表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/199

37 捜査どころではない


 少しの間、頭が混乱していた。

 昼食も何を食べたか記憶になかった。


 食後は離れに戻った。

 捜査をサボったのでエリカには文句を言われた。

 カルも心配そうだった。


 怪しまれないためには自然に過ごした方がよいのだろう。

 だが、そんな余裕はなかった。

 思い至りもしなかった。


 とにかく考えを整理したい。

 正直、まだ現実を受け止めきれていない。

 点が三つだったのは、何かの間違いだったのではないか。


 そんな気すらしてくる。

 しかし、あれは事実だった……。

 点は三つ。

 何度も見たのだから間違いはない。


 ヒヌカ、カル、エリカ。

 この三人のうち、一人が人間ではない。

 まず、そこを考えなければならない。


 物事を考えるときは、いきなり全部を考えない。

 一つに集中して考える。

 行き詰まったら次に行く。

 それを繰り返せば必ず解ける。


 エリカの言葉だ。

 ……まさかこんな形で使うとは思わなかった。


 人間ではない状態とは何か。

 人間でないのに人間の見た目をしているのは何か。


 一番近いのは天上人だ。

 天上人の女は外見が人間に近い。

 毛皮もなく、耳や尻尾、牙や爪といった部分に動物の特徴を持つ。

 うまく隠せば人間になるが、隠し通せるとは思えない。

 三人は何度も風呂に入っているし、裸ではどうやっても隠すのは無理だ。


 ……何かの霊術ならば可能性はある。

 霊術は種類が多く、ジンの知らないものも無数にある。

 その中の一つに、たとえば、尻尾を消すものがあるとすれば、

 霊術。

 そのとき、ジンは唐突に思い出した。


 答えはヒヌカが喋っていた。


 ティグレという天上人が大きな罪を犯し、人間に変えられる呪いをかけられた、と。

 人間に変える霊術は存在している。

 それを使えば、天上人でも人間になる。


 しかし、見た目は変わっても結界は誤魔化せなかったようだ。

 結界を見張っていた警兵長は気づいていたのだろう。

 気づいていながら黙っていた。

 理由はわからない。

 シヌガーリンの策に関係したのかもしれない。


 今になって話すのは死刑が確定したからだろう。

 どうせ死ぬなら伏せておく必要もない。

 ジンに託したのは嫌がらせのためだ。

 話した際の雰囲気からしてもそうだった。

 こっちが疑心暗鬼になる様子を想像して楽しむ腹なのだ。


 ……つまり、三人の誰かを疑ったら思惑通りだ。

 仮に天上人が混じっていたとしても、……悪い奴とは限らない。

 今日まで一緒に過ごしてきたのだ。

 人間として溶け込んでいた。

 仲間だった。


 種族が違うくらい、何のことはない。

 ……本当に?

 仲良くしているのは表面だけで、違う目的があるかもしれないのに?


 実際、シヌガーリンが用意した刺客だったら紛れもなく悪い奴だ。

 違う、違う、違う。

 三人とも直轄地に来る以前からジンの仲間なのだ。

 シヌガーリンが用意した刺客という説は間違いだ。


 だとすると、警兵長にしても意外な客人だったということになる。

 ……それは、つまり、正体不明だということを意味していた。


 ドツボにはまった。

 仲間なのか。

 敵なのか。


 正体とは関係ないことばかりが気になる。


「ジン、具合はどう?」


 そのとき、ヒヌカが離れにやって来た。

 お盆には果物とお茶が乗っている。

 心配して様子を見に来たようだ。


「平気だ。体調が悪いわけじゃないからな」

「なら、どうしたの?」

「考えることがある」

「そうなんだ。わたしに話して楽になるなら、いくらでも聞くよ?」


 ヒヌカには話してしまおうか。

 三人のうちでもヒヌカだけは違う気がする。

 村の幼馴染で、小さい頃から一緒だった。

 第一、隣の家で生まれたのだ。

 人間でないわけがない。


「あー、平気だ。政治の話で、誰にも言うなって言われてるんだ」

「エリカさんに?」

「いや、……里長だ。自分で考えなくちゃいけないからって」


 念のため、嘘をついた。


 誰かは正体を黙っていた。

 つまり、誰かには隠す意思があった。

 ヒヌカが知ったとき、どんな行動を取るかは不明だ。

 話さないのが安全のためだ。


「そうなんだ。頑張ってね」


 ヒヌカが笑う。

 とても愛らしい笑顔だ。

 人間だ。

 人間だよな?


