表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/199

35 種明かし2


 そのあとは大騒ぎになった。

 カルが領主を呼びに走り、エリカが遺体を調べた。


 ハービーも遺体を見るなり血相を変えた。

 酔いなど一発で覚めたようだ。


 遺体は領主の屋敷へ運んだ。

 屋敷の祝賀会は中断され、内侍や警兵が慌ただしく動き出した。


「……どうも気になるわ」


 エリカは遺体に拘った。

 夜の間、ずっと様子を眺めていた。

 ジンも付き合わされた。


 そんな調子で夜が更ける。

 気づけば朝になっていた。



 朝。

 屋敷の空気は重かった。


 婚約式の話だとか、結婚の日取りだとか。

 本来ならそんな話がしたかったはずだ。

 スグリも昨日の夜は、すごいはしゃいでいた。


 すまし顔だが、何だかんだで嬉しかったのだ。

 兄さま、兄さま、とうるさかった。

 しかし、今はそれどころではない。


 遺体は三人とも検知役人だとわかった。

 郊外で見つかった者たちとあわせて六人が亡くなったことになる。


「人間王、昨日は迅速な対応に感謝する」


 いつものように応接間で向かい合う。

 領主が形式張った挨拶をする。

 やはり表情は硬い。


「もう一度、状況について確認したいのだが、説明してもらえるだろうか」

「あたしが話すわ」


 エリカは発見までの経緯を時系列で話した。

 場所は温泉から町へ向かう途中。

 町の外れだ。


 見つけたのは四人の天上人。

 あのあと詳しく調査して、更に一体の遺体が見つかったのだ。

 うち三人は検地役人だった。


 残る一人は若い女の天上人だ。

 これは内侍長の確認で検地役人が連れてきた娘だとわかっている。


 遺体の状況は検地役人が外傷なし。

 苦しんだ形跡もなく、綺麗に死んでいた。


 一方で娘は傷だらけだった。

 腕や足など急所を避けた場所に外傷が集中したことから、意図的に嬲られたようだ。


 エリカの調べでは、死亡したのはいずれも数日以内。

 首長が目撃者を探しているが、見つかってはいない。


 検地役人の死は先日に続いて二度目だ。

 前回も三人が死んだ。

 奇妙な符号だが、検地役人は三人組で行動する。

 それ自体は問題ではない。


 ただ、今回の件は明らかに異なる部分があった。

 遺体を隠そうとした誰かがいる点だ。


 蔵には遺体を引きずったあとがあった。

 遺体を運び込んだときのものと見て間違いなかった。

 隠す意図があった以上、これは殺人だ。


 殺人なら、犯人がいる。

 しかも、山で見つけた遺体と蔵で見つけた遺体はよく似ていた。

 一つの可能性が浮上する。


「あたしは、あの三人が崖から落ちて死んだのではないと思うわ」

「……あちらも殺された、と言うのか?」

「そうよ。これは連続殺人よ」


 何者かが検地役人を狙って殺した。

 それが二件続けて起こった。

 場合によっては、更に続く恐れがある。


「やはりそうか」


 エリカの推理を聞いて、領主が溜息を吐く。


「何か心当たりがあるわけ?」

「あぁ。九人いた検地役人が全員死んだのだからな」

「……九人? 死んだのは六人じゃないの?」

「いや、もう三人いたのだ」


 その三人はシヌガーリンが陰謀を巡らせている間に死んだ。

 当時は、シヌガーリンが人間王に罪を着せるために殺した、と考えられていた。


 遺体の状況が似ているなら、さらに確度は上がるが、遺体は警兵長の指示で火葬されたあとだった。


 いずれにせよ、直轄地にいた検知役人が全滅した。

 事故だったとは考えにくい。


「最初の検地役人が殺されたのは具体的にいつ?」

「うぅむ、確か二十日前くらいだったか」

「おっしゃる通りです。私から補足しましょう」


 ハービーが情報を整理する。


 最初の殺人は約二十日前。

 シヌガーリンが領主暗殺を目論んでいたときだ。

 町に滞留中の班が殺された。


 遺体は町外れの草むらで発見された。

 警兵長がシヌガーリンの謀略と判断し、すでに弔われている。


 二番目は約十五日前。

 アピョーの見学に行ったときだ。

 山中の崖下に三人が倒れていた。

 家族に連絡され、遺体は安置されている。


 三番目は昨日。

 祭事用具をしまう蔵に遺体が四体。

 この件だけ例外的に遺体が多い。

 事情としては検地役人が娘を同道させたためだった。


