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34 種明かし1


 結婚申し込みに至るまでには、様々な努力があった。

 少しだけその話をする。



 十五日前。


 ジンは会議に呼ばれた。

 参加者は領主とハービー。

 議題は告白の方法だった。

 曰く、どうやって切り出せばよいのかがわからない、とのこと。

 それを実の兄に聞くのか? と疑問に思ったが参加はした。

 ハービーも呼ばれたらしいが、やる気のない様子だった。


「領主、最近の若い人は派手なのが好きですよ。えぇ、演舞だとかで盛り上げるんだとか。帝都の流行です」

「よしやろう」

「即断かよ……。領主がやるのは難しいだろ? 家族を直轄地に呼ばないといけないんだろ?」


 身内と言えば、領地運営に携わる連中だ。

 全員が一度に留守にする訳にはいかないだろう。


「……うむむ、となると、全く人が足りないな」

「町の人間は呼べないのか?」

「呼べば来てくれるだろうが、音楽や踊りができる者は皆無だ」

「じゃあ、ダメじゃねぇか」

「あーあ、これは告白も失敗ですねぇ」

「うぉぉおぉぉぉ……」


 ハービーが大げさに言うと、領主は泣き出した。

 なんなんだ、この会議は……。


 ガラガラッ!!

 そのとき、応接間の戸が勢いよく開いた。


「話は聞いたわ!」


 エリカだった。


「な、なんだお前? いつからいたんだ?」

「最初から話を聞いていたわ!」

「盗み聞きじゃねーか」

「そんな細かい話は、これを見てからにしてくれるかしら」


 エリカは懐から紙束を取り出す。

 表紙には『驚きと成功のしらべ』と書かれていた。

 ハービーが手に取って中身を眺める。


「これはなんですか?」

「告白を必勝に導く企画書よ」

「い、いつの間にそんなものを書いたんですか……?」

「今よ。話を聞きながら書いたの!」

「それはすごい……。しかし、こんなものを持ち出してどうするつもりですか?」

「これが欲しければ、ベルリカ領が持つ警備軍の四分の一を一ヶ月間貸し出してもらうわ」

「警備軍を一ヶ月……。無茶な要求ですね」


 ハービーは即座に突っぱねようとする。

 その口を領主がふさいだ。


「だが、ハービーよ!! 俺の気持ちをわかってくれ……!! 俺はこの企画書がどうしても、欲しいッ!!」


 ……ということがあった。

 そういう経緯で演舞会の開催が決まった。

 ジンとしては、エリカが乗り気なのが意外だった。

 無駄というか、遊びを嫌いそうな性格だ。


「もちろん嫌いよ。でも、恋する二人って、素敵じゃない?」

「え?」

「何よ、その顔。あたしがそういうこと言ったらダメなわけ?」

「いいや。意外なだけだ」

「……ま、元々、違う二人のために考えてたことだったんだけどね」


 エリカは翳りのある顔で言った。

 交友関係を思うに、ソテイラの奴隷だろうか。

 あのとき、エリカは誰かを助けるために地行政の屋敷に忍び込んでいた。

 その人かもしれない。


 気になりはしたが、聞かずにおいた。

 つらいことを無理に思い出す必要もない。


 さておき、領主の告白計画が始まった。

 スグリ以外の全員を集めて会議をする。

 エリカの計画は、ハービーの提案した歌と踊りという流行を取り入れている。

 いずれも演芸に達者な者を数多く必要とする。


「まぁ、私はある程度、嗜んでいますが……」


 ハービーがまず立候補した。

 領主側近のような役位に就く天上人は、教養として詩歌や舞踊を身に着けているそうだ。

 これは領主も例外ではなく、外見に似合わず繊細な音楽が得意だという。


「なら、他の内侍も得意なのね?」

「恥ずかしくない程度の踊りはできるでしょう。ただ、圧倒的に数が足りませんね」

「町の人間に協力を仰ぐ必要があるわけね」

「……人間が参加ですか」


 ハービーはため息をつく。

 天上人……、それも領主の求婚に人間は相応しくない、と思っているのだろう。

 しかし、領主が主催となれば、人間は当然参加だ。


「演舞ならあたしにもできるわ。人間に教えるのも、……まぁ、できなくはないかしら」

「意外ですね? 人間が踊れるとは」

「あたしも最低限は習ったもの」

「見せていただけますか?」


 ハービーは確認の意味で言ったのだろう。

 が、エリカはそれを挑戦と受け取ったのか、その場で舞って見せる。


「きゅ、宮廷舞踊じゃないですか……。どこでそんな踊りを?」

「帝都では人間だってこれくらいやらされるのよ」

「さすが帝都……」


 ハービーが手を叩く。

 彼が人間を褒めるくらいなのだから、相当な腕前に違いない。


「けど、これだと迫力が足りないのよね」

「繊細過ぎて今から町人に教えるのも無理でしょう。もっと単純な踊りでなければ」

「誰か他に踊りができる人いない?」


 エリカが全員を見回すが、手は挙がらない。

 ジンは当然、踊りも歌も知らないし、カルだって忍びの訓練に明け暮れていた。

 内侍はハービーと同じものしか踊れない。

 こちらも迫力と単純さという点では物足りない。


 行き詰ったかと思われたそのとき、カルが手を挙げた。


「ぼく、僕でよければ……」

「踊ってみてくれる?」


 エリカに言われ、カルはその場で踊って見せる。

 踊り自体はしっかりしていた。

 動作の鋭さや速さが映える踊りだ。


「ありね」

「ありですね」


