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40 捜査4



 昼食後は捜査に駆り出された。


 今日の狙いは死因を突き止めることだ。

 エリカは、遺体を切ればなんでもわかる、と豪語した。

 遺体を切り、肉の状態を見て、胃の中身を確かめ、異常な臓器を探す。


 話を聞くだけでも恐ろしい行為だ。

 死体を切り開くなど死者の辱めでしかない。


「……お、お前は悪魔か?」

「人体解剖はれっきとした医術よ」


 バランガでは病は悪霊が運ぶものだった。

 対して、医術は病に理由をつけて説明する試みだという。

 なんでも、病気の多くは菌で説明ができるのだとか。


 だから、遺体を切らせろ、とエリカは主張する。

 もちろん、領主は首を横に振った。


「……切ればわかるのに」


 狂人のような台詞を吐き、エリカは遺体の衣類を調べた。

 遺体は屋敷の蔵に安置されていた。

 秋とは言え、十日前の遺体は腐臭を放ち始めている。

 調査のために残されているが、家族の引き取りも間に合わないし、直轄地で内々に火葬してしまおう、という話も出ているそうだ。


「エリカは、よく平気だね……」


 腐臭の中、カルが苦笑いする。

 そう言うカルも平気な顔をしている。

 ジンは離れた場所で眺めていた。

 目を背けたくなるような外見もそうだが、臭いがきつい。


 死体になれば天上人も人間も違いはない。

 土に還るのを待つだけだ。


「カル、こっち持ってもらえる?」

「ここ?」

「そう、そこ。……何かついてるわね」


 エリカとカルが死体に顔を近づける。

 ねちゃねちゃ。

 嫌な音が聞こえた。


「……俺、外で待ってるぞ?」

「そうね。役に立たないからそうしなさい」


 身も蓋もないことを言われ、追い出される。

 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 心なしか空気がうまい。


「つぁあああぁ!!」


 そのとき、エリカの叫び声が聞こえた。


「何かあったのか!?」


 蔵に戻ると、エリカは地面にへたり込んでいた。

 近寄ってみると、布切れを大儀そうに摘んでいた。

 被害者の着物の切れ端に見える。


「……大丈夫か?」

「えぇ。……ちょっと驚いただけ」

「何があったんだ?」

「嗅げばわかるわ」


 布を突き出される。

 臭いを嗅ぐ。


「つぁあああぁああぁ!!」


 鼻の奥を刺し貫くような臭みが走った。

 臭いというより、痛い。


「何だこれ!?」

「おそらく、これが検地役人を殺した毒よ。九人の被害者のうち四人の衣類に同じ液体が付着していたの」

「……確かに、これは、毒だな」


 臭いが段違いにきつい。

 腐臭がましに思えるほどの刺激臭だ。

 鼻の奥が刺されたかのように痛み、涙が出てくる。


「この毒が何から作られたか突き止めるのが次の仕事よ」


 エリカは布を持ち出し、離れに戻る。

 遺体と睨めっこしたあとは、臭い布切れを調べるらしい。

 これが医術の道なのだとすると、自分には無理だな、とジンは思う。



 数刻ほどの調査で、毒は植物をすり潰した汁と判明した。

 質の低い布で濾されていたため、植物の繊維質が残っていたらしい。


 エリカの調べでは、植物は二種類とのこと。

 簡単な調合だ。

 単体でも十分毒になるのだろう。

 毒草として有名なはずだ。


「だとしたら、図鑑に載っているはずなんだけど……。見たことがないわね」


 図鑑は植物の絵と概説が書かれたものだ。

 医術を専攻していたソテイラの奴隷は、毒草の図鑑を書いていた。

 エリカは数度読んだらしいが、臭いのきつい毒草の記述はなかったという。


「カルは何か知らない?」

「うーん」


 カルは真剣な顔で考え込む。

 毒については忍びも達人だ。

 相手や状況に応じて使い分けるため、実用的な毒ならエリカより詳しいはずだ。


「僕が習ったものとは違うかな。忍びが使う毒は基本的に味も臭いもしないから」

「天上人が使う毒なんじゃないか?」

「かもね。聞いてみようか」


 布を持って領主に聞きに行く。

 しかし、回答は芳しくなかった。

 そもそも領主が毒物に詳しいはずもない。

 せいぜいが儀式に使う数種類になじみがあるだけだ。


「町の人間に聞いた方がよかろう。身近なものなら教えてくれるはずだ」


 領主の助言に従い、町に聞き込みに出る。

 町の人間に臭いのきつい草を聞く。

