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39 捜査3


 朝が来た。

 何の変哲もない朝だ。


 布団の中で考え事をしたせいで、全く眠れなかった。

 ……ということはなく、ぐっすり眠れた。

 自分は考え事に向いていない。

 考えようとしても、気が散ってしまう。


 考えられる頭が必要だ。


「起きた? 朝ごはん食べたら捜査に行くわよ」


 隣の部屋からエリカがやって来る。

 昨日と何ら変わらぬ態度だ。


「俺は行かねぇ」

「なに? またサボるわけ?」

「やっぱり具合が悪いの?」


 ヒヌカが枕元に座る。

 不安げな顔だ。


「いや、今日は戦将と話をする。あと領主に呼ばれた。用件は知らないけどな」


 予め用意した言い訳を話す。

 が、エリカは食い下がってくる。


「じゃあ、調べるのは昼から。あたしも戦将に会うわ。何を話すの?」

「領主が最近、穢魔が増えてるって言ってたからな。状況を聞こうと思っただけだ」


 そう説明すると納得してくれた。

 王らしくなったわね、とも言われた。

 言い訳のために作った仕事だ。

 嬉しくはない。



 戦将は朝食後、すぐにやって来た。

 彼らは町外れで野営している。

 首長が宿の提供を申し出たが、戦将は断っていた。

 宿に泊まれば軟弱になるかららしい。


「わざわざ呼びつけて、何の用だ?」


 戦将は未だに機嫌が悪かった。

 演舞を根に持っているようだ。


「穢魔が最近増えたって聞いたけど本当か?」

「本当だ。ここ十日で急に増えた。しかも、数だけじゃなく質も上がった。今までいなかった奴も出てくるようになった」

「何かあったのか?」

「いいや。俺たちは何も。突然、増えやがった。異常現象かもしれん」


 昨今はどこでもそうだ。

 穢魔が突然増えるのはよくある話だ。


「とは言え、時期が気になるわね。ここ十日って大体、検地役人が殺された頃なのよね」

「おい、お前まで関係あるって言うのか?」

「言ってみただけよ。殺人と穢魔が関係するわけないでしょ」


「なんだそのナントカ役人ってのは?」


 戦将が首を傾げる。

 ずっと町の外にいたため、経緯を知らないようだ。

 エリカが説明すると、戦将は興味なさげに言った。


「天上人の事件なんざ俺には関係ねぇな。人間王、俺はあんたに期待してるぜ。さっさと殺る期日を決めてくれ。俺は全力で戦う。新しく作った武器も穢魔で練習した。十分戦えるぜ」