    †


 とにかく、手段が必要だ。

 人間かどうかを確かめる方法が。


「急に来るなんて、……どういう用向きなんですの?」


 ジンはスグリを訪ねた。

 祈殿は人払いをして、今は誰もいない。


 スグリは人間国と距離のある立ち位置だ。

 知恵を借りるのにちょうどよかった。


「相手の正体を知る方法が知りたいんだけど、何かあるか?」

「……また、無茶な質問でございますわね。よくわかりませんが、身分や名前を偽っている方がいらっしゃるという前提でよろしいんですの?」

「そうだ。誰かが嘘をついてるのはわかった。でも、誰かがわからない」

「でしたら、簡単ですわ。まず、どんな嘘かはっきりさせてくださいまし」


 嘘をはっきりさせる……。

 人間だと偽る。

 そこが嘘だ。


「させたぞ」

「嘘を見つけたら、それを確認すればいいんですわ。たとえば、農民とおっしゃる商家がいたとしますわ。嘘は職業。なら、職業を確かめるために、何の仕事をしているか聞くか、見るか、すればいいんですの」


 これは少し難しかった。

 嘘を確認すると簡単に言っても、その方法がわからない。


「具体的に何に困ってるんですの?」

「えっと、……まぁ、種族を偽ってるんだろうな」

「種族ですの?」

「狼なのに犬と言ってるとか。見た目じゃわからないんだ。どうしたらいい?」


「なら、生まれを確認すればいいんですわ。犬なら犬から生まれたはずですもの」

「どうやって? 親を探すのか?」

「過去を聞いてみればいいんですのよ」


 きちんと自身の過去を話せるか。

 違和感があったら、そいつが嘘つきだ。

 スグリの方法は単純だ。

 けれど、効果はありそうな気がする。


「できそうな気がしてきたな」

「でしょう?」

「スグリ、もう一つ頼んでいいか?」

「わたくしにできることなら」

「ヒヌカ、カル、エリカの三人から生まれの話を聞き出して欲しい」

「……」


 スグリは顔を曇らせた。


「……その三人を疑ってるんですの?」


 肯く。


「理由は言えない。けど、俺は嘘つきが誰か知りたい」

「……」


 スグリは無言で考える。

 長い時間が空いた。

 そして、顔を上げ、


「わかりました。その頼み引き受けますわ」


 理由は聞かずにいてくれた。

 頼りになる妹だ。


 これで何かがわかるはず。

 ……誰が天上人なのか、必ず見つけてやる。


    †


 夜になった。

 外に出ていたカルとエリカも戻った。

 四人で夕飯を食べる。


 捜査の方は進展がなかったそうだ。

 検地役人の遺留品を洗っても疑わしいものはない。

 殺害方法も未知のままだ。

 明日は死因から当たってみるとのことだ。


「なに、あたしの顔になにかついてる?」

「いや……」


 エリカは捜査に協力的だった。

 天上人だから、天上人の死に興味があるのか。

 人間ならもっと手を抜くということはあるか。


「あんた、具合が悪いなら寝てなさいよ」


 離れに戻ってからもずっと考えていた。

 黙っていたせいか、頭から布団をかけられた。


「あたしたちはお風呂に行ってくるから。スグリちゃんに誘われてるの、うふふ!」


 そして、三人が離れを出ていく。

 入れ違いに忍びがやって来る。

 ここまで手はず通りだ。


「準備は整っております」

「行くぞ」

「はっ」


 忍びを引き連れ、ジンも場所を移動する。

 向かう先は女湯。

 作戦はこうだ。

 スグリが三人を風呂に誘い情報を引き出す。

 そして、ジンはそれを盗み聞きする。

 誰かがボロを出せば終わり。

 そいつが天上人だ。


 女湯は屋敷の端にある。

 壁に張り付けば中の声が聞こえる。