 周辺地理に詳しい彼らでも答えは出せない。


 近場で取れる草ではないのかもしれない。

 あり得る話だ。


 そんな中、一つの証言を得た。


「温泉地の山で根が臭い植物が生えてるぞ」


 やっとのことで手がかりを見つけた。

 大体の場所を聞き出し、ジンは証言を頼りに温泉地へ向かった。



 捜索は大掛かりだ。

 ヒヌカや戦軍も駆り出しての山狩りになった。


 麓から山頂方向へ調べていく。

 山に落とした異物を探すなら簡単だが、目的は植物の根だ。

 いちいち引っこ抜いてすり潰し、臭いを確かめる。

 時間のかかる作業だが、救いは、同じ種類は二度、調べなくていい点だ。


 探索は二人一組で行う。

 ジンはヒヌカと組み、ジンが引き抜いた草をヒヌカが確認する。


「こうしてると畑を耕してるみたいだね」

「……そうかもな」


 土いじりが少しだけ懐かしい。

 バランガにいた頃は二人で畑の世話をしていた。

 感傷に浸りたいところだが、どうしても領主との会話が思い出される。

 ヒヌカの顔を見やる。


「どうしたの?」


 微笑みながら問いかけてくる。

 腹をくくって、聞いた。


「ヒヌカ、何か隠してることないか」

「え?」


 瞬間、ヒヌカの笑顔が固まる。


「隠し事、あるだろ」

「……」


 領主は言っていた。

 問い詰めるのは最後の手段だと。

 だから、核心には触れず、あくまで様子をうかがうだけに留める。

 ヒヌカが反応を示せば、後ろ暗いことがあるということだし、すんなり話してくれるのなら、それでもいい。

 しばしの間を置いて、ヒヌカは言った。


「……あるよ」


 聞いておいて難だが、……その返事は想像していなかった。


「ごめんね、今まで黙ってて」

「な、何を隠してたんだ?」


 平静を装って聞く。

 すると、意外な答えが返ってきた。


「わたしね、バランガの生まれじゃないの」

「……え?」


 ヒヌカがバランガの生まれではない。

 そんなわけがなかった。

 山の中に孤立した村なのだ。

 外から人間がやって来た話など聞いたこともないし、あるはずがない。


「それがね、あるの」

「どこから来たんだ?」

「わからないの。わたし、捨て子だったから」


 ヒヌカの本当の母親は町で暮らす人間だった。

 何の奴隷だったかはわからない。

 ただ、生活環境があまりに劣悪だったのだろう。

 あるとき、町を出て山へ逃げたという。


 町に出てみればわかるが、逃亡先に平野ではなく山を選ぶことは、まずあり得ない。

 山に入れば食糧の調達も困難だし、穢魔に遭遇する確率も上がる。

 あえて山に入ったのは、ヒヌカの母が自殺を考えていたためだろう。

 あるいは、逃走のために仕方なく山へ入ったか。

 真相はわからない。


 とにかく、彼女は持ち出した食糧で食いつなぎながら山を歩いた。

 最寄りの町からバランガまでは徒歩で五日から十日の距離だ。

 道も目印もないため、狙ってたどり着くことはできない。


 彼女は運よくバランガの近くまで歩きついた。

 そこをヒヌカの父に発見された。

 父は衰弱した彼女を村に連れ帰った。


 そのとき、彼女は子供を身ごもっていた。

 彼女は村で半年ほど生活し、子供を生んだ。

 女は長年の奴隷生活で体を壊しており、出産に耐えることができなかった。

 赤子を生んですぐに息を引き取った。

 しかし、彼女は生まれてくる子供の名前だけは考えていた。

 赤子はヒヌカと名付けられた。


「それがわたしの生い立ち。だからね、わたしはあの家の子じゃないの」


 ヒヌカの家は兄弟が多かった。

 歳は離れていたが、皆仲良しだった。

 顔が似ていない、と思ったことは、正直、ある。

 けれど、血がつながっていないなど考えたこともなかった。


「驚くよね、やっぱり」

「それは、まぁ……」


 驚きはした。

 でも、それだけだ。

 ヒヌカがどこで生まれたかは関係ない。

 今の話が事実ならヒヌカが人間から生まれたのは確実だし、謝るほどのことでもない。

 むしろ、わざわざ言う必要もなかったとすら思う。


「だって、わたしは奴隷の子だよ? やっぱりジンには相応しくないよ」

「ま、待て。何でそんな話になるんだ?」

「ジンは王だから。天上人に抗う王の妃が天上人の奴隷の子なんて、汚点になりかねないもの」


 話が見えてきた。

 ヒヌカの気にしている点もわかった。


「そんなの誰も気にしねぇよ。文句を言う奴がいたら、俺が黙らせる」