 領主と戦う。

 そんな場合ではないのだが、戦将の視線は熱い。

 重苦しく肯いて、その場は収める。


「他に変なことはなかったか?」

「変ってほどでもねぇが、人間どもが町の外に出すぎだ。川辺だの森だのうろついてる。注意しても聞かねぇし、守る方も大変だ。人間王から言ってやってくれ」

「わかった。首長に伝える」


 戦将との話はそれで終わりだ。

 一応、領主にも伝えよう。



 次は領主と話す。

 エリカやカルもついて来たがったが、一人で来いと言われたのだ、と嘘をついた。


「……人間王か、何の用だ?」


 領主は顔色が優れなかった。

 呪いがまだ治っていないのかもしれない。

 心なしか表情も暗かった。


「なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」

「……いや、何でもない」


 意味ありげな視線を向けられる。

 何かあったのかとも思うが、心当たりはない。

 それより、領主に何を伝えるかだ。


 三人のことは話すつもりでいた。

 人間側の問題かもしれないが、それを判断するだけの材料がジンにはない。

 領主やスグリの意見が欲しかった。


「大切な相談がある」


 考えて、そう切り出した。


「……大切な話か。少し待ってくれ」


 領主は執務机の下に潜り込んだり、衣装棚を開けたりした。

 部屋中を歩き回り、落ち着きがない。


「何してんだ?」

「何でもない。誰もいないか確認しただけだ」

「いるわけないだろ……」


「実はな、俺も人間王に話があったのだ」

「話?」

「ヒヌカのことだ」


 ヒヌカと言われてピンとくる。

 昨晩のことに違いない。

 領主も霊術の痕跡を見ていたはずだ。


「昨晩、なぜあのような場所にいたのか、聞いたか?」

「聞いたけど、散歩だって言われた。それ以上は何も」

「だが、見ただろう。あの場所には……」

「あぁ、霊術の痕跡があった」


 駆け引きは時間の無駄だ。

 手元にある情報は全部出すことにした。


「ヒヌカは人間だけの村で生まれたし、天上人の知り合いなんかいない」

「……うぅむ、では、ヒヌカは人間王にも何かを隠している、と?」

「そうかもしれない。実は、それに関係するかもしれないんだけど……」


 ジンは三人のことを話した。

 警兵長から結界の表示器具をもらった経緯から、エリカ、カル、ヒヌカのうち誰かが人間でないことまで。


「人間ではないぃ!? 本当か、それは!?」

「本当だ。見間違いじゃないぞ。機械が壊れてたわけでもない」

「……いや、しかし、うぅむ」


 領主は腕を組んで唸る。

 疑うのも仕方のない話だ。

 人間の三人組のうち一人が人間でないなど、普通は、ない。

 あってはならない。


「……ありうる可能性としては、霊術だろう」


 領主もジンと同じ結論に至る。


「じゃ、親が大罪人で一緒に罰を受けたってことだな」

「いいや、……連座は人間だけの仕組みだ。天上人にはない」


 最も重い罰は家の取り潰しを伴う。

 これは柄や役位を剥奪されるものであって、親と同じ罰を子が受けるわけではない。

 天上人の裁きとはあくまで本人の罪に対する罰なのだ。


「……赤ん坊が罪を犯した? ってことはないよなぁ」

「何とも言えんな」


 人間への変身は最大級の厳罰らしい。

 大罪人以外に執行されることはほとんどない。

 赤子がその対象となるのは、よほど特殊な場合だ。


 たとえば、政治的な理由があった場合。

 名家では世継ぎをめぐっての対立がしばしば起こる。

 対立候補を減らすために、生まれたばかりの子を大罪人に仕立て上げることは、なくもないらしい。


 他にも霊公会の託宣で凶兆が出たとか、赤子が上位の者に無礼を働いたとか。

 こじつけようと思えばいくつかの筋書きは作れる。


「……作れるが、どれも可能性は低いな」


 堕人変化。

 天上人を人間に変えてしまう霊術には、そんな名がつけられている。

 呪いの一種に分類され、使い手は行政の管理下にある。

 目覚めたものは帝政に連絡し、特別な施設に入れられる。

 そして、将来は大罪人を裁く司法官となる道を歩むのだ。

 当然、勝手に使うことは固く禁じられる。


 死刑以上に執行の頻度は低く、邪魔な相手の排除には使いづらい。

 殺した方が数十倍も手軽だからだ。


「”なぜ”は一度保留した方がよいかもしれんな。重要なのは、”誰”かだ」


 ”誰”には二つの意味がある。

 ヒヌカ、カル、エリカ。

 三人のうちの”誰”が天上人なのか。

 そして、その天上人は何者なのか。


 ここでようやく話が戻る

 昨晩のヒヌカだ。


 ヒヌカは天上人をかばった。

 何者かが町に潜んでいる。

 そして、ヒヌカはそいつと通じている。


「素直に考えれば、ヒヌカこそが天上人だろう」


 領主は言う。

 ごく自然な結論だ。

 ジンも少しはそう思った。


 だが、その結論は昨晩、風呂で聞いた話と完全に矛盾する。

 エリカとカルは生まれが不明瞭だった。

 だから、天上人の可能性があった。


 ヒヌカだけが別なのだ。

 ヒヌカは同じ村の生まれだ。

 親にも会ったことがある。

 その一点がヒヌカを人間だと証明している。


「ヒヌカは人間でありながら、天上人と通じていると?」

「……かもしれねぇ」

「解せぬ話だな」


 霊術の痕跡が残るほどの天上人が、物陰に隠れながら人間に会う。

 それはバサ皇国の常識では起こりえないことだ。

 領主をして、解せぬ、と言う以上、間違いない。


 しかも、ヒヌカはジンから隠そうとした。

 結婚の誓いを交わした相手にすら言えないこと。

 その事実はジンにとって、あまりに重い。


「企みと言えば、人間王に聞きたいのだが……」