 班ごとに殺害されたことがわかる。

 つまり、特定の個人に恨みがあったわけではない。

 仕事のために班が別れたところを狙い、個別に殺している。

 当初より皆殺しが狙いだったのだろう。


「ちなみに出身地、年齢、種族はバラバラです。全員城下町に住みますが、下流であるため領主とは面識がありません」

「妙な話ね……」


 誰が殺したのか。

 何のために殺したのか。

 直轄地を選んだのはなぜか。

 ……疑問が多すぎて、掴みどころがない。


「特に領主と面識なしという点が不可解ね」


 シヌガーリンのときとは違い、殺されたのは領主に縁のない者たちだ。

 殺したところで領主には痛手がない。

 なら、他に理由があるわけだが、それも見えない。


「あんたのとこの直轄地は、いつもこんなに事件が起こるわけ?」

「そんなわけなかろう」

「けど、実際に暗殺未遂から一月も経たないうちに、殺人が起こってる。これって無関係なわけ?」

「……そう言われてもだな。あまりに性質が違うだろう?」


 シヌガーリンは領主を狙った暗殺だった。

 今回は、領主に縁のない者の殺人だ。

 殺し方も違う。


「一続きの事件と考えるのは無理がある」

「……」


 領主に言われ、エリカは黙り込む。

 しばし考えて、


「私怨、……かしら」

「検地役人に恨みを持つ者などいますか?」


 ハービーが聞いた。


「知らないわよ。年貢を減らされて腹が立った、とか。で、自分の土地を検知してるときに殺したら疑われてるから領主のところで殺したと」

「だとしても、わざわざ領主直轄地を選ぶ馬鹿はいませんよ。もっと人が死んでも問題なさそうな、力のない諸侯の土地で事を起こすでしょう」

「なら、直轄地で殺さなければならない理由があったってことでしょ? 領主に原因があるように思うけど」


 エリカが反論すると、ハービーは黙った。

 なぜ直轄地を選んだか。

 場所に意味はあるのか。

 あるなら、犯人は領主に伝言を残そうとした可能性がある。


「どっちにしろ人間側は無関係でしょうね。領主の共生に不満を持つ誰かが犯人なら、やり口が回りくど過ぎるもの」

「それは理解している。これもベルリカ領内の問題だろう。犯人の動機が何にせよ、直轄地での狼藉は許されん」


「どうするつもりなわけ?」

「シヌガーリンの事例もある。領内の勢力を洗い直すつもりだ。ハービーをガレンに戻し、調査をさせる」


 今の時点で二つ可能性がある。

 一つは犯人の狙いが領主にあること。

 嫌がらせや脅迫のための殺人という線だ。

 実行犯の背後には黒幕がいるはずだ。


 もう一つは領主とは無関係な事件であること。

 私怨の線が濃いも、直轄地での殺人は領主に対する不敬罪だ。


 ハービーを城下町へ戻すのは前者の可能性を見てのことだ。


「人を減らしていいのか?」


 最後の殺人から数日と経っていない。

 犯人はまだ直轄地にいるはずだ。


 しかも、そいつは天上人を連続で殺すだけの力を持つ。

 領主は手負いで、警兵長と子飼いの警兵は投獄された。

 ハービーが戻ると、さすがに屋敷が手薄だ。


「ご安心を。城下町から代わりを呼んでおりますので」


 曰く、すでにガレンから新しい警兵が向かっているという。


「それに警兵長をガレンに移す必要がありますしね。私が城下町に戻るのは、そのついでです」

「確かにあいつも早く移した方が安心だな」


 警兵長は今も投獄されている。

 とは言え、霊術は使える状態だ。

 能力次第では牢屋などどうとでもなるだろう。

 敵を懐に置いておくのは気持ちが悪い。


「にしても、今度はあたしたちを疑わないのね?」

「疑うなんてとんでもない。シヌガーリンの件ではお世話になっていますし、互いに信頼関係を築けていると思っていますよ」


 エリカが聞くと、そんな回答が戻ってきた。

 今度は仲間として動けそうだ。



 その後も話をして、方針を決めた。

 ハービーがガレンにいる間、警兵と協力して調べを進めることになった。


 その間、見学は延期になる。

 非常事態だけに仕方がない。


 それにスグリだって表向きは天上人だ。

 何かがあってからでは遅い。


 シヌガーリンの事件といい今回の件といい、……領主との話が進まない。

 まるで呪われているかのようだ。

 二つの事件が連続したのは、理屈の上では偶然だ。

 しかし、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