 血統だの家だのは飾りでしかない。

 天上人の悪いところをあえて真似する必要はない。

 バッサリと切り捨てると、ヒヌカはホッとした顔をしていた。

 ということは、隠してることというのは――――。


「家のことだよ? そうじゃないの?」


 逆に聞かれた。

 もちろん、家のことではない。

 本命は昨日の夜のことだが……、こちらの手の内は明かせない。


「つぁぁぁあああぁあ!!」


 そのとき、叫び声が聞こえた。

 山の上から鼻を押さえた戦軍が転がり落ちてくる。


「だ、大丈夫か!?」

「王よ、ご心配めされるな! 鍛えられた体はこの程度では傷一つ付きませぬ! ただ、鼻が……、鼻が」


 怪我はないようだが、目には涙を浮かべていた。

 鼻を押さえたまま転げ回っている。

 十日前に布に染み込んだ汁と現地での生搾りでは、何と言っても鮮度が違う。

 相当に強烈な臭いなのだろう。

 ……哀れと思うほかない。



 目的が達成されたので、実験に必要な量を採集し、撤収の準備に移る。

 皆がせわしなく動き、ヒヌカに質問する雰囲気ではなくなった。

 無理に聞いてもいいが、領主との約束もある。

 今のところは捜査を優先しよう、とジンは思う。


 それにしても、ヒヌカが捨て子だったとは……。

 話によればヒヌカは人間の子で間違いないが、話が真実だと確認する方法はない。

 ヒヌカの父や姉に聞けばわかるも、二人は遠方にいる。

 手軽に確認ができないからこそ、嘘をついたという見方もある。


 エリカもカルもヒヌカも。

 人間である確証がない。

 誰も彼もが怪しく見えてくる。


 ……何のつもりで人間のフリをしてるのか。


    †


 屋敷に戻ると、エリカは植物を調べ始めた。

 問題の植物は高さが人差し指ほどの小さな花だ。

 親指の爪くらいの大きさの黄色い花を咲かせている。


 見た目は愛らしいが、一方で根っこはごつい。

 なぜこんな愛らしい花にこんな根が……、と思うほどに太くて長い。

 人間の太ももくらいの太さと長さがある。


 何より、禍々しい気を放っている。

 臭いではない。

 気だ。


 マラマンの汁を使わなくてもわかる。

 植物自体が特別な力を持っている。

 カルも気配を感じているのか、険しい顔つきだ。


「……エリカ、毒なんだから、気をつけてね」

「わかってるわ」


 植物は庭に運ばれた。

 室内では臭いがこもるし、臭い自体に毒があった場合、危険なためだ。

 毒がわかったと聞いてか、領主もやって来ていた。

 内侍も数人いる。

 皆が見守る中、エリカは慎重な手付きで根の先端を切り取る。

 じわりと切られた部分から液体が染み出す。


「ふぉっ!? これはすごい臭いだな!」


 領主が鼻を押さえた。

 内侍たちも同様に顔を袖で覆う。

 人間に感じられるほどの臭いだ。

 天上人にとっては、さぞかし強烈に違いない。


 根から取れた液体は黄土色をしている。

 エリカはそれを水に溶かし、細竹に注ぐ。


「それ、どうするんだ?」

「本当に毒かどうか実験するわ」


 カルがどこからともなく生きた鼠を持ち出してくる。

 エリカの指示で予め捕獲していたのだという。


 エリカは鼠の頭を固定し、口に無理やり液体を流し込む。

 ネズミはめちゃくちゃ嫌がっていた。

 だが、次第に動きが大人しくなる。

 ……死んだのだろうか。


「生きてるわね。眠り薬なのかしら」

「いや、様子が変だぞ」


 ネズミの体が小刻みに震える。

 なんというか生き物の動きではない。

 例えるなら不安定な器を机に乗せて、机を揺らす感じだ。


 気味の悪さに、全員が距離を取る。

 ネズミの震えがますます大きくなる。


「やばいんじゃねぇか……?」


 と口にしたそのとき、ずるり、とネズミの口から何かが出てきた。


 黒い物体だった。

 ガサガサと動く。

 虫?


嫌われた蜘蛛(キナスス・レーチ)だ!」


 蜘蛛がエリカに飛びかかるのと、領主が刀を抜くのが同時だった。

 黒い虫は一刀のもとに切り捨てられる。

 ピクピクと動いて、そのまま死んだ。


「今のはなんだったんだ……?」

嫌われた蜘蛛(キナスス・レーチ)は猛毒を持つ虫だ。噛まれると指の先から腐っていく」


「あぶねぇな! なんで、そんなのがネズミの口から出てくるんだ?」

「俺に聞くな。まさかネズミの中に住んでいたわけではあるまい」


 なら、ネズミの中で生まれた?

 いや、発生した?