 領主は言葉を濁した。

 言いづらそうに顔を背け、……そして、昨晩の出来事を話してくれた。


 昨晩、エリカが執務室に来た。

 だが、領主はその姿を見ていない。

 スグリに言われて気づいたそうだ。

 慌てて部屋に戻ってみると、……机の下が温かくなっていた。


「な、なんだそれ……?」


 無茶苦茶な話だった。

 事実なら、エリカは執務机の下に隠れて、領主の動向を探っていたことになる。


「信じられねぇな、エリカが……。何のために?」

「わからんから人間王を呼んだのだ。何か指示を出したか? この際、腹を割って話したい」


 領主の顔は真剣だ。

 ジンも真剣に答える。


「俺は何も言ってないぞ」

「ならば、エリカの独断か?」


 そうなるだろう。

 もっと直轄地を知りたいと言っていたし、執務室を調べる動機はあると言えばある。


 しかし、忍び込むのはやり過ぎだ。

 エリカらしくない強引なやり口だ。


「聞いてみるか? 部屋に入ったかって」

「事実は言うまいて。白を切られたらそれまでだ」

「けど、俺たちは仲間だ。聞けば答えてくれる」

「仲間だからこそ、黙るときもある。問い詰めるのは最後の手段だ。一度それをやったら、次はないぞ」


 領主はあくまで、慎重に調べろと言う。

 答え合わせは一度限りだ。

 間違ったとしても、なしにはできない。


 証拠が必要だ。

 言い逃れを許さないような証拠が。


「しばらくは観察を続けてくれ。気づいたことがあれば知らせて欲しい」

「わかった。そっちも何か気づいたら言えよ」

「無論だ。話してくれたことを感謝する、人間王。信頼を得られて嬉しいぞ」


 領主が手を差し出してくる。


「信頼もクソもあるか。非常事態なだけだ」

「うむ。今日のところはそうしておこう」


 領主と手を握り合い、話は終わった。

 味方ができたのは大きな前進だ。

 猶予がどの程度かは不明だが、慎重にやろう。


    †


 執務室を出て中庭へ行く。

 気分転換のためだ。


 朝だけでいろいろ話した。

 頭脳労働はつらい。

 体を動かしたかった。


 中庭にはカルがいた。

 短剣を持って舞の練習をしていた。

 巫霊ノ舞(サヤウ)だ。


 忍びの舞は独自の意味を持つ。

 魂を自身の体から解放し、別の視点を得ること。

 それが極意だ。


 これができれば、体を違う方法で動かせるようになる。

 何倍もの力が出たり、ずっと丈夫になったり。

 飛躍的に強くなれるのだ。


 カルはジンが来たことに気づいていない。

 一心不乱に舞っている。

 本当に綺麗な舞だ。


「ほぅ、見事な巫霊ノ舞(サヤウ)ですな」


 内侍長がやって来た。

 屋敷の責任者だが、直接話したことはなかった。

 老齢なのであまり外に出ないためだ。


「知ってるのか?」

「えぇ、あれは太古の昔、巫女だけが使っていた御業です」

「そうなのか?」


 カルは里の奥義だと言っていた。

 てっきり忍びの技かと思っていた。

 違うらしい。


「今はなくなってしまいましたがね。短刀(シーグ)を使った舞ですよ」


 内侍長曰く、マナロ戦記よりも霊公会が生まれるよりも前の頃。

 当時は精霊の怒りを鎮めるために巫女が演舞を披露したという。

 演舞は巫霊ノ舞(サヤウ)と呼ばれた。


 巫霊ノ舞(サヤウ)は魂だけを精霊界に戻し、精霊と触れ合う術だ。

 天上人が地上界に降り立った際に編み出され、巫女の家系に受け継がれたとされる。


 未来視や幻視、占星術。

 巫霊ノ舞(サヤウ)を通じ、巫女は様々な力を獲得した。


 だが、巫霊ノ舞(サヤウ)は大いなる危険を伴った。

 精霊界に浸り過ぎると、精神が汚染されるのだ。

 中には錯乱した巫女が里を滅ぼしたという例もある。


「それ、カルにも聞いたな……。やりすぎると死ぬって」

「左様。故にその危険性から巫霊ノ舞(サヤウ)は姿を消していったのですな」


 今では覚えている天上人も少ない。

 失われて久しい遺物だという。


 なぜそれが里に受け継がれたのかは謎だ。

 隠里も外界の情報を収集していた経緯がある。

 有用なものを取り入れた結果なのかもしれない。


「しかし、まさか人間に舞えるとは驚きましたな」

「普通はできないのか?」

巫霊ノ舞(サヤウ)は天上人の中でも選ばれた者だけが使える秘技。人間では無理でしょう。第一、精霊の加護がない」

「けど、里の奴らは結構、できるって……」

「ある程度なら、人間にもできましょう。しかし、限度がある」


 巫霊ノ舞(サヤウ)には深さがある。

 魂を精霊界に戻す際、どこまで深く入れるか。

 入れば入るほど、魂は別世界の理に染まる。

 そして、入りすぎると魂が囚われ、帰れなくなる。


 人間が到達できるのは精霊界と地上界の中間まで。

 魂がそもそも地上界のものだからだ。

 精霊界に魂が入れば、確実に死ぬ。


「だというのに、あの娘は巫女と同じ深さまで魂を浸しておる。とんでもない才能です」

「そうだったのか……」


 他の忍びよりカルが抜きん出ている理由も、そのあたりにあるのかもしれない。

 そんなことを思う。

 内侍長が余計なことを言ったのはそのときだった。


「実に素晴らしい娘です。本当に人間なのですかな?」


 ……本当に余計な一言だった。

 人間にできないことができるカル。

 それはなぜか。


 ジンは可能性を知っている。

 知りたくもなかった可能性だ。


「どうだかな。実は天上人かもしれねぇぞ」

「え?」


 内侍長は目を見開いていた。

 そんな返答が来るとは思っていなかったのだろう。


 カルの演舞を楽しんだあとは、そっとその場を離れた。




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