36 捜査1
犯人を捜すことになった。
嫌な予感だとか、呪いだとか。
漠然とした不安も、犯人を捕まえればイチコロだ。
ジン、カル、エリカの三人で祭事用具の蔵へと足を運ぶ。
犯人に遭遇することを考え、ヒヌカは待機だ。
昼間に入ると、蔵の全貌が見えた。
壁際に神輿や山車が並び、容積の大半を占める。
木箱に入った小物も積まれ、人がすれ違えるのがやっとという通路が一本あるだけだ。
遺体はその通路を引きずられ、一番奥へ押し込まれていた。
「……見事にぐちゃぐちゃね」
エリカがため息を漏らす。
「ぐちゃぐちゃ?」
「遺体を運び出すときに現場を踏み荒らされたってこと」
踏み荒らされると捜査の邪魔になる。
たとえば、現場に財布が落ちていても、犯人のものか、運び出した人のものかわからない。
誰も蔵に立ち入っていないことが証明できるなら、財布は犯行時に落とされたものだと証明できる。
しかし、多くの人間が出入りした今、何かが落ちていても様子を見に来た時に落とした、という言い訳ができてしまう。
捜索する側にとって、不利な状況だ。
手分けして蔵を漁った。
祭事に使う道具ばかりで、これと言ったものはなかった。
なんとなく三人で死体の様子を再現してみる。
結構ダラッとした感じで重なっていたはずだ。
「……これ、なにか意味あるのかな?」
「重いんだが?」
「あんた、上に女の子が二人も乗ってて感想がそれ?」
……見えてくるものはない。
「そう言えば、ここだけ娘さんの遺体があったんだよな?」
「そう、殺され方が違った遺体がね」
確か娘だけ殴られた形跡があった。
なぜか殺し方が違っていた。
いや、それよりも三人をどう殺すかが謎だ。
外傷なし。
水を飲んだ形跡もなし。
いきなり病気で死ぬとも思えない。
「毒だとは思うわ。眠るように死ぬ毒とか」
「でも、……死んでいた三人は怒った顔をしてたよね?」
カルが指摘する。
山で見つけた三人も、蔵で見つけた三人も、顔は怒っていた。
苦しみではない。
怒りや憎しみ。
そういった感情に満ちていた。
「怒りながら死ぬ毒なのか?」
「そんな都合のいい毒があるとは思えないけど……」
エリカは腕を組む。
「複数の毒を使い分けた可能性もあるわね。眠らせてから、殺すとか。で、目が覚めて苦しんだから、こんな顔になった……」
もっともらしい説明だが証拠はない。
毒はすでに腹の中に入っているのだ。
確かめようがなかった。
「ん、これは……?」
そのとき、何かが光った。
通路の端。木箱に変な染みがついていた。
膝くらいの高さにこぶし大の染みがある。
何かが上から滴ったのだろうが、天井を照らしても何もない。
「これなんだ?」
「どれ?」
エリカは液体の先を指につけて臭いをかぐ。
「……染料でもないし。何かしら」
乾いてない以上、事件に関係するものだろう。
エリカは染みのついた部分を剥がそうとする。
「任せて」
カルが短剣を抜き、綺麗にくり抜いた。
鋸でもないのに板が斬れる。
さすがだ。
そのあと、もう一度、蔵を漁る。
今度こそ何も出てこなかった。
早くも手詰まりだ。
「他に手がかりはなさそうね」
「手詰まりか?」
「現場だけじゃ無理ね。別の方向から考えないと」
「たとえば?」
「犯人の狙い。気づいたことがあるの。なぜ検地役人を殺したと思う?」
聞かれてもわからない。
恨みがあるからか、と適当に答える。
「違うわ。それなら直轄地じゃない場所で殺した方がいい。検地役人を狙ったのは、検地役人でなければならなかったから。でも、殺す場所も直轄地じゃないとダメだったのよ」
「つまり?」
「犯人は直轄地の田畑を調べられたくなかった誰か」
田畑を調べられなくない……。
検地は田畑に竿を入れて、縄で面積を測る。
土の質も見るし、縄のたるみを防ぐために内側まで踏み込む。
「僕、わかったかも……。何かを隠してるってことでしょ?」
