人間王? 嬉しいことを言ってくれるぞ?」


 領主が満面の笑みを浮かべる。

 実の兄の前で惚気るとはよい度胸だ。


「……スグリに事件の話をしなくていいのか?」

「おぉ、そうだったな! スグリも知っておいた方がよかろう」


 占いがよい結果でも努力は必要だ。

 未来には条件があり、それを満たさない限り、見えた未来は訪れないのだ。

 スグリは頭もいいし、話をして損はない。

 新しい発見もあるかもしれない。


 というわけで、領主は自分の隣にスグリを座らせる。

 妙に距離が近いが、ジンは何も言わないことにする。

 言っても、意味のないことは言わないでいいのだ。


「……という状況だ」


 領主が今日までの出来事を話す。

 スグリは、指折りをしながら聞いていた。

 時折、相槌を打つも、表情は真剣だ。


「スグリよ、この事件、どう考える?」

「三つ気になる点がありますわ」


 領主が問うと、即答した。


「ほぅ、どういう点だ?」

「一つは兄さまが見つけた遺体ですわ。死んだ人間が立ったままなのは考えにくいですわ。生きていた可能性はなくて?」

「……顔に触ったけど、冷たかったぞ?」

「けれど、死んだら立てませんわ。人間が二本足で立てるのは、絶えず重心を調整しているためですもの」


 二本足は根本的に安定しない。

 人間や天上人にできるのは、無意識のうちに調整するからだ。

 直立するには意志がいる。

 もちろん、死んだ人間に意志はない。

 別の力が働いたとしか考えられない。


「十中八九、霊術ですわ」

「しかし、マラマンを使ったが、あの場に痕跡はなかったのだ」


 力が観測されたのは、窪みの奥で見つかった鍋の周辺だけだ。

 あそこでは呪薬が作られていたから、それ自体は不思議ではない。

 ただ、遺体があった場所に力はなかった。


「つまり、霊術ではない力で遺体を固定していた……。そうなりますわね」


 遺体を固定するだけなら方法はいくつかある。

 蝋で固める。添え木をつける。

 体の内側に金属を通してもよい。


「それを何のためにやるんですの?」


 問題はそこだ。

 鳥よけの案山子ではあるまい。

 必ず事件に関係するはずだが、理由が少しも見えてこない。


 儀式のためと考えると説明はできる。

 しかし、わからないものを何でもかんでもこじつけているだけでもある。


「答えは出ませんわね。あとに回して、次にまいりましょう」


 スグリは二本目の指を曲げる。


「二つ目は犯人ですわ。わたくし、町人が犯人とは思えないんですの」

「こんだけ怪しいのにか?」


 夜間に徘徊しているし、現場付近には怪しげな町人がいた。

 エリカの推理でも人間は有力な容疑者だ。


「人間であることを否定しているわけではございませんわ。町人ではないと言っているんですの」


 スグリは直轄地で三年ほど暮らしてきた。

 人間となって町に出たことも一度や二度ではない。

 だから、町の人間をよく知っているのだという。


「確かに天上人を憎む方もいますわ。けれど、無理がありますの」


 内侍長のような古株しか知らないような禁呪を町の人間がどうやって知ったのか。

 彼らは土着の人間奴隷だ。

 直轄地となる前からこの地に住み、天上人に支配されてきた。

 支配された人間というのは、恐ろしく知識に乏しい。


 基本的に仕事に必要な最低限の知識しか授けられない。

 直轄地の外に土地があることも、天上人の国であることも。

 ほとんど何も知らないまま大人になり、死んでいく。


 その延長線上にある町人が、なぜ毒薬を作り、検地役人を殺すのか。

 人間だけを犯人とすると説明がつかなくなる。


「田畑にあるものを調べられたくない、という動機も不明ですわ。検地役人なんかを殺さずに、さっさと回収すればいいだけですもの」


 それもそうだが、この点はエリカもいくつか代案を出していた。

 たとえば、禁制品の栽培だ。