 飲ませたのは花の根をすり潰した汁だ。

 そこから穢魔が生まれたと考えるのは無理がある。

 唸っていると内侍の一人が手を挙げた。


「……差し出がましいこととは思いますが、私、その臭いを嗅いだことがございます」

「ほぅ、どこでだ?」


 領主が問い返すと、内侍は言った。


「霊殿にございます」


 彼女は直轄地に来る前、ガレンの霊殿に勤めていたそうだ。

 主な仕事は清掃や祭事の手伝い。

 霊殿では季節の節目や冠婚葬祭などの儀式を執り行う。


 儀式は本来、司祭を筆頭とする聖職者のみで行われるが、稀に手伝いとして下働きの者が同席することもあった。

 彼女が同席したのは晩秋の儀式だ。

 マナロが精霊から賜った盃の模造品を用い、バサ皇国の建国を祝う。

 その儀式の最中、盃には黄土色の液体が満たされていたという。


「その臭いが今も忘れられず……。確か、この根に近い臭いだったと思います」

「霊公会が儀式に使うくらいだ。精霊に縁のある花なのだろう?」

「申し訳ございません。そこまでは……」


 内侍は頭を下げる。

 清掃係だったのだ。

 知らないのは仕方がない。


 霊公会だったら、ジンの知る範囲ならソテイラに聞けばわかるだろう。

 いや、そこまで行かずともエリカが知っているはずだ。

 そう当たりをつけるも、


「あたしが知るわけないでしょ。あたしは、あくまで呪具(スンパ)を作る奴隷だったんだから」


 ソテイラの本職は霊公会の司教だが、人間奴隷はそれに一切関与しないという。

 賄賂用の呪具(スンパ)の製造が仕事なのだから、当然ではある。


 しかし、霊公会で使われる植物だと知れたのは大きい。

 適切な資料を当たれば、きっと記述があるに違いない。

 直轄地に本があればの話だが。


「都合よく図鑑など置いてあるはずがなかろう」


 領主に一蹴された。

 何をするにしても直轄地という制約がついて回る。

 霊公会の関係者に意見を求めようにもガレンまでは馬で五日はかかるのだ。


 若干、諦めの空気が漂い始めた頃、内侍長がぽんと手を叩いた。


「この臭いは、あれじゃな。ディラウじゃな」


 最初、誰も反応を返せなかった。

 ディラウ。

 唐突に出された名前に首を傾げる。


「見たときから、ずーっと頭に引っかかっておったが……、やっと思い出した。これはディラウの根じゃ」

「何か知ってるのか?」

「知っておるとも。これは古い植物なんじゃ。昔は重宝されたが、今はとんと話を聞かんな」


「その話、詳しき聞かせてくれるかしら。この布に付いてるのもそうなの?」


 エリカが検地役人の着物を渡す。

 内侍長は布を眺めたあと、あごひげを撫でながら唸る。

 みんなで頑張れ、と念を送る。


「これは、ディラウだけではないな。……プティ、そう、プティと混ぜ合わせたんじゃな。色が白い」

「そのプティってのは何なんだ?」

「別の種類の植物ですな。爺のたわごとと思って聞いてくだされ」


 内侍長は語る。

 まず、地上界には二種類の生き物がいる。

 元々、地上界にいたものと精霊界から降りてきたものだ。

 後者の代表例が天上人であり、マナロの先導で方舟に乗ってやって来たとされる。

 この方舟には天上人以外も乗っていた。

 言葉を解さない動物や植物だ。


 そうした動植物は長い時間をかけて地上界に馴染み、今では当たり前のように共生している。

 その代表例が穢魔だ。