 エリカとハービーが同時に肯く。


「あと戦軍は、戦に出る前の舞踊があるよ」

「それも使いましょう」


 こうして戦軍を国から呼び寄せることになった。

 エリカの宮廷舞踊と合わせ、二種類の踊りを混ぜ込んだ。

 案を持ち寄り、台本に修正が入る。


「問題は音楽ね。……本当に誰もできない?」


 再度、立候補を募る。


「音楽は専属楽師でもいない限り無理でしょう……」


 天上人ですら音楽を嗜む者は少ない。

 美しい曲を奏でられる者は楽師となって、上流天上人に仕える。

 上流の間では腕の良い楽師は奪い合いになるそうだ。

 それくらい希少な職だ。


「……あの、わたし、少しだけ」


 だから、ヒヌカが手を挙げたとき、天上人側は死ぬほど驚いていた。


「人間が音楽を嗜むなど、……本当ですか?」

「はい……。弦楽器(バンドゥ)なら習っていましたから」


 その話は本当だ。

 ヒヌカとスグリは母から楽器を習っていた。

 バランガには音楽という文化はなかった。

 ジンの母だけが弦楽器を持っていたと記憶している。


 母は歌も楽器も踊りもできた。

 農家に不要な技能だが、王家の嗜みとして受け継がれたのかもしれない。


「これは扱えますか? 弾いてみてください」


 ハービーは、どこからか弦楽器を持ってくる。

 外見はジンの家にあったものと似ている。

 ヒヌカは弦の調子を確かめ、一曲奏でた。

 昔、母が弾いてくれた曲だった。


 弾き終える頃には、場は静まり返っていた。

 決して白けたわけではない。

 誰も感想を言葉にできないのだ。


「……人間というものの認識を改めなければなりませんね」


 ハービーの一言がすべてだ。

 内侍も領主も無言で手を叩く。

 それくらいヒヌカの音楽は形になっていた。


 もちろん、天上人の専属楽師には及ばないだろう。

 それでも及第点が出る程度の腕前ではあった。


「ありね。音楽はヒヌカに一任するわ。町の人間を教育してちょうだい」

「は、はいっ」


 音楽はヒヌカが取りまとめ役になった。

 演舞はエリカとカル。

 音楽はヒヌカ。


「俺は? 俺は何をするんだ?」


 ジンが無邪気に聞いてみるも、誰も何も言ってくれない。


「さ、あとは町の人間に協力を依頼しないと」


 会議が終わる。

 ……俺は? と再度聞くが、答えはない。

 エリカを見つめると、目をそらされた。


 ジンは頑張って踊りを覚える係になった。

 それから、音楽に合わせて大声を出す役ももらった。

 わかってはいたが悲しい。


 首長スカルノに声をかけ、いよいよ規模が大きくなった。

 町中が協力して、場所と見せ方を決めていく。

 意外とみんな乗り気だった。


 そこには人間も天上人もなかった。

 ただ祝うためだけに。

 夫婦の誕生を願うためだけに。

 同じ目的を共有していた。


 共に生きる。

 それはもしかしたら、こういうことを言うのかもしれない。

 そんな風にも思った。


 なんにせよ、うまく行ってよかった。

 ……あのあと、あんなことがなければ。


    †


 宴会が終わると、日も傾いていた。

 宴会はさすがに人間と天上人は別だった。

 内侍は屋敷で、人間は首長の屋敷で飲み食いした。


 腹が満ちたところで、人間は温泉に向かう。

 慶事ということで温泉旅館が無料で開放してくれたのだ。

 何十人という列を作ってぞろぞろと歩いた。

 日が暮れるとさすがに寒い。

 ますます温泉が恋しくなる。


 異変はその途中で起こった。


「いってててててて……」

「じ、ジン、どうしたの?」

「左手が急に……」


 何の変哲もない路地裏で、いきなり紋章が疼いた。

 痛みのあまりしゃがみ込む。


「……周りに何かあるのかもしれないね」


 カルが周囲の気配を探った。

 と言っても、ここは町だ。

 穢魔が接近していることもない。


 あるものと言えば、建物と草の生えた空き地、あとは田畑だ。

 カルはその中の一つに目をつけた。


「この蔵、嫌な感じがする」


 町外れの土蔵だ。

 空き地の隣にぽつんと建っている。

 大きさは一般的な民家と同じだ。


「嫌な感じ? 何かあるわけ?」

「わからないけど……。何だか変な気配がするんだ」


 カルの索敵能力は一流だ。

 あると言うなら何かがあるのだろう。


「様子、見てくるよ」


 カルは建物に登り、天窓から侵入する。

 そして、内側から戸を開けた。


 蔵は祭事に使う神輿などがしまわれていた。

 公共財だからか、普段は開けないのだろう。

 床に積もった埃が厚い。


「……ここ、引きずったあとがあるわね」


 エリカが地面を示す。

 その場所だけ埃が途切れていた。

 太った人間くらいの幅だ。


「何かを盗んだのか?」

「逆よ。運び出したのなら表に埃が出ているからわかるはず。出てないってことは、運び込んだのよ」


 運び込む。

 何を?


「見たらわかるわよ」


 エリカが奥へ進む。

 そして、


「……っ。ジン、領主に連絡しなさい」

「何があったんだよ?」


 エリカが場所を譲る。

 その肩越しに顔を出す。


 そこには、


「うぉぉぉおぉぉぉぉ!?」


 そこには……、明らかに死んでいるとわかる、天上人の遺体が三つあった。



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