「正解。農村のどこかに何かを隠した。だから、田畑を調べられる訳にはいかない」
「けど、来年になったら田植えするだろ」
「そのときまでには回収するのかも。そうしたら辻褄は合うでしょ?」
筋は通っていそうだ。
犯人は収穫後の田んぼに何かを隠した。
収穫の終わった田んぼは農民でも用事はない。
この地方では冬季にも田に水を張るというし、なおさらだ。
予定では田植えの前に何かを回収するはずだった。
しかし、想定外の事件が起こる。
検地役人がやって来たのだ。
検地では竿と紐を使って田畑の面積を測るわけだが、紐のたるみを防ぐために最低一人が田に入る。
焦った犯人は検地役人を急いで殺そうとした。
「……けれど、直轄地に隠す必要はないのよね」
何かを隠すにしても領主の土地を選ぶ理由はない。
ハービーの言う通り、力のない諸侯の土地を使った方が騒ぎが小さく済むからだ。
「と思わせた目くらましじゃない?」
カルが言うも、エリカは首を振る。
「……ないと思うわ。利より損が大きいもの」
領主に楯突くのは重罪だ。
検地役人を九人殺すよりもはるかに罪が重い。
領主も本腰を入れて犯人を探すだろうし、撹乱目的でそこまでするとは考えにくい。
そもそも直轄地を死体で穢す行為があり得ない。
一番街は領主の屋敷がある町だ。
死体を捨てるだけで、相応の罪になる。
隠すならアピョー畑のように人間の領域に置くべきだ、とエリカは言う。
その辺の機微はジンにはわからない。
しかし、きれいに説明できない後味の悪さはわかる。
どういう犯人なら領主に喧嘩を売ろうと思うのか。
「また手詰まりか?」
聞くと、エリカはため息をついた。
「あのね、物事を考えるときは、一点に集中して考えるの。で、行き詰まったら次に行く。それを繰り返すの」
次の視点を探すわけだ。
とは言え、現場で議論しても仕方がない。
蔵の調査を切り上げ、屋敷に戻ることにした。
「……なんだあれ」
屋敷の前庭に物々しい馬車がいた。
見たことない形だ。
窓もなく、扉には閂がある。
まるで牢屋を乗せたみたいだった。
「あぁ、人間王。よいところに来ましたね」
馬車の陰からハービーが現れる。
「ハービー、これ誰の馬車だ?」
「警兵長を迎えに来た武官ですよ」
武官は名の通り武力を司る職務だ。
主として揉め事の仲裁や警察を行う。
今回は警兵長と警兵の移送が任務らしい。
馬車には新しい警兵が乗ってきたという。
事件が起こる前に派遣されたため、人数は今までと変わらない。
十名程度とは言え、戦う力を持つ天上人だ。
頼もしさを感じる。
「ハービーはもう出発するのか?」
「えぇ、準備が整い次第です。ですが、一つ厄介な件がありましてね。あなたの協力が必要です」
「俺の?」
「警兵長は間違いなく死罪となるでしょう。中流以上の天上人が死罪となる場合、慣例として死刑前に一つだけ願いを申し出ることができるのです。警兵長はその権利を前倒して使用しました」
願いは小さなものなら大抵受理される。
食事や音楽、本などだ。
逆に、家族に会う、酒や薬物を求める、といった願いは却下される。
「警兵長は人間王に会いたいと申し出ました」
「……俺に?」
人間に会う。
願いとしては下の下に相当し、前例はない。
ただ、同道した武官の判断により許可が降りた。
「用件は何なんだ?」
「わかりません。会ってから話す、と。ご協力いただけますか?」
「別にいいけど……。何を話すんだ?」
「話す必要はないですよ。どうせ罵倒したいだけでしょうから」
ようやく話が見えてきた。
警兵長は計画が失敗した腹いせに人間に悪口を言おうという魂胆なのだ。
そして、ハービーは察していながらも黙っていた。
はめられた気分だが、行くと言った手前、行くしかない。
ハービーに連れられ牢屋へ向かう。
屋敷の三軒隣の山際に建てられた小屋だ。
石造りの壁で外見は蔵。
中に入ると、蝋燭に照らされた窓のない部屋があった。