 収穫が冬だとしたら、それまでは動かせない。

 発覚を遅らせるには検地役人を殺すしかない。

 これなら一応、筋は通るが、そうまでして収穫したいものとは何か、という疑問が残る。


 人間が天上人を殺す。

 元奴隷だった人間には、なかなか出てこない発想だ。

 今後の人生を懸けた一大事件だ。

 どんな植物なら、そんな気を起こさせるのか……。


「わたくしは人間単独ではなく天上人も関与していると思いますわ」

「天上人が悪い奴で、人間は下働きってことか」

「えぇ、そう考えてもらっても構いませんわ。兄さまが見た町人は、関与していると考えて間違いありませんもの」


 目撃情報を基準にすればそうだ。

 検地役人は呪薬で殺された。

 犯行には人間が絡んでいる。

 ここまではエリカの推察と一緒だ。

 背後に天上人がいる、という点は新しい。


 ただ、田畑の禁制品にせよ、疑われた時点で犯人の負けだ。

 領主が首長に依頼して、近隣を調べに行かせれば明らかとなる。

 そんな単純な話なのか、といぶかりたくもなる。


「三つ目は鍋。大きさが知りたいですわ」

「鍋?」


 スグリは最後の指を曲げた。

 これは予想外の問いだ。


 鍋の大きさ。

 思い出すに、確か、かなり大きかったはずだ。

 底が深く、炊き出しに使うような大きさだ。


「その大きさだと、話も変わってきますわね」

「なんで鍋で変わるんだよ?」

「呪薬を作るのにその大きさを使ったのなら、呪薬も相当量あると見るべきですわ。十二人が茶碗一杯飲んだとして、どれくらい余りがあるか計算してくださいまし」


 それは、誰も考えていないことだった。

 領主の顔が青くなる。

 たぶん、自分の顔も同じくらい青い。


 ネズミ一匹殺すのに呪薬は数滴という単位だった。

 天上人殺すにしても茶碗いっぱいは十分な量だ。

 あの鍋でたっぷりと呪薬が作られていたとしたら、犯人はまだ余力を残しているだろう。


 なぜ余力を残すのか。

 使うからに決まっている。


「犯人はまだ殺す気だってのか?」

「予備として作っただけの可能性もありますわ。けれど、残りがある以上、警戒はすべきですわね」

「スグリの言う通りだな……。警兵に伝えてくる」


 領主は慌ただしく執務室を出る。

 全貌こそ見えないが、捜査は着実に進んでいた。

 犯人は隠れるだけで、自分たちが追いかける側。

 そういう思い込みがあった。


 犯人がこれ以上、殺さないと決まったわけではないのに……。

 いざ突きつけられると、ずっしり来る。

 これ以上、誰を殺すというのか。


 検知役人は全員が殺された。

 となれば、残る天上人は屋敷にいる誰かだが……。


「はぁ、大変なことになりましたわね」


 スグリがため息をつく。


「お前も気をつけろよ。殺されるかもしれないんだからな」

「わかってますわよ。けど、ずっと籠もってばかりなんですのよ? 折角、婚約が決まったのに」

「……そう言えば、そうだったな」


 盛大に祝ったのが、ほんの数日前なのだ。

 本来なら、結婚の話で盛り上がっていたはずだ。

 どんな式にするだとか、誰を呼ぶだとか。

 祈の間に閉じこもりを余儀なくされ、婚約者にも存在を忘れられる。

 考えてみると、結構、かわいそうな境遇だ。


「天上人の結婚式は、バランガとは違うんですのよ」


 スグリはぼやくように語る。

 内侍を通じて調べていたらしい。

 結婚式は霊殿でする、とか。

 互いの血を杯に入れて飲み合う、とか。

 式次第がスラスラと出てくる。


 よほど楽しみだったのだろう。


「……なんで頭を撫でるんですの?」

「別に。結婚したら、もう妹として会えないだろ?」

「それもそうですわね……」


 スグリは頭をあずけてくる。

 ちょっとだけ、あの頃に戻れた気がした。



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