 穢魔は精霊界で生まれた悪しき精霊の眷属だとされ、精霊界、地上界を問わず、その他の精霊の眷属に牙をむく。


 同様に植物も多様な種類が精霊界からやって来た。

 マラマンのように薬剤として使われるものもある。

 だが、その多くは人里離れた山奥に自生し、天上人の生活には無縁の存在だ。

 図鑑化されるでもなく、口伝や文献でいい加減に伝えられるばかりだ。

 そうして、いつしか名前すら忘れられていった。


 バサ皇国にはそんな草花が山とある。

 その中には、古来、精霊界にいた頃の天上人が特別な用途に用いた植物も混じる。

 その一つがディラウの根だ。


「ディラウの根は強い土の色を持つんじゃ」

「土の色?」

「力の性質のことじゃよ」


 古来の考え方に従えば、霊術には固有の色がある。

 木、火、土、金、水。

 どんな霊術もこの五色に基づく。


 色は精霊にも当てはめることができ、あらゆる精霊は五つの色からなる。

 大半の精霊は二色あるいは三色が混ざった属性を持ち、炎の精霊(イグルクス)のように単色の精霊は稀だという。


 古来より色は個人の性質を表すために使われたが、マナロが炎の精霊(イグルクス)から血を受けた頃から、考え方は廃れた。

 天上人にとって火の色が至高となったためだ。


 しかし、いかに炎の精霊(イグルクス)の血が流れようと、目覚める霊術が火の色とは限らない。

 霊術は個人の資質によって色を変えるためだ。

 たとえば、領主などは純粋な金の色を持つ。

 こちらも単色は稀で、複数色が混ざり合う霊術が大半だという。


 話を戻す。

 ディラウの根は強い土の力を宿す植物だ。

 精霊も霊術も単色の方が珍しいように、植物も単色の力を持つものは希少価値が高い。

 故に儀式などで土の色を表す場合は、ディラウの根が使われるという。

 他にも木、火、金、水の力を持つ植物は存在し、古来の儀式ではよく利用されていた。


 木の色。ルンティアンの花びら。

 春の草原に咲き乱れるすみれ色の花に混じり、稀に色違いの花弁が現れる。

 そこに強い木の力が宿る。


 火の色。プラの葉。

 樹高百メートルを超えるプラの木の頂点に生えた葉。

 真夏の昼に赤く染まり、火の色を蓄える。


 金の色。プティの実。

 プティは背の低い木。

 秋の満月の晩にだけ白い実をつける。


 水の色。イティムの蜜。

 氷の張った池に浮かぶ巨大な葉。

 冬の朝に一抱えもある花を咲かせ、黒色の蜜を出す。


 いずれもバサ皇国に自生するが、天上人の生活圏には存在していない。

 精霊界に近いとされる山地や谷にのみ生える。

 また、強い力を持つ植物は、それ自体が危険物だ。

 希少価値は高いものの採取に危険が伴うため、取り扱う商人は少ない。


 かつての天上人は、植物の持つ色を様々な用途に用いてきたが、今では一部の儀式の中で、祈りのために使われるのみだ。

 霊公会以外で需要を持つものはないとのことだ。


「昔は祈り以外に使ってたのか?」

「と聞いていますが……、詳細までは知りませんな。今では禁呪とされるものも多いので」


 使用することを禁じられた術、故に禁呪だ。

 一般には、あまりにも危険過ぎるために禁止指定された霊術を指す。

 マナロが精霊の血を賜る以前、天上人は霊術を素材の持つ色の力を用いて行使していた。

 禁呪という呼び名はその当時からあったという。


 素材の色を利用し、何がしかの効果を得る。