面会用の部屋なのだろう。
椅子と机があった。
片方の椅子に警兵長が座る。
手足を縛られた状態で。
「人間王をお連れした。話があるのならば、手短に」
ハービーが扉を塞ぐように立つ。
特に指示はない。
自由にしろということだろう。
ジンは警兵長の正面に座った。
「俺に用事があるんだってな」
「あぁ。どうしても伝えたいことがあるのでな」
小馬鹿にした笑いを漏らす。
どう見ても悪口を言う顔だ。
「変なこと言うんだろ。聞いてやるから早く言えよ」
「あぁ、言うとも。人間。俺の左手についた器具を持っていけ」
「……はい?」
「聞こえなかったか? 左手の器具を取れと言った。結界の表示器具だ。怪しいものではないぞ」
……そう言われても、信用はできない。
ハービーを見る。
「事実です。問題ないでしょう」
許可が降りる。
警兵長に近づき、左手を見る。
確かに何かが巻き付けられていた。
外す。
……それは、不思議な道具だ。
円盤に革の帯がついている。
帯で手首に巻いて固定するようだ。
円盤の表面は黒一色。
それ以外の部分は金属製だった。
「使い方はわかるか、人間」
わかるわけがない。
「人間が結界を通過すれば、表面に地図が浮かび上がる。通過した場所が点で現れる。一人につき点が一つだ。いいか、一人につき一つだぞ」
仕組みを聞けば単純な作りだった。
結界と連動して、通過した人間を通知する。
人数まで把握できる便利な道具だ。
「でも、なんで俺に?」
「お前が一番必要になるからだ」
「俺が必要になる……?」
意味がわからない。
ハービーにも見せてみる。
「当たり前ですが束縛する前に確認しています。本当にただの道具です」
「なら、もらっておいて損はないか。気味は悪いけどな……」
「いいか、肌身離さず持ち歩けよ」
警兵長は念を押してくる。
これで何をしろというのか。
聞いてみたが、警兵長は答えなかった。
時間が来て、警兵長が連れて行かれる。
……本当に不思議な面会だった。
「では、私はこれで」
移送の準備は滞りなく終わった。
縛られた警兵長が馬車に乗せられる。
警兵長は大人しく指示に従っていた。
出発の準備が整う。
ハービーも馬車に乗り込んだ。
「調査、頼んだぞ」
「私を誰だと思っているんですか? 任せてください。必ずや期待に答えてみせますよ」
領主に見送られハービーが旅立つ。
結局、警兵長の目的はわからなかった。
結界の表示器具。
何に使えというのか。
†
ハービーを見送り、屋敷に戻る。
ヒヌカが門の前で待っていた。
「おかえり。ご飯できてるよ」
「もうそんな時間か」
言われてみれば、腹が減った。
「次は検地役人の持ち物を調べようと思ったけど、……先に食事にしましょうか」
エリカも腹を押さえる。
昼食はヒヌカの手作りらしい。
屋敷にいるのも手持ち無沙汰なので、奴隷と一緒に仕事をしているらしい。
あとで聞いたが、料理、洗濯、裁縫。
どの点をとってもヒヌカは他の奴隷より優秀とのこと。
文芸や音楽にも通じているため、内侍の受けもよい。
さすがはヒヌカだ。
四人で屋敷の門をくぐる。
ブルブルと左腕の器具が振動した。
結界を通ったために通知が来たのだ。
見てなくてもわかる。
本当に便利だ。
何気なく表示を見る。
そこには、三つの光点が示されていた。
…………。
三つ。
そう三つだ。
今、屋敷の門をくぐったのは、ジン、ヒヌカ、エリカ、カル。
四人だ。
四人の人間だ。
なのに、点が三つしか表示されない。
……うまく飲み込めない。
数え間違いではない。
何度も見る。
どう考えても三つだ。
やがて、その三つの点も薄くなって消えていく……。
ジンはしばし呆然としてしまう。
冷静になって、頭から考え直す。
……今、自分たちは確かに四人同時に門をくぐった。
点は四つ表示されなければならない。
だが、実際には一つ足りなかった。
なぜか。
わからない。
機械が壊れている?