「……王、覗かないのですか?」


 忍びが困った声を出す。


「覗く……? あぁ、そうか。覗きの手伝いだと思ってたのか」

「ち、違うのですか……!? こ、これはとんだ御無礼を……」


 謝ることではない。

 覗けるなら覗きたいくらいだ。

 だが、今はそれをするときではない。

 全神経を耳に集中させる。


 ザバザバという水の音。

 話し声も聞こえる。

 スグリが意図的に壁際に誘導しているのか、次第に声が大きくなる。


「ふー、巫女専用のお風呂って大きいんだね。わたし、こんな大きなお風呂初めて」

「僕も。誘ってくれてありがとう、スグリちゃん」

「あら、あたしはもっと大きな風呂に入ったことあるわよ」


 三人は壁際で腰を下ろした。

 可能な限り気配を消す。

 下手をすれば壁越しでもカルには気づかれてしまう。


「あら、エリカさんは、どこでそんな大きなお風呂に? ここは天上人用でしてよ?」

「帝都よ。あたし、ソテイラの奴隷になる前は帝都にいたから」

「何をなさっていたんですの?」


 スグリがさり気なく聞き出す。


「んー、同じよ。金持ちの奴隷。あたしの一家は全員、そこの奴隷。位階はそこそこだけど、金があったから人間用の風呂も大きかったってわけ」

「へー、いいなぁ。自分一人で入れるの?」

「まさか。人間奴隷全員で入るのよ。だから、大風呂ってわけ」

「なーんだ」


「その身分の高い天上人が気になりますわ。領主よりも身分が高いなんてことはございませんわよね?」

「なーに、高かったら怒るってわけ? 中流だし、大したことなかったわ。宮廷向けの化粧品を卸してる商家。店にほとんどいないし、あたしは人間だけでのんびりやってたってわけ」


 エリカはよどみなく語る。

 スグリが帝都の様子を聞いても、すらすらと答える。

 なんとなれば、聞かれてないことまで話す。

 帝都に住んでいたのは間違いないと思えた。


「やっぱりエリカはいいところの生まれなんだね」

「あら、カルだってそうでしょ? 人間王に仕えていた陰の一族なんだから」

「僕は、違うんだ……。捨て子だったから」

「え、そうなの?」


 そうなの? とジンも思う。

 意外な発言だった。

 カルが捨て子という話は初めて聞いた。


「うん、ズイレンの近くで見つけたんだって。任務中だったけど、……拾ってくれて。以来、今の父さんに育てられたんだ」

「お父様は忍びだったんですの?」

「母さんもだよ。忍びの夫婦だったんだ。子供ができなくて、授かりものだと思ったのかも。僕、運がよかったから」


 そのあとは里での生活の話が続く。

 どこを取っても違和感はない。

 カルが里で育ったことは里長に聞けば一発でわかるから、嘘をつく意味がない。

 カルは人間だろう。


 ……と思うが、捨て子という点が気になった。

 人間から生まれたという確証がないのだ。

 罪人の子として、連座で罰せられた天上人の赤子だったら。

 人間として町に放り出されても不思議はない。


 エリカとカル。

 今の時点ではどちらも怪しい。

 カルに関しては自分から話すとは思わなかった。


 二人共語り口に迷いがない。

 事実か。

 あるいは事前に用意していたか。


 ジンが存在に気づいた時点で、向こうも対策を練ったはずだ。

 過去の設定を固めるのは嘘に対して有効な防御だ。

 間違いが露呈しない限り、こちらは確証を得られない。


 とにかく、二人にまでは絞れた。

 ……続きは別の方法で探るとしよう。


感想とかお待ちしてます(定期)

ブックマークもお願いします

あと評価ポイント(?)をつけると、ポイントが増えるので嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