 中には当然、公共の利を損なうものもあれば、道徳的な禁忌に触れるものもあった。


「……禁呪ね。犯人が知っていたかは不明だけど、ディラウが強い力を持つなら、検地役人が死ぬのも肯けるわね。それ自体が強い毒として働くみたいだし」

「しかし、毒として使うにはちと希少過ぎるの。各色は季節に対応しておってな、特定の季節の特定の時間帯だけしか採取できんのじゃ」


 木火金水はそれぞれ春夏秋冬に、土は季節の変わり目に対応する。

 五色の中でディラウだけが比較的広範囲に自生し、また、採取の機会も多い。

 それ以外は僻地や離島にしか自生しないという。


「ディラウはわかるとしても、プティは解せぬというわけじゃ」

「たまたま手に入ったとは考えにくいかしら?」

「うぅむ、流通するもんでもないしのぅ」


 入手経路が絞れないなら、逆に購入した奴が犯人になる。

 しかし、なぜそんな手に入りづらいものをわざわざ使うのか。


「毒ってのは、もっと簡単に作れないのか?」

「作れるものもあるじゃろうが、天上人を殺すなら強い色を持つ植物は選択として悪くないの。種族によって効果のある毒が違ってくるが、色を持つ植物なら誰にでも効く」


 ディラウとプティを使う理由がないわけではないようだ。

 いや、そもそも初歩的な疑問なのだが、


「こんなの渡されても飲まないだろ」


 臭いがきついし、飲まされそうになったネズミは全力で嫌がっていた。

 飲ませる方法が思いつかないし、そもそも殺すことが目的なら、殴り殺すなり霊術で焼き殺すなり方法はいくらでもある。


「気絶させたか、眠り薬を盛ったかでしょ? それなら無理に飲ませなくて済むわ」

「薬を二つも用意するのか? 面倒だろ」

「あんたはそう思うでしょうけど、犯人にとっては違ったのよ」

「なんで?」

「犯人が非力だったらどう思う?」


 犯人が非力。

 つまり、検地役人に勝てない存在だった場合だ。

 力で勝てない以上、殺害方法は力に頼らない方法に限られる。

 あえて毒殺を選ぶだけの理由はある。


「じゃ、犯人は下流の天上人なのか?」

「もっと弱い者でも殺せるわ。……たとえば、人間だってね」


「……お前、人間を疑うのか?」

「一例よ。けど、案外、筋は通るんじゃない?」


 エリカは以前に、犯人の動機を田畑を見られたくないからだ、と推理していた。

 検知役人に見られては困るものが田畑にある。

 隠したのは、日頃から田畑の面倒を見ている者になる。

 つまり、人間だ。

 そして、人間は天上人に勝てないという条件を満たす。


 犯人を人間と仮定すると……、確かに何もかもが説明可能だ。


「俺の直轄地にいる人間は、そんなことはせんぞ。何かの間違いだ」


 すかさず領主が反論する。

 彼は首長や町の人間との交流があるし、よい関係を築いている。

 ただ、町の人間が仲間と認めているのは、あくまで領主個人だ。


 他の天上人まで仲間と考えるかは怪しい。

 普通の奴隷なら天上人に殺意を抱くことなど恐れ多いだろうが、解放された人間なら考えてもおかしくない。


「で、結局、なんでこれを使ったんだ?」

「それは……」


 ジンが問いかけると、皆が黙り込む。

 毒を作るだけなら他にも方法があったはず。

 なぜ色の強い植物を用意したのか。


 毒の正体が明らかになっても、犯人の狙いは一向に見えてこない。


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