そうだ。そうに違いない
ジンはもう一度門をくぐった。
今度は内側から外側へ。
すると、再び左手に振動がある。
点が一つだけ表示された。
……機械は、壊れていない。
だったら、どうして、
『お前が一番必要になるからだ』
『いいか、肌身離さず持ち歩けよ』
警兵長の言葉が蘇る。
必要になる。
……こういうことだったのか?
「ジン、どうしたの?」
ヒヌカが振り返る。
「時間がないんだからさっさとしなさいよ」
エリカが文句を言う。
「また左手が痛いの……?」
カルが心配そうに言う。
どう見ても、三人は人間だ。
でも、この中に一人、…………人間のフリをした奴がいる。
嘘だろ……。
「……何でもない」
「じゃ、早く行こうよ」
「そうも行かねぇ」
「どうしたのジン? 顔が怖いよ?」
ヒヌカが近づいてくる。
エリカとカルもだ。
エリカは怒っていて、カルは不安げだった。
……一人、人間じゃない奴がいる。
そいつが誰なのかは、はっきりさせなければならない。
「少し、話があるんだ。こっちに来てくれ」
ジンは三人に背を向けて、門の外に出ようとした。
そのとき、左手に衝撃が走った。
慌てて表示器具を見る。
……表面の板が破壊され、中身が見えるようになっていた。
「大丈夫!? なにか今、飛んでいかなかった!?」
「あたしには見えなかったけど」
「ご、ごめん……。僕は見てなかったかも」
「俺は大丈夫だ……。けど」
表示器具は壊れていた。
門を通っても、何も表示されない。
表示する部分が破壊されたのだから当然だ。
「あーあ、派手に壊したわね。これじゃ直らないじゃない」
「そうなのか?」
「あたしが間違えるわけないでしょ」
それもそうだ。
エリカが見間違えるわけ――――。
いいや、違う。
壊したのがエリカなら?
……後ろを向いていたジンの左手を狙う。
カルなら簡単だ。
でも、エリカにも可能だ。
特殊な道具をいくつも持っているのだから。
ヒヌカは……。
できないはずだ。
違う。
それも違うのだ。
ジンの知るヒヌカにはできない。
そういう話であって、ジンの知らない、人間ではないヒヌカだったらできるかもしれない。
……ただ、一つ、言えるのは、今、この中の誰かが意図的に器具を破壊したということ。
バレるのを恐れたのだ。
器具の用途を知っていたのだろう。
そして、ジンの表情を見て気づいたのだ。
……やはり人間ではないのだ。
人間の見た目をしているのに人間ではない。
それは、あまりにも気持ち悪い事実だ。
……何がどうなっているのか。
「ジン、具合が悪いの? 横になる?」
ヒヌカが顔を覗いてくる。
「……大丈夫だ」
そう言って、ごまかした。
今はまだ行動を起こさない。
相手はジンが気づいたことに気づいている。
下手に動けば、何が起こるかわからない。
最悪、残りの二人が危ないかもしれない。
何のために人間のフリをしているのか。
目的も正体も不明だ。
三人のうち誰が人間モドキなのか……。
相談もできない。
一人で考えなければならない。
――――クソ、一体何がどうなってんだ。